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夜の蝶

 ツヴァイとアインスは視線を交わす。

 ナンバーズはあらかじめサインを決めていた。アインスが探りを入れて、敵のギフトの型が判明したらそれをウィンクの数でツヴァイに伝えるというサインだ。

 アインスは左目だけを閉じようとヒクヒクと瞼を痙攣させ、つられて右目も閉じそうになるのを必死に抵抗するあまり唇を尖らせて曲げ、島国で有名な『ひょっとこ』というお面のような顔になる。


「あんたウィンクめちゃくちゃ下手くそね!?」


 パチ、パチ、となんとか2回だけ左目を閉じる。

 それを確認したツヴァイは敵のギフトが2人とも単発型だと知る。

 つまりこの闘いは『絶対防御をいかに打ち破るか』が鍵を握るのだ。


「……望むところよ」


 ツヴァイとフーゴが睨み合う。


「まだ名乗ってなかったなァ。オレはフーゴ。ロルフを殺す前の準備運動くらいにはなってくれよォ」

「ツヴァイ。あんたをぶっ飛ばす冒険者よ」

「冒険者……くだらねェ。シュバルツに2人しかいないS級冒険者も、所詮は能力に恵まれただけの紛い物……」

「ふん、階級なんかに固執してるあんたこそ紛い物よ。人の価値はそんなもので決まらないわ」

「じゃあ教えてくれよォ……お前のようなヘンテコに何ができるのかァ!」


 叫ぶと同時に、フーゴは左手の人差し指をツヴァイへと向ける。


「10秒ピッタリ。バレバレよ」


 その指差した先にツヴァイはいなかった。フーゴのギフトが解除されてから10秒ピッタリ、この会話はクールタイムが明けるまでの時間稼ぎだと察していたツヴァイは、10秒経過のタイミングで地面を蹴りサイドステップで能力をかわした。

 ……あのギフトはおそらく相手の五感を消し去る能力。あたしは視覚、そしてアインスも何らかの感覚を遮断された様子だった。

 発動条件は、対象を指差すこと。フーゴの指先の延長線上にいなければ能力は発動できない。

 ツヴァイはジグザグに地を駆けながらフーゴの元へと接近して、大剣を構えた。


「さすがにバレてるかァ。それなら──」


 激しい衝突音とともに大剣とメイスがぶつかる。どちらも一歩も後ずさらず、力はまったくの互角だ。

 即座に次の動作に移る。大剣やメイスは『重さ』に特化した武器だ。本来なら『武器を振るう』際に腕関節と同期して武器が動くようなことはなく、2つのモーションにはズレが発生する。

 そのため攻撃の手数は少なくなることが常だが、フーゴは常軌を逸するほどの腕力で強引に、またツヴァイは振り抜いた力をそのまま『次の攻撃へと流す』ことで再利用し、互いに数多の攻撃を繰り出す。

 やがて2人とも武器を両手で握り、小さく息を吸った。

 フーゴの両腕の筋肉が膨張し、服の繊維がみちみちと悲鳴をあげる。

 ツヴァイは足首を捻り、力を正しく上半身、そして大剣へと流し込んだ。


「潰れろォ……!」

「やってみなさい!」


 振り下ろされるメイスは、攻撃と呼ぶにはあまりに美しくない破壊行為だった。

 対して、大剣はゆるやかに、筆で線をはらうような美しい軌道を描いた。


「──破竹(はちく)ッ!!」 「──流動斬!!」


 瞬間、暗闇を裂くような激しい爆発音が鳴る。

 威力こそ同じだが、体重が軽い分だけツヴァイの方が吹き飛ばされた。

 しかし彼女は勢いのまま地面に触れた右足の爪先を軸にスケートのように横回転し、腰を落とす。攻撃の反動を殺さず、力の流れを左手に。今度はその左手を地面につけて、跳ね上がりながら側転する。


「なんだその曲芸はァ!」


 飛び跳ねたツヴァイはレンガ調の建物の壁を蹴り、フーゴの遥か頭上へと跳躍する。


「力が互角なら……環境を変えるだけよ!」


 重量武器の弱点、それは『頭上にいる敵への攻撃』だ。これほどの重さを持つメイスを頭上まで振り上げるには相当なエネルギーを必要とする。重力に阻害され、攻撃の火力は著しく落ちるだろう。

 対して、頭上から攻撃を仕掛けるツヴァイの大剣には重力によるエネルギーが加算される。


 しかし──


「バカがァ!」


 空中では攻撃を避けられない──そんなことは常識。フーゴはメイスよりも先に左手を振り上げる。

 これでツヴァイの視覚を遮断し、自身は絶対防御でダメージを防ぐことができる。

 常識であれば、そうなるはずだった。


「バカはあんたよ」


 人差し指でツヴァイを捉えようとしたフーゴの眼前に、紫の電気が弾ける。

 ツヴァイもまた左手の手のひらをフーゴに向け、先にヘンテコを発動させていた。

 手のひらとフーゴの頭上の間に『小石』が出現し、ツヴァイはその空中に固定された小石を掴んで落下していく体の軌道を捻じ曲げた。


「常識外の『能力』が存在する世界で、常識を計算に入れて闘ってんじゃないわよ!」


 フーゴの人差し指の延長線上から逃れるように、ひらりと宙を舞う。

 花の周りを戯れる蝶のように、悠々として雅かな動きだった。


「なんだとォ!?」


 フーゴは慌てて右手のメイスを振り上げる。

 ツヴァイは流れるように攻撃へと移った。

 

「──花胡蝶(はなこちょう)


 体勢を整えきれなかったフーゴの攻撃は、ツヴァイの斬撃によって弾き飛ばされる。

 そのまま大剣はフーゴの右肩を切り裂き、そこから鮮血が散った。


「……がァァァァァア!?」


 能力差で劣るヘンテコ保持者に油断や慢心は一切ない。攻撃を当てて真っ先に優先しなければいけないのは『追撃』だ。

 着地の衝撃を殺さず、ツヴァイは地を蹴りフーゴの元へ飛びついた。

 敵は負傷し、自身は絶対防御の最中。圧倒的優位な盤面。


「──流動斬」

「ぐッ……!」


 ツヴァイの回避能力は高い……フーゴは咄嗟の機転でアインスの方を指差し、能力を発動させる。

 人差し指から赤色の電気が放出されると同時に、ツヴァイの斬撃が体に炸裂する。そして次の瞬間には林の中から矢が飛んできた。


「フゥ……フゥ……効かねェなァ」


 絶対防御により2方向からの攻撃を防いだフーゴは、負傷した肩の痛みに苦しみながらツヴァイとの距離を取る。


「……残念だったなァ。今度からはあの足手まといを使って防御してやる」

「でなきゃあたしに勝てないんでしょ。あんたがロルフに勝てなかった理由がよくわかったわ」


 ビキィ、とこめかみに青筋を浮かべるフーゴ。


「殺してやるッ……! お前もロルフも!」


 ──5秒。

 アインスは視覚が回復したのを確認して思考する。

 今のを私がかわしたとしても、離れた場所にいるデミスに対して能力を使用すれば絶対防御は発動できた。だからあえて受けることでフーゴのギフトを解析しようと試みたのだ。

 やはり聴覚だけでなく視覚を遮断することができるらしい。

 そして今のは『人差し指』で、最初に聴覚を奪われたときは『中指』を向けられていた。思えばあのとき、人差し指を向けていたのはツヴァイの方で、彼女もまた視覚を遮断されていた様子だった。

 五本の指と、五感。それぞれがリンクしていると考えていい。

 戦闘において使えそうなのは『視覚』『聴覚』『触覚』の3つくらいで、やはり視覚を遮断するのが最も効果的な能力だろう。


「……利用できるな」


 アインスはそこまで考えて、デミスの方を振り返る。

 さぁ、今のツヴァイとフーゴの攻防で理解できたはずだ。

 フーゴ1人では絶対に私たちに勝てないと。

 動くなら今しかないはずだ。


 デミスは顔色ひとつ変えず、ツヴァイとアインスに視線を向けている。


「ふぅ……仕方がないな」


 そして、彼の目から赤色の電気が放出された。

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