霊的付与系能力
「──ククッ」
今まで一歩も動いていなかったレオンが前髪をかき上げ、笑い出す。
「ククッ。どいつもこいつも……こんなトカゲ相手にチンタラしやがって。お前らの実力はよーくわかった。やっぱ全員ハイエナだわ」
そして、その体から激しい赤色の電気が放出される。
「見せてやるよ、本物の『狩り』ってやつを」
フィアは息を呑む。
それは、これまで見てきたどの能力よりもおぞましいものだった。
グキグキと骨が変質していく音。筋肉が膨れ上がり、黄褐色の髪は逆立つ。目にしただけで寒気が走るような、巨大な牙と、鋭い爪。
変貌したその姿は、世界中で『王』のモチーフとして彫刻や絵画などで扱われる生物──百獣の王『ライオン』を連想させた。
アインスが口を開く。
「レオンという男の能力は、ネットで話題になって正体が割れている。見た目だけで簡単に推測できるからだ」
能力は、単発型や持続型といった『型』以外にも様々な系統に分かれている。
攻撃系能力や治癒系能力など、能力開発省が厳密に定義を定めているわけではないが、市民が勝手に名づけ、そう呼んでいるものだ。
──霊的付与系能力。
神霊や動物などの精霊、妖怪などの力を『自らの体に宿す』能力。
「『霊的付与≪獅子≫』……それがレオンのギフトだ。その体は獅子のように頑強で、爪と牙を用いて魔物を狩る」
「ま……まるで半獣だ」
「ああ、その表現は正しいと思う。人間の面影は残っていて、今も2本足で立っているからね。ただし攻撃に移る際は──」
レオンはゴロゴロと喉を鳴らし、前かがみになる。そのまま両手──いや『前足』を地面につけて、ターゲットに照準を合わせる。
骨格筋率は人類最高レベルの60%、獲物を襲う速度はおよそ時速80km。
後ろ足で地面を強く蹴り、ストーンリザードに向かって一直線に駆けた。
ルーカスが叫ぶ。
「ははっ! やっちゃえ、レオンー!」
瞬く間にストーンリザードの元に辿り着き、その喉元に食らいついた。
バキ、と鈍い音が鳴る。
その牙は石の装甲に刺さり、そこから亀裂が走る。完全な破壊には至らない。
レオンはそのまま首を横に激しく振り、牙を食い込ませていく。
ストーンリザードの咆哮が響き渡る。全身で暴れ、レオンの攻撃から逃れようとする。
まるで獣同士の闘いだ。
やがてレオンは顎と首の筋肉だけでストーンリザードの体を振り飛ばす。
体制を崩したストーンリザードが再び立ちあがろうとしたそのとき──瞬時に間合いを詰めたレオンの爪が、その亀裂箇所へと振り抜かれる。
石の破片が弾け飛ぶ。
装甲の内側の肉が、喉が抉られ、ヒューヒューと空気の抜ける音が聞こえる。
「雑魚が」
そのままもう一度、喉元に噛みつく。
ぐちゃり、と肉を引きちぎり、レオンの口元からストーンリザードの血が滴る。
そうして『狩り』が終わった──
フィアは戦慄する。
人間の知能を持ったライオンなんて、怪物だ。
身体強化に加えて、あの爪と牙。そして速度。嗅覚なんかも強化されているだろうか。
先日対峙したゲオルクの上位互換といって差し支えないかもしれない。
何より恐ろしいのは……レオンがこんな『獣の闘い方』を平然と受け入れていることだ。
仮にそんな力を持っていても、魔物の喉を噛みちぎるなんてことを実行できるだろうか──フィアは恐怖する。
レーヴェファング、ギルドマスター『レオン』。これが3大ルーキーの一角とされる冒険者の実力。
ルーカスは子犬のようにはしゃぎ、レオンの背中に飛びついた。
「さっすがレオン! 僕の王様!」
レオンはそのルーカスの体を振り落とす。
「触るんじゃねぇ、ハイエナ!」
「……いてて」
「ルーカス、このまま残り2体も俺たちで仕留めるぞ」
「あいあいさっ!」
2人は次のターゲットに視線を移す。
そのときだった──
「隊長!」
誰かの声があがる。
その冒険者の視線の先では、体から赤色の電気を放出するリタの姿があった。
「レオンに遅れを取るわけにはいきません。ボクもいきます──ギフト発動!」
そう叫んだ直後、リタの体は眩い光に包まれる。
周囲の冒険者たちは思わず目を細める。
その中の誰かが呟く。
「出るぞ……リタ・リーデルシュタインの『チート能力』」
やがて光が収まり、そこから現れた姿に誰もが目を奪われる。
ドレスのような純白の衣をなびかせて、光の粒子が翼のように広がり銀色に輝く。
しかしその銀翼を羽ばたかせることもなく、リタの体は宙にふわりと浮いていた。
思わず、フィアは呟く。
「天使だ……」
リタは腰に差していた剣を抜き、構える。すると光の粒子が剣身を覆う。
このギフトは、リタ本人にとっても未知数なものだ。
確実なのはレオンと同じ『霊的付与系能力』であること。現在判明している能力の恩恵は4つのみで、その内の3つは『身体強化』『飛行』『剣撃強化』。
リタの体が上昇していく。
アインスが言っていた、希少価値の高い飛行能力。翼を持たない人間や魔物は、その光景をただ見上げることしかできない。
そしてリタは1体のストーンリザードに照準を合わせて、レオンほどではないが素早い速度で斜めに飛んでいく。
前方に突き出した剣の光がより一層強く輝きを放つと同時に、リタは叫ぶ。
「──燐光剣!!」
剣先がストーンリザードの額にぶつかり、キインという高い音と、目をつくような激しい閃光。
戦慄する冒険者たちの中でただ1人、レオンだけが苛立ちながら声を漏らす。
「……クソチート能力が」
剣は装甲を貫き、内部の肉体にまで突き刺さっていた。
リタが剣を引き抜くと、剣身に纏っていた光の粒子は勢いよく空気中に散らばり、やがて軌道を変えて、また翼へと戻っていく。
魔物は横向きにゆっくりと倒れる。
思わずフィアは呟く。
「一撃だ……」
チート能力。
まさにそう呼ばれるにふさわしい力だった。
ヘンテコとは比べものにならない、神より授かりしギフト。
冒険者たちがあれだけ苦戦していたストーンリザードを一撃で仕留めるほどの強力な能力。そして見る者を魅了する、あの美しすぎる姿。
これが冒険者と魔物の闘いを描いた物語であれば──まるで主人公だ。
いや、そのライバルとも言えるレオンの存在も軽視できない。
フィアは気づく。
ああ、そうか……この討伐はあの2人の闘いなんだ。
僕たちはそのおこぼれを狙う脇役……そう、ハイエナでしかないんだ。




