勝利の理論
そのとき、素っ頓狂な叫び声があがる。
「どいたどいたどいた〜〜!!」
声の方向へと視線を向けると、そこには必死の形相で林の中を一直線に駆けていくツヴァイの姿があった。
その背後では、ストーンリザードが体をうねらせながら彼女の後を追っていた。
「追ってきてんじゃないわよ、このバカトカゲ! あたしなんか食っても美味しくないわよっ!? そりゃ確かに食べれる脂肪分は結構多いかもしれないけど──って、うっさいわね!!」
周囲の冒険者たちは口元を引き攣らせて、道を開けながら思い思いの言葉を口にする。
「な、なんだあいつ」
「情けねぇ」
「能力がショボいんだろ」
フィアは顔を赤くして呟く。
「な、なんだかあそこだけ空気感が違いすぎるよ……恥ずかしい……」
アインスはクスクスと笑い、フィアに問いかける。
「これでストーンリザードは残り1体。フィア、君はこれまでの闘いを見てどう思った?」
「ど、どうって……やっぱりギフト保持者は凄いよ。この討伐、僕たちの付け入る隙なんてあるのかな……?」
「そうか。君にはそう見えたか──」
アインスは冷たく言い放つ。
「──フィア、その感覚は今すぐ捨てろ。これまでの3体の討伐は闘い方としては下の下。学ぶべきことなんて何もない」
「えっ」
フィアが驚いてアインスの方を振り返ると、彼女は真剣な表情でツヴァイを見ていた。
つられて、フィアもそちらに視線を向ける。
ツヴァイは1本の木に向かってまっすぐ駆けていくところだ。
「1体目のストーンリザード撃破時、ルーカスはうまく能力を発動させた。しかしあれは『偶然他のギルドメンバーが敵を拘束していた』から簡単に発動条件を満たせただけ。観察してみたところ、あの魔物は最も接近してきた人間を襲う習性があるようだ。次からはうまくいかない」
ツヴァイは大きく跳躍する。
右足を前に出し、木を蹴り、高く跳び上がる。
そして木の上方にある枝木を掴むべく手を伸ばす。
「2体目、3体目の撃破は能力のゴリ押し。レオンもリタも考え無しに対ストーンリザードの最も危険域である『正面』から攻撃を仕掛けていた。自信の現れかもしれないが、私に言わせれば『偶然能力が敵の実力を上回っていた』だけ。自分より強い魔物であれば、2人とも既に殺されている」
ツヴァイの伸ばした手を、先に枝木の上で待機していたドライが掴み、引っ張りあげる。
2人は木の上方からストーンリザードを見下ろす。
その四つ足を器用に使い、木を登ろうとしているようだ。
ドライが呟く。
「……やっぱり木も登れる。トカゲと一緒。……でも遅い」
そして即座に弓を放つ。
木に足をかけていたストーンリザードの『目』にそれは突き刺さる。
咆哮をあげ、地面に落下するストーンリザード。
「……目は硬くない。これはさっき見た。ツヴァイ、あとよろしく」
「任せなさい!」
ツヴァイは枝を蹴り、木から飛び降りる。
真下にいるストーンリザードの体を飛び越えるような大きな跳躍だ。
空中で体の向きを180度変えて、ストーンリザードの背後を取る形になる。
そして落下の『重力』を利用した『加速』に合わせて、両手で大剣を振り落とす。
バキッ──と大きく音が鳴り、大剣は石の装甲を破壊する。
その様子を木の上から確認したドライが呟く。
「……『大きな武器』に『重力』を加える程度で装甲は破壊できる。あとは……」
ツヴァイが剣を抜く。
ストーンリザードは振り返り攻撃を仕掛けようとするも、その体全体のうねりを利用した歩行運動の特性上、時間がかかる。だからこそ『正面がデッドゾーン』なのだ。
振り返るのに時間がかかるなら──背後からの攻撃はもう一撃だけ『必中』となる。
ツヴァイは小さく息を吸い、大剣を静かに構える。
遠目に見ていたアインスがフィアに話を続ける。
「あれはゲームにおける『ハメ技』のようなもの……条件さえ整えれば『確実に勝てる』という『勝利の理論』をツヴァイたちは作り上げたんだ。無数に落ちている情報を組み合わせてね」
「勝利の理論……?」
「いいか、フィア。『偶然』勝つな。『必ず』勝て。自分の持つ力と敵の特性を理解し、自分だけの必勝パターンを構築しろ。そこに導くための理論をシミュレートするんだ」
ツヴァイは小さく足を踏み込む。
その力を正しく上半身に流し、加算し、大剣を握る両手へと。
力の流れる道──流動。
そして破壊された装甲部分へとゆっくりと斬撃を放つ。
アインスは言う。
「『勝利』には必ず『理屈』が伴う」
ツヴァイは小さく呟く。
「──流道斬」
放たれた斬撃が魔物に触れると同時に、セリアの森に爆発音がこだまする。
冒険者たちは驚愕する。
大剣は地面までたどり着き、ストーンリザードの胴体を真っ二つに切り裂いていた。
体液が飛び散り、弾け飛んだ石の装甲がぱらぱらと落ちていく。
「ふふん。あたしを食おうなんて100年早いわ!」
冒険者たちは絶句していたが、1人の冒険者が叫ぶのを皮切りに、全員が声を発していく。
「ス、スゲェ! あいつ、ギフトを使わずに倒したぞ!」
「バカ、あんなショボい攻撃で倒せるかよ! 能力を使ったんだ!」
「でも電気を発してなかったぞ!?」
「常時発動型に決まってるだろ!」
レオンが舌打ちを鳴らす。
「チッ、ハイエナが。まぐれがそう続くと思うな」
リタは思考する。
ナンバーズ……まったくのノーマークだった。
というか、そんなギルドは聞いたことがない。あの金髪の少女……一体どんな能力を使っているのだろうか。
けれど、パワーもスピードも負けていない。やはり厄介なのは、ボクを上回る速度で攻撃を仕掛けられるレオンの方だ。
ラストアタックは譲れない。今回だけは……ボクは負けられない。負けられない理由があるんだ。
そのリタの後ろで、『白銀の翼』のマントをかぶった男が誰にも聞こえないよう小さく呟く。
「……少しはマシな奴らがいたか」
木から降りてきたドライとツヴァイがハイタッチして、アインスとフィアの元にやってくる。
「作戦はドライ先生が考えてくれたわ!」
「……えへん」
「さすがだね、ゆるカワコンビ。フィア、2人の闘い方はどうだった?」
アインスの問いかけに、フィアは独り言のように言葉を漏らす。
「装甲を破壊するために『木の高さ』を利用……そこに誘導する。ドライが弱点の目をついて敵を地面に固定……装甲を破壊後は『振り返るまでの時間』にツヴァイの武器『流動』の攻撃で確実に仕留められる……」
フィア以外の3人は驚いたように顔を合わせる。
「何よ、あんた。ちゃんと内訳できてるじゃない」
「……賢い」
「ふふっ。期待以上だ」
フィアは慌てる。
「い、いや、アインスが僕にも理解できるように教えてくれたから」
「内訳までは教えてないさ。今回の理論は『ドライの弓術』と『ツヴァイの流動』という武器が必須だった。君はまだスマホ無しでは闘えないけど、スマホがあれば同じように強力な武器を2つ持っている」
「『絶対防御』と『電光石火』……これが僕の武器」
「その通り。電光石火は、仲間にスマホを落としてもらえば射程距離が広がる。ただし1対1の場合、君は敵の背後に『スマホを投げる』必要がある」
「あっ……それであのとき……」
サンブルクから王都メルヴィンへと移動するとき、何度か実験を行った。
スマホの投擲実験だ。フィアが右手でスマホを全力で投げた場合の『飛距離』を測った。
正確にまっすぐ飛ばすための限界の距離は『22m』だった。
「つまり君は『22m以内』にいる敵なら、自分の力だけでも攻撃できる。ただし『スマホを投げる』なんて不審な動きをすれば、敵は当然警戒する。発動前に『攻撃の直線上』から離れられる可能性は高いけどね」
「射程距離22m……」
「自分の武器をしっかり理解しておけば、それは勝利の理論に組み込める」
「僕にできるのかな……それに結局能力が使えない魔物討伐では役に立てないんじゃ……」
弱気なフィアの肩をツヴァイがバシンと叩く。
「最初はそんなもんよ。あたしがちゃんと剣技を教えるから大丈夫。あんたの武器はもっともっと増えるわ」
「うん……ありがとう。優しいね、ツヴァイ」
「ふ、ふん! 弟子を鍛えるのは当然よ!」
アインスとドライは顔を合わせる。
「……いい雰囲気」
「うーん、ツヴァイは全方向古典的ツンデレバーサーカーだからなんとも言えないな」
「……そんな言葉は存在しない」
さて、とアインスは続ける。
「初戦は終わり。素材回収といこう」




