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第三十一章:手紙の約束 第三十二章:それぞれの夜
その夜、玲奈は返事を書く決心をした。
佐野の名は知らない。顔もわからない。
けれど、その手紙の向こう側に、誰かが自分の言葉で救われたという事実だけは確かだった。
「いつか、声で“ありがとう”を伝えられたら――
わたしも、そう思っていました。」
玲奈は封を閉じると、ふっと笑った。
手紙の世界で始まった見えない繋がりが、少しずつかたちになり始めている――
そんな予感が、胸を温めていた。
その夜、秘密の手紙コンカフェは穏やかな静けさに包まれていた。
夜の帳が降りるころ、みずほはいつものように店の照明を少しだけ落とし、ゆったりとしたジャズを流し始めた。
カウンターには佐野雅人が静かに座り、
テーブル席には玲奈が、ペンを持ちながら考え込んでいる。
言葉を選ぶ時間が長くなるのは、心がまっすぐだからだ。
手紙が“ただの文章”ではなく、“想い”そのものになっていくのを、みずほは何度も見てきた。
静寂の中、ふたりはまだ名も知らぬ相手に向けて、
それぞれの夜を綴っていた。




