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己の利

 予想外の言葉に、フィアは慌てる。


「え、ええっ!? 2人とも大切な仲間だから、どっちの方が好きとかそんなのないよ」

「……そういうのいいから」

「そういうのいいから!?」

「……どっちに萌える?」

「萌え!? それ死語じゃないの!?」

「……あいつはオレの心の中で生き続けてる」

「ぼ、僕にはわかんないよ。ドライこそどうなの?」

「……わたしはバランサーだから平等に見てる」

「なんかズルい気がする!」


 2人がそんなやり取りをしている一方で、アインスとツヴァイは周囲の冒険者たちを観察しながらストーンリザードの(ぬし)の解剖を進める。

 生き残った冒険者は、自分たちを含めて17人。

 討伐中に亡くなった冒険者は、一時そこに放置され、討伐後に開発省の管轄(かんかつ)する『回収屋』がやってきて回収される。それから葬儀が執り行われ、専用の保険に加入している冒険者の遺族にはお金も下りる。これほど危険な職であっても命の扱いは決して軽くない。冒険者は、シュバルツ王国にとっては欠かせない存在だからだ。

 これほどの大きな被害は、今晩にもニュースとなり王国中に知れ渡るだろう。


 ツヴァイはストーンリザードの胃から双剣を抜き取り、アインスに手渡す。


「早く逃げ出さないとまずいわね。ヘンテコが主を討伐したって、大きな問題になるかしら?」


 双剣を受け取りながらアインスは答える。


「まず信じる人間はいないだろうな。それに……ことを荒立てたくないロルフは口を閉ざすだろう。きっと大きな問題にはならないが、早く逃げ出すに越したことはない」

「そうね。さっさと素材を収納しましょう」

「いや、待てツヴァイ。素材は隠して、一度この森を出る」

「はぁ? なんでよ。もうヘンテコってバレてるんだから能力は使ってもいいでしょ」

「この討伐、あまりに不可解なことが多い。君にはいつでも『物を収納できる状態』でいてもらう」

「不可解なこと?」

「そうだ。まず1点、主を殺したのに他のストーンリザードが冒険者を襲い続けたこと。通常は主が死んだ時点で他の個体は去っていく。たとえそれが戦闘中であってもだ」

「あっ、そういえば!」

「気が動転していた冒険者たちは気づいていないが、少なくともロルフはこの違和感に気づいているはずだ。私たちは本当に討伐に成功したのか?」


 アインスの言葉にツヴァイの表情が曇る。


「そしてもう1点、こちらが重要だ──」


 アインスはツヴァイの耳に顔を近づけて話し始める。


 一方、ロルフは西の空を眺めながら考える。

 日は沈みかけている。季節は初夏、日の入りは19時ごろのはずだが、スマホの時計を確認するとまだ18時を過ぎたばかりだ。

 時を止める能力……この1年で天体の位置は狂わされている。灯りのないセリアの森は途端に不気味さを帯び、視界が悪くなり始めていた。

 空には、うっすらと星が浮かび上がっている。


「……悪い流れだ」


 今、自分が置かれている状況。

 敵の襲撃に遭いやすい暗がりは危険だ。

 討伐隊の中にはヘンテコ保持者を除いても明らかに『不審者』が紛れ込んでいる。主を討伐した現状においてもなお『素材を回収していないやつら』だ。

 片方のギフトは既に一度目撃している。アレなら何の問題もないだろう。

 任務のために冒険者やゴロツキを雇い、使えるものはなんでも使うこのやり口……『どの王子』かは目星がついている。

 仮にも王国直属の軍人、敵から動かないことにはこちらから攻撃は仕掛けられない。


 冒険者たちが素材の回収を終える。

 リタは落ち着きを取り戻したようで、ロルフの元に歩み寄る。


「ロルフさん……」

「前にも言ったが、俺はお前の境遇に同情しないわけじゃない。ワガママを口にするなとは言わない。現実的に可能かどうかは俺が判断する」

「は、はい。ボクはわかってますよ。ロルフさんは強面(こわもて)だけど優しい人です」

「違うな。ガキはワガママを言うのも仕事……俺は責任のない大人になるつもりはないだけだ」

「それが優しいんだと思います。ボク……強くなれますか?」

「お前はついてる。この討伐は……あのガキどもの闘いを見れたのはお前にとって重要な意味を持つ」


 ロルフがナンバーズへと視線を移し、つられてリタもそちらを向く。

 天運。

 努力が実を結ぶとは限らない。人生には『運に託す』という場面が嫌でも付きまとうからだ。

 ……これも霊的付与の影響によるものだろうか?

 リタは天運を持っている。

 取り巻く環境が不思議とリタを成長させていく、生粋の主人公気質。


「お前は強くなれる」


 ロルフは剣を握る手に力を込める。

 純粋な戦闘であれば何の問題もない。敵を殺すことに関して言えば、ロルフの右に出るものはシュバルツにいないだろう。

 しかし、彼は『守る』ための闘いをやってこなかった。

 リタだけじゃない、ロルフにとっても大きな意味を持つ闘いになる。

 そうだ。まだこの闘いは終わっていない。



 アインスは、ナンバーズの隊員に話しかける。


「無事に家に帰るまでが討伐だ。油断するな、まだこの闘いは終わっていない」


 今、シュバルツ王国では何かが(うごめ)いている。

 軍人であるロルフが、ただのC級冒険者であるはずのリタを『管理』している理由。

 そしてこの討伐に紛れ込んだ『不審者』の影。

 ……私たちは何かに巻き込まれようとしている。

 ナンバーズの目的は既に達成した。

 しかしヘンテコ保持者に理不尽は付きものだ。私たちは常に『巻き込まれる立場』にある。

 弱者は、理不尽に対して『対策』を取るだけではいけない。重要なのはそれをどう自分の『利』とするかだ。

 いや、これはヘンテコ保持者に限った話ではない。

 人生には必ず理不尽がある。

 たとえばそれは道端を歩いていたら通りすがりの人間に突然暴力を振るわれるような、抗いようのないもの。

 理不尽に遭ったとき、悲しむことや怒ることは誰にでもできる。今後そういった被害に遭わないよう対策を練ることも。

 しかし、そこで留まる活動家には何も成せない。

 見極めるんだ。

 私たちはこの『理不尽』から何を得られる?

 己の利を見つけ出せ──


 そう神経を研ぎ澄ますアインスの肩を、ツヴァイがバシンと強く叩いた。


「もっとリラックスしなさいよ」


 アインスは叩かれた肩を押さえながら地面に(うず)くまり、痛みに悶絶する。


「あんた貧弱すぎない!?」

「う……うるさい…………絶対骨折れた……!」

「んなワケないでしょ! はぁぁ。ったく、あんたは気負いすぎなのよ」

「それは……君にだけは言われたくない」

「あたしは楽しいことも考えてるわよ? たとえば今日の晩ごはんとか」

「無事に食べられるといいけどな」

「食べられるに決まってるでしょ。こんだけ素材が手に入ったんだから、今の手持ちのお金は全部使い切って打ち上げよ!」

「お金を貯められない人間の発想だ」

「ストレスを溜めない人間の発想よ」

「ふふっ。君には敵わないな」


 アインスは、ドライとフィアに視線を向ける。


「2人は何か食べたいものはあるか?」


 ドライは答える。


「……肉」


 フィアが続く。


「ぼ、僕も美味しいお肉食べてみたいかも」


 アインスは笑う。


「そうか。じゃあ今晩は焼肉パーティーだ」


 そう言って、ツヴァイと目を見合わせる。

 気負いすぎていたかもしれない──アインスは息を吐き出す。

 利を得るよりも何よりも優先すべきは、全員で無事に帰還することだ。


 アインスは仲間に向けて言う。


「必ず生きて帰るぞ、ナンバーズ」

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