強さは誰が為に
「レオン!」
ようやく戦闘の場に追いついたルーカスが声を上げてレオンの元に駆け寄る。
「レ、レオン」
「ルーカス……もう容赦はしねぇ。あのデカトカゲをブッ殺すぞ」
「っ……! もっちろん! それでこそ僕の王様!」
「──それならボクのサポートをお願いしますね」
2人の横を、光の粒子が駆け抜ける。
翼を携えたリタが通り抜けたのだ。
レオンが舌打ちする。
「チッ、あの野郎……!」
リタはストーンリザードの元に向かいながら思考する。
……これまでの闘いであの魔物の特性は理解できた。
石の装甲は頑強だが、目は脆い。しかしその弱点を突くには危険域の『正面』からでなければ難しい。
ボクの霊的付与の『剣撃強化』があれば装甲は破壊できる……はずだった。
しかしレオンの攻撃でも壊せないとなると、やはり主の持つ装甲は他の個体よりも厚く頑強だということ。
もちろんボクの剣はレオンの攻撃よりも高威力だ。
「……試してみる価値はありますね」
飛行の高度を上げる。
どれだけ巨大であっても、どれだけ凶暴でも、翼を持たない魔物は見上げることしかできない。
高く、高く──ストーンリザードの遥か上空へと辿り着く。
絶対安全圏、そして能力の加速に加えて自由落下のエネルギーを乗せた一撃。光輝く剣を逆手に持ち、リタは急降下する。
「──墜突・燐光剣!」
急降下しながら、より一層輝きを増す光の剣を振り下ろす。
装甲に当てた剣先から無数の閃光が走り、やがて粒子となり散らばる。
「な……なんて硬さですか」
小さな亀裂くらいは入れられると思っていた。
しかし、リタの攻撃は装甲に傷ひとつ与えられない。
ストーンリザードの目がギョロリと上へ向く。
「まずい……!」
リタは反射的に危険を察知し、すぐに上空へと退避する。
これほど巨大な魔物であれば、些細な挙動の1つでも人間に致命傷を与えかねないほどのパワーを持っているのだと、先ほどのレオンへの攻撃で知った。常にヒットアンドアウェイの戦法で挑まなければいけない。
安全圏からリタは状況を分析する。
……やはり目を狙うしかない。
レオンとルーカスは同時に動き出す。
「ククッ、テメェの攻撃も効かないみたいだなリタ。ルーカス、俺と連動しろ!」
「りょーかい!」
レオンはストーンリザードの『正面』へと、そしてルーカスは『後方』へと駆ける。
ルーカスは未だかつてないほどの興奮を覚えていた。
レオンが、自分を頼っている。
頑強な装甲により打撃や斬撃はまともに通らない。
僕の能力である『炎』が弱点なのは偶然に過ぎないかもしれない──それでも必要とされている。
ルーカスの脳裏に、レオンと出会ったときの記憶が蘇る。
……
……
……
「──いい加減目を覚ましやがれ。『強さ』は『誰かを守るためにある』なんて大嘘だ」
ルーカスは弁護士の父の元に生まれた。
何不自由ない裕福な家庭に育てられ、優れた教育を受け、望むものならなんでも買い与えられた。
世の中では冒険者なんて職が持て囃されているが、そんなハイリスク・ハイリターンな仕事は縁遠い世界だと思っていた。
現に、父のギフトは常時発動型の『あらゆる能力の影響を受けない』という魔物討伐には何の役にも立たない能力で、冒険者には一切興味を示さなかった。
父は、善人だった。
清く正しく誠実に。強い人間だからこそ弱い人間のために生きる──ノブレス・オブリージュ、社会的地位を持つ者はそれに応じて果たさなければならない社会的責任と義務がある。
それは法的義務でも誰かに指示されたわけでもなく、ただ『当たり前』とされる道徳観であり社会規範。
父は間違いなくそれに支配されていた。
「ルーカス、お前は強い。強さは人のためにある。誰よりも優しい人間になりなさい」
父の言葉。
何不自由ないはずの裕福な暮らし。
何故だろうか、そんな生活にルーカスは窮屈感を覚えていた。
ひどく『不自由』だと感じた。
ある日、父が1人の男の子を連れて帰ってきた。
その少年の左頬には、醜い焼き印が刻まれていた。
奴隷だ。世界に生み落とされてしまった、世界に不必要な存在。人類にとってのがん細胞。
どこの教育機関でもそう学ぶ。
少年は怯えた顔をしていた。
「彼は、これからお前の弟になる」
「……は?」
「路地で倒れているところを偶然見つけたんだ。我々には想像の及ばないような境遇に苦しんでいたに違いない。愛情を持って接してあげなさい」
ふざけるな。
どうして自分が何の関わりもない人間……それも奴隷の世話をしなければいけないのか。
日を追うごとに、少年は徐々に笑顔を見せるようになった。
無邪気な笑みで親しみを向けてきた。
「お兄ちゃん!」
ああ……気持ち悪い。
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。
僕はお前のお兄ちゃんじゃない。
僕の人生は誰かのためにあるものじゃない。
何もかも壊してしまいたい。
そしてルーカスは、少年を手にかけた。
ヘンテコを殺すことは罪に問われない。しかし善人である父はルーカスを勘当した。
全寮制の学校に送られ、卒業後も帰る家はないらしい。
僕は間違っていたのだろうか? 恵まれた人間は、恵まれなかった人間のために人生を捧げなければいけないのだろうか?
だとしたら──僕は強さなんていらない。
「おい、なんだ。そのクソみたいな面は」
そう声をかけてきたのが、ルーカスの当時のルームメイト……レオンだった。
「放っておいてよ」
「噂になってんぞ。ヘンテコの家族を殺したらしいな」
「家族じゃない。説教でもしに来たの?」
「あぁ?」
レオンは怪訝そうに顔をしかめる。
「弱ぇやつは死んでいく。いや、俺たちが殺していくべきだろうが」
「…………は?」
思わず、ルーカスは顔をあげる。
「いいか、クソ陰気野郎。この世界は平等であるべきなんだよ。平等ってのは、弱者に施し、強者から奪うことじゃない。働けない人間を生かすために汗水垂らして働いているのは誰だ? 弱者ってのは、強者が必死にありつく飯を何もせずに掻っさらうハイエナなんだよ」
嘘だ。
そんなことは父から教わっていない。
「ヘンテコから人権を奪ったのはいいことだ。だがヘンテコ以外にもハイエナは溢れてる。そいつらのために『強者が割を食う』なんてのは平等じゃねぇ。俺たちには好きに生きる権利がある」
「で、でも……!」
「──いい加減目を覚ましやがれ。『強さ』は『誰かを守るためにある』なんて大嘘だ」
強さは、生まれ持った才能だけを指さない。
努力して培ってきたものも強さだ。
努力してきた者が、努力を怠ってきた者のために尽くす必要はない。
そんなこと……誰も教えてくれなかった。
それからルーカスは、レオンという男を知るべく交流を深めていった。
彼は自由を尊重してくれた。
彼といれば、自分の能力は自分のために使っていいのだと存在を肯定された気がした。
「ルーカス、俺は冒険者になるぞ。冒険者ってのは、この国における『強さの象徴』だ。俺の強さは俺だけのもの……誰にも搾取させねぇ」
「それなら僕もついていくよ。僕にとって、君が世界の王様だ」
「ククッ。せいぜい俺から何も奪わないよう食らいついてきやがれ、このハイエナ野郎」
……
……
……
僕たちの強さは僕たちだけのものだ。
そして僕は──レオンにとってのハイエナでは終わらない。
それをこの討伐で証明してみせる。




