第三十七章:言葉では届かないもの
店の灯りが落ち着いた色に変わり、夜の帳がゆっくりと降りていく。
閉店間際の静かな店内で、みずほはカウンターの奥で静かにカップを洗っていた。
今日もまた、二人のやりとりをそっと見守っていたことを思い返す。
玲奈と佐野。
二人の間に流れる空気は言葉以上に深く、
何度も手紙で想いを伝え合い、
少しずつ本当の心を開いてきた。
それでも、時に言葉では伝えきれない何かがある。
みずほは、ふと自分の学生時代のことを思い出した。
あの頃、伝えられなかった想いを、
秘密の手紙コンカフェで書いた数々の手紙。
その一つ一つが、彼女の心の支えとなり、
今の自分の優しさの源になっているのだ。
店の片隅に置かれた箱の中から、みずほは一枚の古い便箋を取り出した。
それはかつて斉藤直人に宛てたが、結局渡せなかった手紙だった。
「…もし、もう一度会えたら、今度は笑って“こんにちは”って言いたい。」
その文字を見つめながら、みずほは小さくため息をついた。
言葉ではうまく伝えられなくても、
手紙なら、伝えられることもある。
そして何より、心が動く瞬間は、
文字の間に息づいているのだと、改めて感じていた。
みずほはその手紙をそっと箱に戻し、カウンターの灯りを消した。
明日もまた、誰かの心をつなぐために、ここで待っている。




