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仲介人

 アインスが2人の会話に口を挟む。


「ロルフ、第一王子の部下である君はリタを取り返したい。私たちはフィアを助けたい。私たちの利害は一致していると考えていいな?」

「あくまでもリタの救出が最優先だ。しかし今回の件は俺に責任がある。リタのついでに、あの銀髪のガキも救出する」

「わかった。君と協力関係ならヤンとウド……『あの程度のやつら』なら問題ない」

「自信家だな。俺たちは今まさにそいつらにいいようにされたが」

「受け身だったからだ。君もそうだろう? 今、私たちには攻撃を仕掛ける大義名分がある。そして何より……やつらはこの拉致を成功させるために能力を見せすぎた」

「そうだ。今度はこちらが仕掛ける番……あんなザコは気にしなくていい。問題は──」

「『仲介人』」

「ああ。リタを拉致するということは俺を敵に回すということ。つまり仲介人は、俺を敵に回しても勝つ自信があるということだ」

「敵に心当たりは?」

「俺はやつらにカマをかけた。『どの王子の差し金だ』と。あの反応を見るに、王女も継承戦に参加していることを知らされていないようだ。これで残りの4人の王子に絞られる」

「なるほど」

「明日には俺たちが王都を離れることも、今日のストーンリザード討伐に勇者が参加していることも気づかれていた。その情報収集能力、そしてゴロツキを使って拉致するという強引なやり口……思い当たるのは1人しかいない」


 ロルフは続ける。


「──第三王子、ベンヤミン・シュバルツ。こいつが今回の黒幕だ。宮廷の役人どもはこう呼んでいたな……『謀略の王子』と」

「そしてその第三王子の部下に当たる人物が『仲介人』か」

「第三王子には、他の王子も牽制する優秀な右腕がいると聞いている。たしか名前は──『デミス』だ」

「私たちが対峙する『仲介人』の可能性が高い人物だね」


 ロルフがバックミラーを一瞥する。ロルフとナンバーズを乗せた車の後ろを、『白銀の翼』のギルドメンバーが運転する車がピタリとついてきている。

 ロルフは前方に視線を戻し、口を開く。


「見えてきたぞ、王都メルヴィン。市内に入り次第、互いに考えている作戦の共有を行う」



 その頃、メルヴィンの外れにある小さな隠れ家の前で、ヤンたちの運転していた車が停車する。

 あたりの街灯は何故か点灯しておらず、2階建てのレンガ調の家から漏れ出る光と、白い月の明かりだけが周囲の樹木をうっすらと浮かび上がらせていた。


「おら、さっさと降りな」


 ヤンが後部座席の扉を開き、リタとフィアの体を引っ張り出す。


「足だけ動かせるようにしてやるから自分で歩けよ。おっと、この周りは緑が多いから逃げられると思うなよー。ツルって頑丈なんだぜ? こうしてグルグル巻きにしてやれば、天使の力でも切れねぇぞ」


 ヤンが能力を発動させると、リタとフィアを拘束していたツルが足の部分だけほどけていく。


「……リタ、行こう」


 フィアがリタを促す。

 ここにたどり着くまでに、フィアはリタから事のあらましを聞いていた。

 自分たちが王子王女たちによる勇者争奪戦に巻き込まれていること。そしてこの家の中には、王子の部下である『仲介人』が待ち受けていること。

 車中、ヤンもウドも話を妨害する様子はなかった。今更知ったところでどうにもできないと高を括っているのだ。

 この場所から逃げ出すことはできない──リタもフィアもそれは理解できていた。

 だからこそフィアは、おとなしく敵の拠点へと入ることを選んだ。

 『仲介人』の顔を確認しておくべきだ。

 可能であれば、能力も。

 拘束を解かれた足元を見る。

 ウドのギフトを使わずにわざわざ歩くよう促してくるということは『能力を使えない理由』があるということ。

 思えば、先ほどの逃走劇でも一気に移動しようとせずに何度かに分けて能力を使用していた。

 フィアは答えにたどり着く。

 そうだ……視界に映る景色にしかあの黒い渦を出現させられないんだ。

 そして、ウドのギフトにはもう1つ『ある特徴』があった。

 これはうまく使えば……弱点になり得る。


 リタとフィアは互いに歩幅を合わせて慎重に建物へと近づいていく。

 初夏、日は落ちてもまだ空気は熱をはらんでいる。リタはフィアに触れている体からジワリと汗が浮き上がってきたことで、今自分が人と大胆に密着していることを思い知る。

 自分もまだ若いとは言え、相手は明らかに歳下の少年。


「フィ……フィアくん、訴えないでね」

「え? どういうこと?」

「い、いや、なんでもない……です」


 玄関を抜けてすぐの階段を上がる。2階はワンルームのようで、扉というものはない。

 家具の少ない質素な空間だ。この拉致計画のために用意された、普段は使用されていない部屋だと一目でわかる。

 単色のソファ。1本の足で立つ木製の丸テーブル、その上に置かれている花瓶には数本の薔薇が差してある。そして天井を支えるいくつかの柱。それ以外には何もない。

 そこに2人の男が待ち構えていた。

 1人は細身の男性。歳は40代ほどだろうか、スーツ姿で厳格な表情をして立っている。

 もう1人はガタイの大きい男性。歳はもう少し若く、発達した筋肉を見るに相当鍛えられていることがわかる。額には大きな古傷。ソファに腰がけ、隣には巨大なメイス──頭部が膨れ上がった殴打用の武器だ──がかけられている。

 リタとフィアはツルで拘束されたまま、更にロープで柱にくくりつけられる。

 ヤンとウドがその作業を行っている間、2人の男は怪訝な顔でこちらの様子を見ていた。

 ヤンが口を開く。


「いくらなんでも厳重すぎない? 逃げられないようにこんな家まで用意してさぁ」

「ゆくゆくは世界を救うと云われる勇者だ。これくらい警戒しておいてちょうどいい」

「ふーん……こんなガキがねぇ」


 ウドは、仲介人と思しき2人の元へと歩み寄る。


「予定通り、リタ・リーデルシュタインを捕獲した。あとは王子の元に──」


 言い終わる前に、筋肉質の方の男がウドの顔を殴りつける。

 ウドの体は吹き飛び、建物の壁に叩きつけられる。

 ヤンは慌てて口を開く。


「な、何すんだよ! 俺たちは予定通り勇者を捕獲しただろ!?」


 男はヤンを睨みつける。


「……このガキはなんだァ? 余計なもんまで連れてきやがって……」

「ま、待ってくれよ! こいつは妙な能力を使うから拘束を解くのは危険なんだ! ヘンテコのくせに、勇者が手も足も出なかった魔物を倒しちまったんだよ!」


 その言葉に、スーツ姿の方の男がピクリと眉を動かす。


「関係ねェよ」


 ズシ、とガタイの大きい男は体を動かして一歩ヤンの元へと歩み寄る。


「よせ、フーゴ。彼の言うことは興味深い。不思議なヘンテコを使う少年……ベンヤミン王子が好きそうな話題だ。手土産の1つにでもなるだろう」

「だけどよォ、デミス。オレとロルフ・ローレンスの決戦の妨げになるかもしれねェだろ」

「支障はない。勇者がこちらの手にある時点で、人間兵器は必ず私たちの前に姿をあらわす」


 フーゴと呼ばれた男は舌打ちし、渋々了承したように引き下がる。

 デミスは倒れたままのウドを見下ろす。


「それに……想定内だ。優秀な人間は『常に最悪のケースを想定して動く』といわれるが、厳密には違う。我々のような人間は『他人に任せたことは必ず失敗される』という想定で動いている。彼らはそれに反して『勇者の捕獲』には成功してみせた」


 デミスはパチパチと拍手する。


「ご苦労様。どうせ捕獲も失敗すると思っていたから、私が直接動く手間が省けたよ」


 ウドは歯をギリリと鳴らし、そのこめかみに青筋が浮かぶ。

 フィアは目を細める。

 デミスとフーゴ。

 明らかに戦闘に特化しているのはフーゴだ。ヤンもウドも彼に逆らえないでいる。

 しかしその佇まい、口調、態度、そしてフーゴさえも静止させたデミスがこの場の主導権を握っていることは明白だった。

 彼こそが『仲介人』だ。

 デミスは口を開く。


「では、次だ。これから勇者を王子の邸宅に届けるが、間違いなくロルフ・ローレンスの妨害が入るだろう」


 フーゴがピクリと反応する。


「ロルフ・ローレンス……願ったりかなったりだァ」

「この通り、フーゴはロルフ・ローレンスとの闘いを望んでいる。決戦の場は第三王子の邸宅『ルーテブルク宮殿』へと続く唯一の道『ルーテブルク・ロード』になるだろう。ここを通らなければ王子の元へは辿り着けない……ロルフは必ず先回りして待ち構えている」


 ヤンが問う。


「……俺たちはどうすればいいのさ?」

「君はここの監視だ。万が一にも勇者が逃げ出そうとするなら再度捕獲したまえ。この緑に囲まれた家なら簡単に捕らえられるだろう」

「ウドは?」

「『ルーテブルク・ロード』で待ち構えるロルフ・ローレンスの発見、および報告だ。我々ギフト保持者が最も警戒しなければいけないのは『奇襲』……身を潜まれて奇襲を受けてはひとたまりもない」

「ウドの能力があれば、ロルフ・ローレンスに見つかっても最悪逃げ出せるってワケか。確かに適任かもしれないけど……」

「居場所を確認次第、スマホで連絡をしたまえ。それを合図に我々は勇者を連行する」


 フーゴがヤンとウドを睨みつける。


「余計なことすんじゃねェぞ……ただデミスの指示だけに忠実に従え」

「わ、わかってるよ。わざわざ危ない橋は渡らない。それで俺たちの仕事は終わりだろ? ちゃんと報酬は用意してるんだよなっ?」


 デミスは「ああ」と答え、続ける。


「私とフーゴは、この家の前で待機している。もしも『何らかの方法』でロルフ・ローレンスがこの場所を突き止めた場合は迎え撃つ。どちらでも構わない、ただ戦闘場所が変わるだけだ」


 フィアは室内を観察する。

 ヤンはこの家を『用意した』と言っていた。

 確かに家の周りには緑が多く、ヤンの植物を操る能力により逃げ出すのは難しい。

 だからこの部屋も自分たちを拘束するためだけのもので、まともに設備は整えられていない。

 ならば──あのテーブルの上に置かれた薔薇の花瓶はなんだろうか。

 必ず意味があるはずだ。


 デミスとフーゴが部屋を出ていく。

 それを確認したヤンがソファに音を立てて座り、大きくため息をつく。

 その姿を横目に、リタはフィアに語りかける。


「力関係は見えてきたね。ヤンとウドはただお金目当てで雇われたゴロツキ……仲介人はデミス。あのフーゴという男はその相方って感じかな」

「うん。僕たちが助かるには、王子の元に連行される前にこの4人を倒さなきゃいけない」

「大丈夫。心配しないで、フィアくん。ロルフさんは絶対に負けない。それに……ボクの仲間もいる。『白銀の翼』がきっとボクたちを助けてくれる」


 仲間を信じて待ち続けるリタをよそに、フィアは思考を続ける。

 誰かがやっつけてくれる……それじゃダメだ。

 考えろ。

 ……僕はどうすればこいつらに勝てる?

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