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第三十四章:名を預ける 第三十五章:交差する視線
玲奈は、佐野の名前を手紙の中で見つけたとき、自然と微笑んでいた。
ずっと知らなかった相手に、突然「人格」が宿ったような気がした。
「佐野雅人さん――
あなたの手紙を読んでいると、自分がちゃんと存在している気がするんです。
私は、玲奈といいます。」
名前を書く瞬間、玲奈の指先は少し震えた。
けれど、その震えは不安ではなかった。
「私も、あなたに会いたいと思っています。」
それは、勇気とやさしさを混ぜたような、はじめての告白だった。
ある午後、玲奈が店のドアを開けると、ちょうど佐野がカウンターに座っていた。
一瞬、ふたりの視線がぶつかる。
何も言葉はなかった。けれど、確かに“知っている”と感じた。
手紙では語り合ったのに、声を交わすのはこれが初めてだった。
みずほはその様子を遠くからそっと見守りながら、
ポットから静かに紅茶を注いだ。
「おふたりとも、ゆっくりしていってくださいね。」
それだけ言うと、彼女はカウンターの奥に戻った。
ふたりにとって、その静かな配慮は何よりありがたかった。




