ハイエナ
美しい白髪と、清廉な佇まい。リタは口元を緩めながら右手を差し出す。応えるように、アインスはその手を取る。
「ああ、もちろん知っているよ。話題になっているからね。私は冒険者ギルド『ナンバーズ』のギルドマスター、アインスだ。どうぞよろしく」
「あはは……話題と言ってもエーデルブラウには到底及びませんよ。こちらこそ、この魔物討伐で共に闘えることを光栄に思います。よろしくお願いいたします」
リタの背後から、5人の冒険者がこちらのやり取りを眺めている。おそらくあれがギルドメンバーだろう。
その中に1人だけ、ナンバーズと同じようにマントで顔を隠している人物がいることに気づく。背丈はそれほど高くないが、体格から男性であることはわかる。
アインスの視線に気づき、リタは慌てて口を開く。
「ああ……ああ〜〜彼はシャイなんです。どうかお気になさらず」
「気にするも何も、私たちだって同じさ。ネット社会は恐いからね。顔を隠したがる冒険者なんていくらでもいる」
「あはは、そうですね。ボクもよく顔写真を上げられていますから、冒険者に肖像権なんてあってないようなものです。自衛しないといけませんね」
そう言って、リタは口元に手を添えて上品に微笑む。
フィアはその光景をボーっと眺めながら呟く。
「ア、アインス……なんだか光属性のオーラを感じるよ……眩しい」
「同感だよ。礼儀正しいし、清潔感があって上品な人ってイメージだな」
「そうだね……同じギルドマスターでもこんなに対極的なことあるんだ」
「ふふっ。殺すぞクソガキ」
「そんな汚い言葉も使わないと思う」
「黙れ」
アインスとフィアの後方で、ツヴァイはじっとマントの男を睨んでいる。その様子に気づいたドライが声をかける。
「……ツヴァイ、何か気になる?」
「あの男、妙なのよ」
「……妙?」
「立ち方や姿勢を見るだけで、あたしにはその人物が『どれだけ戦闘慣れしているか』は大体わかるの。でもあのマントの男だけはそれがわからない。強いのか弱いのか、まったく測れないのよ」
「……不気味?」
「不気味ね。あり得ないことよ」
「……意図的に隠している、とか」
「あたしもそう考えた。でもそんな芸当……あたしにもできっこない。もしも意図的に戦闘能力を隠しているなら、あいつは化け物よ」
「……そんな強い人、誰かの下につく?」
「そうよね。あたしの目が狂ってることを願うわ」
「……なんにしても警戒対象」
アインスたちとリタの元に1人の男が近づいてくる。随分と軽装で武器も所持していない、黄褐色の髪の若い男だ。
フィア以外の全員が、彼の顔に見覚えがあった。
『エーデルブラウ』『白銀の翼』に続く話題の冒険者ギルド、そのギルドマスター。
リタが呟く。
「……『レーヴェファング』、ギルドマスター『レオン』」
レオンと呼ばれた男は笑った。
「ククッ! 群れるな小物が。本当はわかってんだろ、リタ・リーデルシュタイン。魔物討伐の本当の敵は魔物じゃない。ここにいる冒険者全員が『ラストアタック』という手柄を奪い合う敵同士だ」
「レオン、相変わらずですね。魔物討伐の敵はあくまでも魔物です。そして冒険者の仕事は、依頼を受けて市民の安全を取り戻すこと──」
「もうすぐB級になれるんだろ? 俺も同じだ。ブラウに先を越されたが、たまたま奴が機会に恵まれていただけ。正直になれよ、リタ。本当は手柄が欲しくて欲しくてたまらないんだろ?」
「っ……! 協力して魔物を討伐することが最優先です。ボクと貴方は、違う」
そう言うリタだが、アインスとフィアの目にはまるで図星を突かれて動揺しているようにも見えた。
フィアはアインスに問う。
「手柄……ラストアタックってそんなに重要なの?」
「ああ。今回のように複数のギルドが合わさって討伐隊が組まれることも多い。誰がどれだけ手柄をあげたか……そんなものはいちいち管理できないからね。冒険者ランクを上げるための評価ポイントとしてラストアタックは非常に重要なんだ」
「ラストアタックを決めた冒険者は多くの評価ポイントを獲得できる……」
「そういうこと。たいして実力もないのに討伐隊に加わってランクだけ上げようとする冒険者も多いからね。そういう冒険者はこう呼ばれている──」
アインスの言葉を遮るように、レオンが言う。
「『ハイエナ』。お前らのような弱小ギルドのことだ」
リタが顔をしかめる。
「レオン、失礼ですよ」
「ククッ。冒険者には2種類しかいねぇよ。俺と、俺のおこぼれを欲しがるハイエナどもの2種類だ。ラストアタック制度は実にいい。リタ、今回の討伐隊に俺がいたことは不運だったな。この討伐が終わると同時に俺はB級への昇格を決め、お前はC級冒険者のままだ」
「その鼻っ面、最後まで折れないといいですね。ラストアタックは絶対に譲らない……今回だけは……譲れない」
睨み合う2人。
理由こそわからないが、彼らがこの討伐依頼でB級冒険者への昇格を果たすため、ラストアタックを狙っていることが十分に伝わってくる。
その争いに、ナンバーズは否応なく巻き込まれることになるのだ。
レオンがアインスたちの方に視線を向ける。
「無名ギルド、お前らは強者のおこぼれを待ってじっとしているといい。ククッ。この討伐、お前らの出番は皆無だ。俺とこいつの争いを黙って眺めていろ、ハイエナども」
そう言って、レーヴェファングの仲間の元へと戻っていくレオン。
その後ろ姿を見つめるアインスの目が、深く、黒く濁っていく。
「ふふっ。フィア、君に『尊厳の守り方』を教えてやろうか。それは自分の尊厳を脅かす相手の尊厳を先にぐちゃぐちゃにしてやることだ──」
そして、邪悪に笑う。
「──見ていろ。この討伐が終わるとき、あの余裕の顔は屈辱に歪んでいる」
「ア、アインス……」
リタがナンバーズへと視線を戻す。
「気にしないでくださいね。必要のないギルドなんて1つもありません。ボクたちは協力していきましょう」
「ふふっ。そうだね」
リタは上品に微笑むと、仲間の元へと戻っていく。
その様子を眺めながらフィアが言う。
「リタさんは良い人そうだね」
「良い人か……善悪は立場によって変わる。私たちのことを知っても、私たちにとって良い人であり続けるとは限らない。油断するなよ、フィア」
「わ、わかった」
「レオンが『弱小ギルド』と言ったとき、リタは無意識に自分たちのことを外した。『ナンバーズに対して失礼だ』と勝手に補完した。腕にはかなり自信があるらしい」
「どんな能力なんだろうね?」
「できれば討伐中に探っておきたいね」
「うん、僕も頑張ってみる!」
意気揚々と拳を握るフィアに、アインスは微笑む。
まだ頼りない少年かもしれない。けれどナンバーズの力になろうと健気に頑張るその姿勢は、アインスにとっては心地が良かった。
討伐隊が動き出す。
セリアの森、ストーンリザード討伐が始まる──




