冒険者ギルド『エーデルブラウ』
「……ヘンテコ発動」
町の中心地で、ドライは能力を発動する。
聴覚レベルは通常『dB』という音の単位が扱われる。
60dBで目の前にいる人間の声、40dBで静かな住宅地や図書館での音、30dBで新聞をめくる音といった具合だ。0dBは『聞こえの良い人が聞き取ることが可能な一番小さな音の平均値』とされている。
聴力検査の結果、能力発動時のドライの聴力は『マイナス5dB』だった。
これは『非常に聞こえの良い人』レベルであり、一般常識を覆すようなものではない。ゆえにギフトではないが、数あるヘンテコの中では優秀な部類といえる。
「どう!? なにか良い情報はある!?」
「……ツヴァイ、うるさい」
夕暮れ時のサンブルクは、エーデルブラウの話題で持ちきりだった。既にレイスが連れていかれたことも噂になっているようだ。
「くそっ! よりによってレイスさんが──」
「あそこはまだ幼い弟が──」
「エーデルブラウめ──」
「ちょっとやめて。誰かに聞かれたらどうするの──」
ドライは能力を解除する。
「……フィアのお姉さんはすごく人望がある人みたい」
「ええ、フィアの話を聞く限りだとあたしもそう思ったわ」
「……でもこの感じだと誰も助けにいかない。みんな怖がってる」
奴隷の町と呼ばれるだけあって、通りすがる人間はみんな頬に焼き印が刻まれている。彼らは中央地にたたずむ国王像をも恐れ、口をつぐむ。ギフト保持者に歯向かうな──そう脅されているように錯覚するのだ。
「……ここではネットに載っている以上の情報は得られないと思う」
「ど、どうしよう?」
「……エーデルブラウが泊まっている宿屋の場所なら割り出せた」
「でかしたわ! 突入しましょう!」
「……そんなことしたら殺されるだけ。場所さえわかればわたしのヘンテコで会話を盗み聞きできる」
「あんた天才!?」
興奮するツヴァイを無視して、ドライは宿屋に向かって歩き始める。
「……相手が気配を察知するギフトを持っているかも。油断禁物」
「そのときはあたしが『バァーン!』って倒してあげるわよ」
「……ギフト4人相手はツヴァイでも無理。せめて1対1に持ち込まないと」
「それくらいの気概ってことよ!」
サンブルクの宿屋は冒険者が立ち寄った際に利用されるものだが、一線級の冒険者が訪れることはそうないため、簡易的な設備しか整えられていない。
その日はエーデルブラウ以外に宿泊客はいないようで、ドライの能力を使うには打ってつけだ。
「……ボロ宿屋。壁も薄そう」
見張りはいない。この町にエーデルブラウに太刀打ちできる人間など存在しないのだから当然だ。
茂みに身を隠しながら壁まで接近し、ドライは能力を発動させる。
「どう!? なにか良い情報はある!?」
「……それ、さっきもやった。会話が聞こえる」
エーデルブラウの4人は何やら揉めている様子だ。
「何この女!? 私は聞いてない──」
「落ち着けよハンナ。ただ奴隷を仕入れただけ──」
「言っとくけど、怪我しても私は治さないからね。ゲオルク、カール、貴方たちからもなんか言ってよ──」
「オレは構わん。旅の邪魔にならなければな──」
「俺も別に〜。この子可愛いし、目の保養になるじゃん──」
「このギルドはバカしかいないの!? はぁ、もう最悪──」
エーデルブラウ。
話題の冒険者ギルドだけあって、ギルドメンバーの名前くらいはツヴァイもドライも既に把握していた。
──ギルドマスター・ブラウ。
王国最強のギフトとまで囁かれる実力者だ。まだ若く冒険者としては駆け出しだが、いずれは国から傭兵・もしくは正式な軍隊へ勧誘させるだろう。
──ハンナ。
ブラウとは幼い頃からの友人で、エーデルブラウ唯一の女性。
──ゲオルク。
ガタイが良く、無骨な印象の男。腕の立つ剣士という噂だ。
──カール。
チャラチャラした雰囲気の男。いつも大量の装飾品を身につけている。槍使い。
いずれもギフト能力は不明だ。
「安心しろ。奴隷なんて使い捨てだ──」
「どうでもいい──」
「ハンナは嫉妬してんだよ──」
「なんですって──」
ドライが能力を解除する。
「……疲れた」
「大丈夫?」
「……どうでもいい会話ばかりになった」
「収穫は?」
「……あった。とても良い情報」
「でかしたわ!」
「……これ以上は危険。2人の元に帰ろう」
「ええ、お疲れ様。きっとアインスも褒めてくれるわ!」
「……褒められたいの?」
「んなワケないでしょ!」
音を立てないよう宿から離れる。
ドライは息切れしている様子だ。持続型の能力は体力を消費するものが多く、彼女のヘンテコはそう長く維持できない。
「無理させて悪いわね」
「……別に構わないし、ツヴァイが謝る必要もない」
「だってサンブルクに入る前にアインスから忠告まで受けていたのに、あたしはまたワガママ言ってる」
「……それを『構わない』と言ってる。わたしはツヴァイのそういうところが好きだ。それに……」
ドライは言葉を続ける。
「……わたしはああいう、人を人とも思わないやつらが嫌いだ。冷たいように見えて、アインスも同じ。わたしたちの気持ちは一致している。……さぁ、帰ろう」
そうして2人は帰路に着く。
アインスとフィアのいる場所へと。