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デッドライン

 無意識に、反射的に、レオンはその喉元を目がけて爪を繰り出す。


「このデカブツがッ!!」


 バキン、と鈍い音を立ててレオンの右手の爪が割れ、弾け飛ぶ。


「がぁぁっ!?」


 ストーンリザードの目がレオンの方を向く。

 レオンはようやく気づく。


「…………怪物」


 巨大な牙が今まさにレオンの体を噛み砕こうと襲いかかった──そのとき。


燐光剣(りんこうけん)!!」


 ストーンリザードの目を光の剣が突き刺す。

 視界の外から放たれたリタの攻撃は、その衝撃でストーンリザードの首を強制的に捻じ曲げ、間一髪のところでレオンの命を救う。


「何やってるんですか! 死にたいんですか!?」


 リタは咄嗟にレオンの体を抱きかかえ、そのまま地面を滑空(かっくう)し連れ去る。


「ッ!? 離しやがれ!」

「あ、暴れないでください!」


 暴れるレオンの体を無理やり押さえ、ストーンリザードから安全圏まで距離を取ったところで手を離す。

 レオンは折れた爪を見ながら、苦渋の表情を浮かべる。


「あの野郎……ルーカスを……」

「お、落ち着いてください。あれはまともにやり合っても勝てません」

「知るかよ! 余計なことしやがって……テメェも、あの化け物もブッ殺す!」

「お、落ち着いてくださいと言ってるでしょう!」


 リタは思考する。


 燐光剣は間違いなくストーンリザードの弱点である目を突き刺したはずだった。

 だけど剣が眼球を貫くことはなかった。ダメージが全く通っていないことはない……けれど、あのストーンリザードは目も頑強なのだ。

 一撃や二撃では倒せない。

 それも足や尻尾が攻撃手段となるなら、もはやストーンリザードの周囲に安全域なんて存在しない。しいて言うなら、ボクの能力を使った上空からの攻撃だろうか……しかし結局は攻撃の際に接近せざるを得ない。

 あの巨大で頑強な体は、些細な挙動すら人間にとって致命傷たり得る。

 近づいたものを破壊する、怪物。

 迂闊な攻撃を繰り出せば──リタはルーカスの死体へと視線を向ける──次にああなるのはボクだ。

 あれは……1人では絶対に勝てない。


 レオンが駆け出す。

 喉をゴロゴロと鳴らし、仲間の仇を取らんとストーンリザードの元へと。


「ぐぬぬ! あーもうっ!」


 慌てて、その後を追うリタ。


 その光景を遠目に観察しながら、アインスは舌打ちする。


「ア、アインス……?」

「ああ、ごめん。頼みの綱があまり頼りにならなそうでね」

「ぼ、僕たち……どうなっちゃうんだろう」

「心配いらない。私たちはね」


 アインスは既に『損切り』のラインを見定めていた。

 最優先は、仲間の命。

 このデッドラインさえ見誤らなければ、何の問題もない。

 木の上から冒険者たちの闘いを眺める。

 死者こそ出ていないものの、徐々に押され始めている。『その時』はもう近いかもしれない。

 冒険者の中の1人が叫ぶ。


「怪我人は一度下がって治療を受けろ!」


 数人の負傷者が下がっていく。しかしこれだけの魔物の数がいれば安全圏なんて存在しない。限られた空間を使い、攻撃と治療を繰り返していく冒険者たち。

 負傷した腕に、治癒系能力のギフト保持者である女性冒険者が手を添え、そこから赤色の電気が放出される。みるみるうちに傷口は塞がっていき、負傷した男性冒険者はホッと息をつく。

 おそらく同じギルドではない。今はギルド間での争いをしている場合ではないのだ。


「恩にきるよ」

「ええ、これでもう大丈夫──」


 言い終わる前に、女性の顔が凍りつく。

 恐る恐る足元へと視線を落とすと、そこには1体のストーンリザードがいた。

 そして、その鋭利な牙を左足に突き立てていたのだ。


「──っ!?」


 次の瞬間、ストーンリザードは大きく首を振り、女性の体を引きずり倒す。


「きゃあぁぁ!?」


 治癒を受けた男性が慌てて剣を抜き、救出しようと足を踏み出すが──女性が引っ張られていったその場所には3体ものストーンリザードが赤い目を不気味に光らせていた。


「っ!」


 思わず、男性の足は踏みとどまる。

 そのうちの1体が女性の腕に噛みつく。血が噴き出し、つんざくような悲鳴。

 女性は、男性へと縋るように視線を向ける。


「た……助けて……」


 男性はたじろぐ。

 その体は恐怖でピクリとも動かせない。

 やがて他のストーンリザードがもう1本の腕に噛みつき、女性の体を互いに引っ張り合う。冒険服は破け、中の肉がみちみちと音を立て始める。


「い、いやぁぁあああ!! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いぃいい!!」


 涙を流し、錯乱する。

 ブチィッと耳を塞ぎたくなるような破裂音が響き、女性の腕は引きちぎられた。

 そして、(せき)を切ったように無数のストーンリザードが女性の体に食らいつく。


「いやぁぁあああ助けてぇ!! 死にたくない!! 死にたくないよぉぉ!! 助けてお母さ────」


 その断末魔の悲鳴に、冒険者たちは顔を青ざめる。

 樹木の上にいたツヴァイが下唇を強く噛み、その場から飛び降りようとするのをアインスの手が制する。


「っ……アインス」

「『リタとレオンが(ぬし)に勝てない』『ヒーラーが1人でもやられる』……ここがデッドラインだ」


 恐怖は徐々に伝染する。

 今ならまだ戦闘中の冒険者たちを囮にして自分たちだけ逃げることができる。しかし、あの中から1人でも離脱する者が現れたなら、逃げ出す冒険者は続出する。

 そうなれば逃走は極めて困難になる。

 アインスは、ナンバーズに向けて言う。


「撤退だ。急ぐぞ」

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