ストーンリザードvsリタvsレオンvsツヴァイ④
レオンはストーンリザードの前方を駆け回り、敵を翻弄する。
真正面であれば、ストーンリザードの攻撃手段は『噛みつき』か『丸呑み』に限定される。それをかわせば、弱点の『目』はレオンの爪の届く位置にやってくる。
どれだけ頑強であっても体の装甲ほどではないはずだ。何度も攻撃を与えればいつかは砕ける。
それまでストーンリザードの攻撃をかわし続けられるかの勝負だ。
レオンの目が獰猛に血走り、その口から唾液がこぼれる。己が人間であることを忘れたように、野生的に。
ストーンリザードが口を開き、レオンへと飛びつく。
「遅ぇッ!」
それを楽々と横にかわし、割れていない左手の爪を目に突き刺す。ガキン、と鈍い音が鳴る。
「もう一発……!」
そのとき、レオンの横腹を目掛けてストーンリザードの『前足』が襲いかかってくる。
噛みつきをかわすべく横に逸れれば、この攻撃の餌食になるのだ。
「──同じ手が通用するかよッ!!」
レオンは高く跳躍し、その攻撃をかわす。そのまま攻撃を終えたストーンリザードの前足の上に着地し、勢いのまま膝を曲げ、筋肉を縮小──ミチミチと両足から音が鳴る。
瞬時に縮小した筋肉を解放し、爆発的な加速でストーンリザードの目へと飛び込む。
「王の鉤爪ッ!!」
もう一度、その目に爪を立てる。
手応えがまったく無いわけではない。
いける。あの金髪女ではダメージを与えられずとも、俺の攻撃なら効いている。
こいつを殺せる可能性があるのは、この場には俺とリタしかいない。主を殺し、ラストアタックも奪う。それが俺が王であることの証明となる。
左手を引き、もう一度その目に突き刺そうとした──そのとき、ストーンリザードが咆哮をあげる。
空気がビリビリと振動し、レオンはバランスを崩して落下していく。
ストーンリザードは首を捻り、その巨大な牙をもう一度レオンへと伸ばす。空中で身動きの取れない彼に、その攻撃を避けるすべはない。
「……ッ! クソがぁぁあ!!」
死──その言葉がレオンの脳裏に浮かぶ。
勝てなかった。
通用しなかった。
これが……敗北。
そして自覚する。自覚してしまう。
──俺は、王じゃなかった。
死を受け入れたレオンの脳裏に、最後に浮かんだのは。
自分を信じ敬慕する、ルーカスの笑顔だった。
「────危ない!!」
次の瞬間、飛び込んできたリタがレオンの体を抱きかかえる。
ストーンリザードの口が音を立てて閉ざされた。
「っ……っあああああああ!!」
リタが悲鳴をあげる。
間一髪のところでレオンを救出したリタだが、その右足首から先はストーンリザードの牙によって噛みちぎられ、血が噴き出していた。
それでも必死に滑空し、魔物から距離を取ったところで倒れる。
「っっ……うぁぁ……」
レオンは怒りに顔を歪め、体を震わせる。
「テメェ……何のつもりだ。この俺に恥をかかせようって気か……」
「はぁ……はぁ……そんなんじゃないです。貴方がいなければストーンリザードは倒せない……ボクがラストアタックを決めるために貴方が必要なだけです」
「ククッ……それで足を失ってちゃ世話ねぇな。テメェはもう終わりだ」
「残念ながら──」
リタは痛みで顔中に汗をかきながらも、苦しげに笑う。
するとリタの翼から光の粒子が溢れ出し、失った右足首へと集まっていく。
やがてそれは元あった足を形づくり、光が消えたときには──リタの右足は完全に元通りに修復していた。
「『自動再生』……これがボクの霊的付与で得られる最大の効果です」
「……クソチート野郎が。テメェ、異世界かどっかから来やがったのか」
「何を言ってるんですか。それより──」
リタはストーンリザードへと視線を向ける。
ズシンと音を立てて、ゆっくりとこちらに歩いてくるのがわかる。
「アレを倒せるのはボクたちだけです。さっきの少女もボクたちとは質の違う強さを持っていますが……そもそも攻撃の威力が足りません」
「んなこたぁわかってる! だから邪魔すんじゃ──」
レオンの言葉を遮り、リタは言う。
「だから協力しましょう」
そして、レオンに手を差し出す。
レオンは差し出されたリタの手を眺め、口を開く。
「…………自分が何言ってるかわかってんのか。俺たちはラストアタックを奪い合う敵同士、協力なんて死んでもするかよ」
「もう痛感してるはずです。アレは1人では倒せない。貴方のスピードと、ボクのパワーがあればどうにかできるかもしれない」
「ざけんな。テメェと組むくらいなら死んだ方が──」
「いい加減にしてください!」
リタは声を荒げる。
「現実を見てください! 勝てない、1人では勝てないんです! ボクたちが負けたら、ここにいる全員が死ぬんですよ!?」
レオンは爪を失った右手で顔を抑える。
「うるせぇ……うるせぇんだよクソ野郎。現実くらい見えてる。あの怪物は倒せない。俺は……王じゃなかった。だがな、それでも曲げられねぇモンがあんだよ……」
「信念とプライドは違います。信念は貴方という人間をかたどる全て……決して失ってはいけない『幹』です。けれどプライドなんてものは、いくらでも替えの効く『枝葉』に過ぎません」
リタは叫ぶ。
「信念のためにプライドを捨てられない人間に、何かを成せるはずがない!」
「……っ!」
「レオン、さっきの発言は聞き捨てなりませんよ。『俺は王じゃなかった』って言いましたね? ……余計なプライドを、この闘いに不必要なものをすべて捨ててください。そのとき、貴方の中に残るものはなんですか?」
レオンは思考する。
俺の信念。
余計なものを、不必要なものを捨てて最後に残るもの。
それは──
──僕にとって、君が世界の王様だ。
「…………ああ、そうか。そうだったな、ルーカス」
レオンはそう呟き、リタの手を弾く。
「い、痛い……」
「これは協力じゃねぇ。俺が王になるために必要なただの『プロセス』だ」
リタは払われた手を見て、笑う。
「あはは……わかってますよ。あの装甲に1つでも亀裂を入れられたなら、あとは簡単に瓦解する。だからこの連携はあくまでも『装甲に亀裂を入れる』まで。そこから先は──」
「奪い合いだ」
「そう。ラストアタックは決して譲りません」
「やってみろ、ハイエナが!」
レオンはそう叫び、地面を蹴り出す。
……見ていろルーカス。
力は誰かのためにあるものじゃない。
俺たちの価値は、俺たちの強さは俺たちだけのものだと、この闘いを制して証明してみせる。
世界の王は────この俺だ。
駆け出すリタとレオンを見つめながら、ツヴァイは震える手を強く握る。
……あたしの力は誰かを守るためだけにある。
真っ暗な世界で1人きりで、誰も助けてくれなくて、泣くことしかできなくて……それでも『生きたい』と願う人たちが必死に手を伸ばしてくれたなら──あたしはその手を掴んで決して離さない。
もしも……もしもリタとレオンでも勝てないなら、あたしがやるしかない。
たとえ、この命に代えてでも──




