ハッタリ
「──不合格だ、『勇者』」
ロルフはリタに冷酷に告げた。
リタは何かを言おうと口を開くが、言葉が見つからず詰まる。
フィアは、ツヴァイとドライに向けて呟く。
「あの人……ネットで見たことある」
フィアの言葉に対し、ドライが答える
「……ロルフ・ローレンス。元S級冒険者」
「元S級?」
「……今は冒険者じゃなくて国王軍の軍隊長。通称、人間兵器」
「そ、そんな人がどうしてここに……」
冒険者の1人が叫ぶ。
「ロ、ロルフ軍隊長! もう一度だけチャンスをください!」
その人物は『白銀の翼』の一員のようだ。
ロルフはそちらを一瞥する。
「ダメだ。そんな悠長なことをしてる暇はない。お前らは正当に与えられたチャンスをものにできなかった。即刻『白銀の翼』は解散しろ」
「し、しかし……隊長がラストアタックを取れなかったのは自分たちの責任です! た、隊長は……隊長の実力はこんなものじゃありません! 本当ならもうB級冒険者に──」
「そうだ。お前らは明らかに足手まといだった。テストを受けていたのはリタだけじゃない。『白銀の翼』がラストアタックを獲得し、リタがB級冒険者に昇格すればギルド全員を旅に連れていくという契約だ」
「ぐっ……それでも……それでも隊長は……」
ロルフは冷たい視線をリタに向ける。
「それに……テメェらは勘違いしてる。こいつが実力者? 笑わせるな。ここまで恵まれたギフトを持ちながら、あんなトカゲの1匹も殺せやしねぇ」
そして、リタの前へと歩み寄る。
「今のお前の実力じゃ、そこの金髪女1人にも勝てるか怪しいもんだ。自覚しろリタ──」
リタの目から涙がこぼれる。
「──お前は弱い」
全員が押し黙る。
やがて、その場にアインスがやってくる。
目を細めて、ロルフの実力を押し測る。
……よりによって、こんなところに人間兵器が現れるなんて。
私たちはこいつに勝てるだろうか。
戦闘は避けるべきだ。ロルフは、私たちの処遇をどうするつもりだろうか。脅しは通用するだろうか。
思考はやがて、1つの疑問へと行き着く。
──こいつの弱点はなんだ?
何故こんなところに現れたか、『勇者』とは何か、『白銀の翼』との関係性は?
ロルフは明らかにリタを勇者と呼んだ。ただのルーキー冒険者を、だ。
やつは国王軍……国の飼い犬……つまりリタは『国にとっての重要人物』ということだ。
いざとなればリタを捕らえ、人質にすれば──
そこまで考えたところで、アインスは戦慄する。
気づくと、首にヒヤリと冷たい鉄の感触があった。
目にも止まらぬ速さで接近してきたロルフが、アインスの首元に剣を添えていた。
「黒髪女、お前に思考の時間を与えるのは危険だ」
ツヴァイ、ドライの2人は慌てて武器を構え、フィアはスマホを手に取る。
しかし、その3人ともがアインスの表情を見て驚く。
こんな状況でありながら……不気味に笑っていた。
「ふふっ。もう時間を与えすぎだ」
そして、周囲の冒険者たちを一瞥する。
「何故私たちがヘンテコ保持者であることを晒したと思う? 混戦状態を利用して逃げ出すこともできたにも関わらず、だ」
アインスの目が、どす黒く濁る。
「──いつでも君たちを皆殺しにできる策があるからだ」
そんな策はない。ハッタリだと理解しているナンバーズの仲間ですら背筋が凍りついた。
いつでも皆殺しにできる──そう信じ込ませる『何か』があるほど、アインスの表情は恐ろしく映った。
ロルフだけが一切動揺せず、会話を続ける。
「テメェらの要求はなんだ」
「ふふっ。話が早くて助かるよ、ロルフ・ローレンス。私たちの要求はただ1つ、なんてことはない。普通の冒険者と同じように扱え。ストーンリザードの主から採れる素材……その50%だ」
先ほどのハッタリはロルフには通用しない。そんなことは、アインスは百も承知だった。
しかしロルフは明らかに『魔物討伐とは別の理由』でこの場にいる。ならば素材なんてどうでもいいはずだ。
更に『リタが保護対象である』ことは間違いない。
主を一撃で仕留めるほどの攻撃力を持つ相手からリタを守る……人間兵器といえど、これは『リスク』でしかない。そして、そのリスクを『素材を渡す』だけで回避できる。
真っ先にアインスの思考を止めようと動いたロルフの頭脳であれば、ここまでは簡単にたどり着けるはずだ。
アインスはロルフの目を見つめる。
理解したか──
君に決定権なんてものは存在しないんだ──
ロルフは剣を下ろし、ため息をつく。
「気に入らねぇが、互いにとって都合がいいのは間違いない。いいだろう、この場は俺が仕切る。テメェらには誰も手出しさせない。素材を回収してさっさと消えろ」
「ふふっ。元S級は伊達じゃないね」
ロルフが離れていき、アインスは息をつく。ようやくその頬に冷や汗が流れる。
ナンバーズがほっと安心したところで、リタが声をあげる。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい、みんな! ボクが……ボクが不甲斐ないから……!」
ぼろぼろと涙をこぼし、その場に崩れる。
「ううっ……ごめんなさい」
『白銀の翼』の仲間がリタの元に集まり、その背中に手を当てる。
「隊長……すみません。自分たちの力不足です」
「そんなことないっ! みんなは……ボクにとって最高の仲間だった。絶対に……ぐすっ……離れたくなかった……」
「隊長、ありがとうございます。今まで……お世話になりました」
もう間も無く日が暮れる。
茜色に染まり始めるセリアの森で、リタの泣き声だけが響き続けた。




