拘束
真っ先に動き出したのは、アインスですら予想外の人物だった。
「──危ないっ!」
フィアには、その攻撃がスローモーションに映っていた。
世界が妙に静かに感じられる。
不測の事態に対し、フィアの集中力は極限まで高められていた。
男の操るツルよりも先にリタの元へとたどり着き、その腰へと手を回し、庇うようにしてリタの体を押し倒す。
しかしツルは軌道を変えて、リタとフィアの元へと伸びる。その動きも完璧に捉えていたフィアだったが、彼には攻撃を回避する術がない。
フィアは唇を噛む。
……何もできない。
どれだけ攻撃が見えていても。
ツヴァイのような身体能力が、アインスのような判断能力が僕にはない。
僕は……無力だ。
ツルが2人の周囲をグルリと回る。何周も、何周も。
そして次の瞬間──ツルは勢いよく収縮し、何重にもなった『拘束ロープ』のように2人の体をキツく縛った。
フィアとリタの2人は完全に動きを封じられた。
「フィアくんっ!」
「リ、リタさん! ごめん!」
「あ、貴方たち! これは一体何のつもりですか!?」
そしてようやく、冒険者たちが動き始める。
明確な攻撃を行った男に向かって駆け出す。
「あちゃー。余計なのがついてきたか。よく反応できたもんだね」
余裕の表情で、視線を冒険者たちに向ける。
「残り13人……『拘束』は得意なんだよね」
そして男の背後から無数のツルが伸びる。
先ほどリタとフィアを捕らえたように、今度は向かってくる冒険者たちに向けて。
「くっ……!」
冒険者たちは武器をふるい攻撃を退けようとするが、太く頑強に育った無数のツルになす術もなく捕らえられる。
1人、また1人、ナンバーズも含めて、すべての冒険者がツルに巻かれ拘束されてしまった。
男はパンパンと手を叩く。
「はい終わり〜」
拘束された冒険者の1人が口を開く。
「な、何のつもりだ!」
すると冒険者たちの背後から低くくぐもった声が聞こえてくる。
「お前たちは何も知る必要はない。よくやったぞ、ヤン。あの人間兵器までこのザマだ」
ツルを操った男──ヤンの元へと、声の主は歩み寄る。
「いやぁ。やっちゃったよ、ウド。余計なのも一緒に拘束しちまった」
ウドと呼ばれた男は、フィアを一瞥する。
「拘束を解くのは危険だ。勇者もそうだが……そのヘンテコ保持者も妙な能力を使う」
「あのストーンリザードを仕留めた電光石火……どういう原理だろうね」
「知らん。だが、ラストアタックを決めた金髪女を引っ張って高速移動したのは間違いなくそいつだった」
「うーん。こいつも一緒に連れていくかぁ」
「そうするしかないだろうな」
ヤンとウドのやり取りに、アインスは慎重に耳を傾ける。
イレギュラーはフィアの動きだけだ。
ヤンという男の能力が『拘束』に特化していることは先のストーンリザード討伐で確認済みだ。
そしてこの不審者たちが紛れ込んでいたことと、国にとっての重要人物であるリタ……ここに因果関係が存在しないはずがない。
ならば、彼らの目的が『リタの捕獲』であることは容易に想像がつく。
しかし、このイレギュラーは大きい。こいつらはフィアの体ごとリタをどこかへと連行するつもりだ。
イレギュラーとは、闘いの中で必ず起きる現象に過ぎない。『起きる』と理解している人間であれば、あらゆるイレギュラーに対応できる『万全の策』というものを事前に用意できる。
フィアの動きは確かに予想外だったが……こちらにはまだ策がある。
一方、ロルフは体にツルが巻きついたままの状態で口を開く。
「……どの『王子』の差し金だ?」
ヤンはニヤリと笑う。
「教えるわけないじゃーん! どうせ第一王子は勇者を取り戻そうとするっしょ? どの王子かわからない方が好都合なもんで」
「そうか……まぁいい、大方の予想はついてる。あとは──」
ロルフは体に力を入れて、まるで脆い紐のようにツルを押しちぎる。
ブチブチと音が鳴り、ちぎれたツルは地面へと落ちる。
「──テメェらを拷問にでもかけて聞き出すことにしよう」
ヤンは驚愕する。
「うっそ!? なんで!?」
「こんなくだらねぇ仕掛けで拘束できたつもりだったのか」
ロルフが1歩踏み出し、剣を構える。
そのときだった。
「──そうね。意味不明な話を勝手に進めるあんたたちから聞き出そうかしら。今、この国で何が起きてるのか!」
女性の声。
ヤン、ウド、そしてロルフが振り返る。
そこには大剣を構えるツヴァイの姿があった。
「はぁぁぁ!? なんで!? ツルは!?」
「邪魔だからしまったのよ。あたし、しまっちゃうお姉さんだから」
アインスは口端を吊り上げる。
ヤンのギフトはおそらく植物を操作するような能力だ。いや、あの様子なら操作だけでなく『成長』させることもできるのだろう。
どちらにしても『拘束』に『ツル』が必要ならば、ツヴァイの能力で丸ごと収納できる。
ロルフとツヴァイが、ヤンとウドに向かって走り出す。
「ウ、ウド!」
「ああ。わかってる」
ウドは右手を懐に入れる。そして『何か』を取り出して、ツヴァイに向けた。
次いで、カチッという高い音が鳴る。
闇夜に黒光りするそれを目視したツヴァイは、背筋に悪寒が走り、咄嗟に体を傾けて地面へと飛び込む。
パアンという乾いた発砲音。
捕らえられた冒険者たちは言葉を失う。
ウドの手に握られていたのは──拳銃だ。
間一髪のところで弾丸をかわしたツヴァイだが、驚きのあまりそこから動き出せない。
「な、なんで一般の冒険者が拳銃なんて持ってんのよ……?」




