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騙し合いゲーム

 フーゴは怒りで息を荒げる。


「フゥ……フゥ……なんだァこのクソガキは。オレはロルフを殺すために力を磨き上げた……ギフトなんぞ使わなくても殺せるほどに……こんなクソガキに突き飛ばされただとォ……?」


 メイスを握る手に血管が浮き上がる。


「あら、その程度の力で満足するなんて情けないわね。あたしはあんたと違ってまだまだ成長期よ! この半年で身長は1センチ伸びたし体重も4キロ増えたわ! なんでこんな増えんのよ!?」

「フゥ……フゥ……殺す……」

「ふん、やってみなさい」


 睨み合う2人。

 ツヴァイが今まさに駆け出そうとしたとき、フーゴは左手を前方に突き出した。人差し指と中指で2人のことを指し、顔中の筋肉を歪ませる。


「遊びは終わりだァ」


 バチバチとその二本指から赤色の電気が放出される。

 マズい──指先の線上から逃れようとしたツヴァイだが、思わず足が止まる。

 視界がブラックアウトした。

 完全なる暗闇というものをツヴァイは侮っていた。いや、おそらくほとんどの人間がそうだろう。人が外界から収集する情報の8割以上は視覚から得られるものであり、その機能が失われる絶望は計り知れない。

 ましてや今は戦闘の最中、アイマスクなどをつけただけで視覚機能を失った人間の擬似体験をしたつもりでいる『ままごと』と違って、正真正銘、命の危険に晒される暗闇の世界だ。

 それはツヴァイという天性の剣士を持ってして全身の筋肉を硬直させてしまうほどの恐怖だった。


 敵を前にして呆然と立ち尽くすツヴァイの姿に、アインスは叫び声をあげようとする。

 そこで彼女も異変に気づいた。

 声が出ない。

 いや、違う。自分の声が聞こえない。聴覚機能を失っているのだ。

 それは世界から自分1人が隔絶されたような言いようのない恐怖だった。

 人は言葉でコミュニケーションを取る。言葉を紡ぐ方法で最も速いのは文字ではなく声だ。それは戦闘における連携も変わらない。

 誰の声も、何の音も聞こえない世界において、自分の声は誰にも届かないのではないか──脳が言葉を発することを拒絶してしまう。


 フーゴはメイスを持ち上げる。

 初見殺し……この能力の対象となった人物は必ず動きを止めて、みすみす攻撃を受ける。

 だからこそのメイスという武器。攻撃速度こそ落ちるが、それは一撃で敵を屠る破壊力を持つ。


「意外とあっけなかったなァ」


 絶対防御を使用された場合はアインスの方を仕留める予定だったが、どうやらそこまで思考を伸ばすことすらできなかったようだ。

 能力を発動させてから、まだわずか1秒。ツヴァイの元へ辿りついて殺すには十分すぎる余裕がある──そのはずだった。

 それは獣の勘とでも呼ぶべきか、フーゴは駆け出そうとした足を停止させる。

 ビィン、という短い音とともにフーゴの目の前を1本の矢が通り過ぎた。


「なッ……!?」


 思わず、矢の飛んできた方角を見る。

 誰もいない。

 いや、そこには鬱蒼とした林があった。

 ……誰かが潜んでいる。

 林の中に……暗闇に紛れ、敵を仕留めようとする『凶弾』が。


 5秒経過後、聴覚を取り戻したアインスは笑う。


「ふふっ、君たちギフト保持者は本当に学習しない。『奇襲』に対する心構えがなさすぎる」


 能力が5秒で解除されたということは、フーゴのギフトは単発型だ。

 つまり発動中は無敵状態であり『矢を恐れる必要なんてなかった』ということになる。しかし彼は足を止めて、せっかくの初見殺し能力を無駄にしてしまったのだ。

 真正面からの攻撃なら迷わず受けていただろう。しかし視覚外からの奇襲に対する心構えがないから、無敵状態を忘れて咄嗟に攻撃をかわすべく足を止めてしまった。


「誰が2対2だと言った。こちらには暗闇から君たちを狙う『凶弾』がある」


 ナンバーズ戦闘員・ドライ。

 彼女は林に身を潜め、時に方角を変えて、いつでもデミスとフーゴを狙っている。

 本来、弓使いとは対面で戦闘を行うものではない。奇襲こそがドライの本領だ。


 デミスは林を一瞥して呟く。


「なるほど、最初から『騙されていた』というワケか。この暗闇でも正確にフーゴを狙えた理由も大体わかる。しかしアインスくん……それは悪手だよ」


 アインスはギフトとヘンテコの能力差を埋めるために『ギフト保持者だけが奇襲を受ける』という特殊な『フィールド』を作り上げた。

 わざわざ仲間を林に潜ませて、だ。


「その行為に意味はない。凶弾が我々を射抜くこともない。フィールドを諦めてでも、君は仲間をこの戦闘の場に置いておくべきだった」


 フーゴは眉をしかめる。

 ……腑に落ちない。何故この暗がりであれほど離れた林から正確に自分を狙うことができたのか? 

 足音……それも違う。音を頼りに弓矢を放っているならアインスやツヴァイの足音とも聞き分けがつかないはず。

 何故敵だけを狙えたのか、その理由がわからない。


「疑問に答えてやろうか?」


 フーゴの思考を読み切ったアインスが口を開く。


「電気だ。この暗がりでも能力発動時の電気の光で居場所がわかる」


 フーゴはハッと気づく。

 そうだ、それなら敵と味方の見分けも簡単につく。ギフトとヘンテコは能力発動時の電気の色が違うのだから、仲間に『赤色の電気を見たらそこに矢を放て』と指示しておくだけでいい。

 つまりこの場は『ギフトを発動させた場合のみ奇襲を受ける』という特殊なフィールドと化しているのだ。

 そこまで思考が至ったフーゴはほくそ笑む。

 ……この女、頭が良いフリをしているがバカだ。

 わざわざ種明かしをしてくれたおかげで、その作戦がいかに無意味なものかを知ることができた。

 能力発動時に奇襲など受けても何の意味も成さない。

 何故なら……オレとデミスのギフトは2人とも能力発動時には無敵状態となっている『単発型』だからだ。


 そのフーゴの表情を見て、アインスの目が黒く濁る。


 ……ふふっ、安心したな。


 この奇襲フィールドはまともに考えれば危険でしかない。

 そんな危険に晒されながら、目の前の男は安心したような表情を見せた。

 間違いない、これでようやく確信した。


 ……君たちの能力は2人とも『単発型』だな?


 デミスは感情を顔に出さない。しかし目の前の男は違う。

 奇襲フィールドを作り上げたのも、わざわざ種明かししたのも、すべてはこの情報を得るための仕掛けだ。

 そして……このフィールドにはもう1つのトリックがある。


 戦闘はツヴァイに任せておけばいい。

 私のはただの闘いじゃない。

 これは……騙し合いゲームだ。

 敵の情報を得て、謀り、嘘をつき、欺いた者が最後に勝つ。


 さぁ──勝負はここからだ。

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