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義務

 乾いた地面へと鮮血が染み込んでいく。

 燃えるように熱い腕の断面を押さえて、ウドは命乞いする。


「や、やめてくれ……俺はただ雇われただけなんだ! もうあんたたちに手出しはしない!」


 ウドの言葉を信用したわけではないが、ロルフは冷静に思考する。

 王子同士の争いといえど、殺しは法のもとで固く禁じられている。そしてこのルーテブルク・ロードは第三王子陣営によって用意された戦闘の舞台……今も能力で監視されているかもしれないのだ。

 ここでウドを殺せば、たとえ第一王子の手先であっても法で裁かれる可能性がある。そうなればリタを守るものはいなくなる。謀略の王子ことベンヤミン・シュバルツ──そのくらいの罠は仕掛けていてもおかしくない。

 この王位継承戦は『敵を殺したら不利になる』という制限下で行われているのだ。

 いや、正確には『敵を殺すときは秘密裏に、自分のテリトリーで』だ。


「安心しろ、殺しやしねぇよ。後ろにいるお前もだ」


 ロルフの言葉に、暗い林から笑い声があがる。


「うふふっ。さすが人間兵器……戦闘能力では誰も敵わないわね」


 その男は、暗闇から大きなガタイを覗かせ、たくわえた顎髭を触りながら不気味に笑う。


「護衛のひとつもつけねぇとは不用心だな。俺がテメェを絶対に殺さない保証なんてなかったはずだ。……第三王子ベンヤミン・シュバルツ」


 ベンヤミンは値踏みするようにロルフを見つめ、そして口を開く。


「保証がなきゃ動けないような人間に王は務まらないわよぉ。第一王子……兄様はロルフくんにそれくらいの指示は出しているはず。だって貴方が王子殺しなんてしたら、その責任は兄様が取らされるもの。そして貴方は、任務には従順な男と読んだわ」


 ロルフは舌打ちする。

 この男のペースに乗せられてはいけない。7人の王子王女の中でもっとも警戒すべき男だとオスカーから聞いている。


「殺す気も殺される気もねぇなら何の用だ?」

「あらぁ、ただの挨拶よ、挨拶。私の最大の障壁になるロルフくんの顔を一目見ておきたかっただけ」

「顔を知ることが能力の発動条件か?」

「うふふっ、警戒しすぎよ。貴方の顔なんてネットにいっぱい上がってるじゃない。本当にただの挨拶。だって──」


 ベンヤミンは頬に手を当てて妖艶に笑う。


「貴方がデミスに殺されたら、これが最後の顔合わせになるじゃない。うふふっ」

「大した自信だな。そこまで優秀か、デミスという男は」

「強いわよぉ。強さの種類は貴方と違うけどね」

「そうか。ならお前は優秀な部下を1人失うことになる」

「うふふっ。貴方ほどの実力者がどうしてそこまで兄様に忠順なのかしら」

「忠順? 違うな。俺はリタとの約束を果たすだけだ」

「……約束?」


 ロルフはウドの首元から剣を下ろし、言葉を続ける。


「あいつはまだガキだ。そのガキが身に合わない使命を背負わされ、第一王子アルベルト・シュバルツとの婚姻まで受け入れた」


 リタは全てを受け入れた。

 予言者の書に記された『勇者』なんてくだらない使命を受け入れ、当たり前の日常を捨て、自由を捨て、それでも闘うことを選んだ。

 何故か?

 世界のため……人類のためだ。



 ──ロルフさん、ボクに修行をつけてください。

 ──ボクが世界を救ってみせます。



「たった1人のどこにでもいるガキが覚悟を見せた。これからあいつには、俺たちが想像もできないような困難や苦痛が待ち受けている。……俺はこう思った。『せめてそれ以外は、どうか当たり前の人間らしい生活を送ってほしい』と」


 剣を握る手に力を込める。


「……王位継承戦? ふざけるなっ!! テメェら大人の醜い争いで、これ以上あいつを苦しめる気か!?」


 ロルフは剣先をベンヤミンへと向ける。


「俺はリタの目の前で誓った。お前の身に降りかかる火の粉は、この俺が叩き切ってやると」


 そして叫んだ。


「ガキを守るのは大人の義務だ!!」


 ベンヤミンは一瞬面食らい、すぐに目の前の男を分析する。

 ロルフ・ローレンス……思ったより『普通』ね。

 そしてこの普通こそが、彼の強さであり弱点。

 ベンヤミンの目が暗く濁る。


「なるほどぉ〜それが貴方を動かしている『核』ね。うふふっ、危険を冒してでも会いにきた甲斐があったわ」

「ひとまずウドは捕縛させてもらう」

「どうぞお好きに。貴方とデミスの対決、楽しみにしているわ」

「全部見透かした気でいるみたいだが、テメェには既に誤算がある」


 その言葉で初めて、ベンヤミンの表情が変わる。


「……誤算?」

「安心しろ、テメェの落ち度じゃねぇよ。こんなイレギュラーを誰も想定できるはずがない」

「うふふっ。言っている意味がわからないわ」

「はたして、本当にデミスはこのルーテブルク・ロードまで辿りつけるかな」


 ベンヤミンは言葉の意味を探ってみるが、まったく理解が追いつかない。

 ロルフは続ける。


「テメェには見落としている『脅威』がある。そいつらは俺の味方でもテメェらの味方でもない。ただテメェの部下がヘマをして、そいつらを敵に回しちまったみたいだ」

「その『脅威』がデミスを倒すってこと? うふふっ、貴方にそこまで言わせるなんて一体どんな恐ろしいギフトを持っているのかしら」

「『ギフト』か……フッ」


 ロルフが漏らしたどこか慣れない笑みに、ベンヤミンは怪訝そうな表情を浮かべる。


「まぁいいわ。私はゆっくり宮殿で結果でも待ちましょうかしら。また会えることを願っているわ〜ロルフくん」


 そう言葉を残し、ベンヤミンはルーテブルク・ロードを去っていく。

 ロルフはウドを拘束しながら呟く。


「この闘い……俺たちの思い通りにはならないぞ」


 第一王子陣営・ロルフ

     vs

 第三王子陣営・ウド


 『ルーテブルク・ロード』の闘い



 ──勝者、ロルフ。

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