第3の選択肢
その頃、メルヴィンにたどり着いたロルフたちは車を降りて話し合っていた。
ツヴァイが『白銀の翼』の隊員の男の胸ぐらを掴む。
「あんた、何言ってんのよ!?」
「だ、だから……自分たちは同行できません。自分たちが聞かされていたのは隊長が世界を救う『勇者』であることだけ……王族同士の争いに巻き込まれるなんて……あまりに危険すぎます」
「リタが攫われたのよ!? あんたたち仲間でしょ!?」
『白銀の翼』の隊員たちが目を伏せる。
アインスがツヴァイを静止する。
「よせ、ツヴァイ」
「でも……!」
「闘う意思のない人間を連れていっても足手まといになるだけだ。それに……他人のために命を張れる人間なんてそういない。彼らの選択は当然のものだ」
ツヴァイは苦々しく顔を歪めて、隊員の男から手を離す。
男が安心したようにホッと胸を撫で下ろすのを見て、アインスは目を細める。
「勘違いするな。リタは君たちの助けを信じて待っているはず……ここで『当然の選択』を取るような人間が私は嫌いだ」
吐き捨てるように言う。
「『白銀の翼』はこれで本当に解散だろ? なら早く消えろ。話し合いの邪魔だ」
「……っ」
隊員たちが立ち去るのを見届けてから、ロルフが口を開く。
「さっきも話した通り、第三王子の元にたどり着くには必ず『ルーテブルク・ロード』を通る必要がある。俺たちはそこで仲介人と交戦し、リタを救出する」
「変わらず、私は反対だ。そこを確実に通ると断言できるのは仲介人とリタだけで、フィアが切り離されていたらどうする? それに……それまでにフィアが傷つけられないとも限らない。私たちは『フィアの居場所を特定する能力』を所持している。真っ先にそこに向かって救出すべきだ」
「居場所を特定できるのはフィアってガキだけだろ。それこそリタが切り離されていたらどうする気だ? リタだけを王子の元に送り届けようと既に連れ出された後なら、もう手遅れになる」
「君がリタの救出を優先するように、私たちもフィアの救出を優先する。これは譲れない」
「俺も同じだ。つまり『どちらを選ぶか』という議論をこれ以上続けるのは時間の無駄だ」
ナンバーズとロルフの目的は完全には一致していない。
フィアを救出したいナンバーズ。
リタを救出したいロルフ。
互いの目的を最優先した結果、意見は食い違ってくる。
そしてここで議論を交わしている時間的余裕がないことを誰もが理解していた。
ツヴァイの顔に焦燥感が浮かぶのを確認して、アインスは言う。
「それなら『別行動』という第3の選択肢がある。ロルフ、君は『ルーテブルク・ロード』で待機し、私たちはフィアの元に行くという選択だ」
「たった一度だけ、お前らのために言っておく。俺と一緒に『ルーテブルク・ロード』に来い。理由はわかっているはずだ」
ナンバーズの誰もがわかっていた。
ロルフと共に行けば、元S級冒険者の実力を借りた上で『ルーテブルク・ロード』で仲介人と対峙できる。しかし、それまでフィアが無事でいられる保証はない。
ロルフと分かれて『マッチングペア』の能力でフィアに持たせているペアリングの位置を特定し、すぐに駆けつければフィアが傷つけられるリスクは減る。
しかし、第三王子陣営があの『ツルの拘束を解く』という危険を冒してまでリタとフィアを切り離す可能性は極めて低い。だとすれば、その場所には『仲介人』が待ち構えている可能性が高い。
つまり『フィアの安全を優先する』ならば『ナンバーズだけで仲介人と対峙しなければいけない』という状況が生まれてしまうのだ。
……選ばなければいけない。
ロルフの力を借りて確実に敵を倒すか、フィアの危険を取り除くべく自分たちだけで敵と闘うか。
ツヴァイがアインスに声をかける。
「アインス……あたしはあんたのことが大っ嫌いだけど、今回だけは同じ意見って信じてるわよ」
「ああ、ツヴァイ。私も君のことが大嫌いだけど、この優先順位は同じだ。ドライもそれでいいか?」
「……当然」
アインスはツヴァイとドライの顔を見て頷き、ロルフへと視線を戻す。
「私たちはフィアの安全を優先する」
ロルフは少しの沈黙の後、口を開く。
「利口じゃねぇが……悪くない選択だ。最悪の場合は逃げろ。あの銀髪のガキがリタと共に無事にルーテブルク・ロードまで連れられてきたなら、そのとき俺が救出してやる」
「ありがたい助言だけど、そうはならない。フィアもリタも仲介人も、ルーテブルク・ロードにはたどり着けない。何故なら第三王子陣営は私たちが倒すからだ」
「仲介人は、俺に勝つ算段でこの拉致計画を実行したはずだ」
「だけど私たちの存在はイレギュラーのはずだ。やつらの思い通りにはいかない」
ロルフは、乗ってきた乗用車へと歩く。
「ガキの位置を特定するヘンテコを俺に見られたくねぇだろ。俺は行く。お前らは好きに行動しろ」
ロルフは思考する。
3人とも迷いがない。信念……いや、なにか大きな使命を持っている。
迷いがない者は、強い。
こいつらが仲介人に勝つようなことがあれば俺の出番はなくなる。味方であるうちはいいが、もしもこいつらの『使命』が俺の仕事と相反するものであれば……いずれ対峙しなければいけない可能性もある。
この別行動という選択は、互いに『能力の概要を探られない』という悪くない選択だ。
「……そうならないといいがな」
ロルフがその場から去るのを確認し、アインスはポケットからペアリングを取り出す。
「時間はない。リングを追いかけながら作戦を練るぞ」
「ええ。絶対にフィアを助けるわよ!」
「……了解」
アインスは思考する。
最優先はフィアの救出と、仲間が全員生きて帰ること。
可能であれば……ウドの所持していた拳銃を奪い取ること。それをロルフに悟られないこと。
そして、リタの救出だ。
いずれ世界を救い、王子と結婚することになる『勇者』──なにか利用価値があるはずだ。ここで手放すには惜しい。
……理不尽から得られる『利』がある。
「いくぞ、ナンバーズ」
ペアリングを持つアインスの手から黄色の電気が放出される。
「──ヘンテコ発動」




