ルーテブルク・ロード
第三王子ベンヤミン・シュバルツの暮らす『ルーテブルク宮殿』は小さな山上にそびえている。元々はシュバルツ王国に800年以上前から存在していた名城の1つだが、近年になって王子が暮らす宮殿へと整備された。
シュバルツを代表する文豪を持ってして『たとえようもなく美しい』と言わしめた森の眺望、再建されたとはいえ中世の雰囲気を色濃く残したロマネスク様式の建築。
宮殿へと続く森の中の『ルーテブルク・ロード』は傾斜になっており、周囲は木々で囲まれている。奇襲にはもってこいの場所だ。
ウドは樹木の上に身を潜め、50m以上離れた道を睨みつけている。
ここに『人間兵器』ロルフ・ローレンスがやってくる。ウドの役目は、ロルフが奇襲のために潜む場所を確認し、それをデミスたちに報告することだ。
フーゴに殴られた頬が痛み、ウドは顔をしかめる。
「……なめやがって」
しかしあの男はただものではない。おぞましいほどの暴力の匂いをまとっている。
元冒険者……間違いなくA級レベルだろう。あのロルフ・ローレンスとも現役時代に因縁があるようだ。
歯向かっては殺される。
それでもウドの怒りは鎮まらない。
そのときだった。
「っ……! 来たか」
ルーテブルク・ロードに、ロルフの姿を確認する。
既にどこかに車を隠してきたようで、傾斜の道を1人歩いている。周囲を警戒しながら、奇襲のために潜むべき場所を探している様子だ。
「デミスの言う通りになったか」
フーゴだけでなく、デミスという男もただものではない。暴力の匂いこそ纏っていないが、その頭脳だけで第三王子の右腕として働いている男だ。
ウドはポケットからスマホを取り出し、ヤンへと電話をかける。
「俺だ、ウドだ。……ロルフ・ローレンスが現れた」
ウドの言葉に対し、電話口からヤンの声が響く。
「オッケー! 外にいるデミスたちに伝えて、すぐに勇者を連れてそっちに向かう。ウドは引き続きロルフ・ローレンスを見張っててくれ」
「……了解した」
「はぁ〜これで俺たちの仕事は終わり。相手は人間兵器だ、くれぐれも見つかるなよ〜」
「これだけ距離があれば見つかるわけないさ」
「よーし、じゃあデミスたちに伝えてくるよ」
その言葉を最後に、ヤンとの通話を終える。
ウドは思考する。
フーゴは、ロルフとの対戦を望んでいる。
しかし頭の良いデミスは、可能な限りリスクを減らしたいだろう。
この拉致計画においてあの2人は協力関係にある。おそらくフーゴの力を借りる条件が『ロルフとの対戦の場を用意する』ことだと推察できる。
そして立場関係は、間違いなく第三王子の右腕であるデミスが上だ。
ウドは痛む頬を押さえる。
フーゴに一泡吹かせる最も賢いやり方は……あのロルフ・ローレンスを『先に殺してしまう』ことだ。
あいつの待ち望んでいた舞台を俺が奪ってしまう。
もちろん怒りは買うだろうが、フーゴはデミスには逆らえないはず。
そしてデミスにとっては面倒な闘いを避けられて好都合……これほど愉快な『仕返し』は他にない。
「俺をなめたこと……後悔させてやる」
ウドは腰に装着していた拳銃を手に取る。
ロルフ・ローレンス。人間兵器。
通常の戦闘であれば敵うはずがない。
しかし今、俺だけが一方的にロルフの位置を把握している。この木々に隠れた俺の姿など、やつの位置から特定のしようがない。
そして何より──ウドは拳銃に視線を落とす。
「こいつと俺の能力は相性が良すぎるんだ」
最強の兵士であろうと、人間兵器であろうと、負けるはずがない。
ウドは口端を上げて笑う。
対して、通話を終えたヤンはスマホを丸テーブルに置き、リタとフィアの方を振り返る。
「さぁて。あとは外の2人に伝えて俺の仕事は終わり! 人間兵器と闘うなんてごめんだからね〜……」
勇者を連れて第三王子の元に向かうのは、あの2人だけだ。
「人間兵器とあの金髪女が拘束を解いたときはどうなるかと思ったけど……まぁうまくいってよかった。魔物討伐なんかよりよっぽど良い報酬を提示されちゃったらなぁ〜」
フィアは目を見開き、スマホの置かれた丸テーブルを見つめていた。
「ウドのやつ、余計なことしてないといいけど……あいつ頭に血がのぼるとおっかないからなぁ」
そのときだった。
バキッ、と大きく短い音が響く。
その場にいる3人ともが音の鳴った方向を見る。
レンガの壁に亀裂が広がっていた。
そして亀裂の中心から室内に入ってきた小さな『何か』が拘束されているフィアたちの元に飛んでいき、やがてそれはツルをも突き破り、フィアのポケットの中に潜り込んでいく。
「な、なんだぁ!?」
動揺するヤンをよそに、フィアは思考する。
今のは……リングだ。
僕がポケットに入れていたペアリング……その片割れ。
ヘンテコ『マッチングペア』を使って、アインスたちが僕の居場所を突き止めたんだ。
僕を助けるために。
建物の外には、仲介人であるデミスとフーゴが待ち構えている。ナンバーズは、あの2人との戦闘を強いられる。
フィアは唇を強く噛む。
ナンバーズを危険な目に遭わせる事態を避けられなかった。
後悔や自責の念に意味はない。今取るべき最善の選択は……自分自身の力でこの拘束を抜け出すことだ。
フィアは丸テーブルへと視線を戻す。
そこには変わらず、薔薇の小瓶と、ヤンの使用したスマホが置かれている。
あれさえ──
あれさえ『落とす』ことができたら──




