ヘンテコなパーティー
ごくりと唾を飲むフィアに対し、キッチンからツヴァイが声をかける。
「大丈夫よ。あんたにはあたしがついてるもの」
「ツヴァイって、剣の腕ならA級冒険者にも勝るって言ってたよね」
「別に闘ったことがあるわけじゃないわよ。危険度B級の魔物をなんとか狩ったことがあるってだけ。今回はC級でしょ?」
「す、すごい……」
「実際にはギフトとヘンテコで能力に差がありすぎるから、A級冒険者とまともに正面からやり合って勝てるなんてことはないわよ」
「それでもすごいよ」
ツヴァイに代わり、何故かアインスが自慢げに腕を組む。
「そう。だから私たちに全部任せておけばいい」
「あんたには任せらんないわよ、運動不足」
「……アインス、邪魔だから大人しく見てて」
「そこまで言わなくてよくないか!?」
総ツッコミを受けるアインスに、フィアは笑う。
「あははっ。このパーティーは……本当にヘンテコだね」
その様子を見て、3人は表情を緩める。ようやくフィアに笑顔が増えてきた。
そうして朝食を終えてから、アインスは棚から薄い長方形のケースを取り出してフィアの前に腰かける。
「何それ?」
「特殊なファンデーションだよ。さすがにフードで焼き印を隠すには限界があるからね。これを重ねておけば、よほど接近されない限りはヘンテコ保持者であると気づかれない」
「そんなの用意してたんだ?」
「ちなみにヘンテコ保持者が焼き印を隠すのは重罪だから、くれぐれも気をつけて」
「わ、わかった……」
「それからもう1つ……これを君に渡しておく」
そう言ってアインスが差し出すのは、指にはめるような小さなシルバーリング。これといって特徴のない、シンプルなデザインだ。
「ペアリングだ。ツヴァイとドライにも別のものを持たせている。片割れは全て私が持っていて、これを使えばみんなの位置を『マッチングペア』で特定できる。身につける必要はないけど、ポケットにでも入れておいてくれ」
「あ、ありがとう。はぐれた時とかに便利だね」
「ああ。私のヘンテコは能動側の物体が時速10kmで受動側の物体の元へと向かっていく。走れば追いつけない速度じゃない」
「間に障害物があった場合はどうなるの?」
「障害物をかわすように最短距離を移動する」
「す、凄いね」
「能力は絶対だ。この能力が発動した時点で、能動側の物体は必ず時速10kmで進み続けなければならない」
「じゃあ僕が受動側のこのリングを持って建物内にいた場合は?」
「壁を突き破ってでもそこへたどり着く」
「なるほど……持続型だよね? 制限や代償ってどんな感じなの?」
フィアの言葉に、アインスは神妙な表情をする。
「それは……絶対に言えない理由があるんだ」
「……? わ、わかった。ごめん」
人に話せないような大きな代償があるのだろうか──フィアは息を呑む。
メイクを施すと、確かに焼き印はうっすらとしか見えない。フードを被れば、よほどのことがない限りヘンテコ保持者とは気づかれなさそうだ。
フィアが支度を済ませたところで、ツヴァイとドライが何かやっていることに気づく。
ドライがツヴァイの方に手鏡を向けており、ツヴァイはそれを眺めながら何かペンのようなものを自分の目元に当てている。
「何してるの?」
「何って、見ればわかるでしょ。化粧よ」
「えっ。ツヴァイ、化粧とかするんだ」
「どうせ途中で落ちるけど、アジトを出るときくらいはね。何よ、意外?」
「う、うん。正直意外」
「はぁ〜〜あんたたちみたいな綺麗な顔してる人間にはわかんないでしょうね、あたしの気持ちは」
「えっ」
「何驚いてんの? 別に見た目で人の価値が決まらないことくらいわかってるわよ。だから美容はただの趣味。でも身だしなみを整えるだけでも気持ちは少し楽になるじゃない。これも自分を否定しないための努力よ」
「えっと、僕が驚いてるのはそういうことじゃなくて……」
どう見ても、ツヴァイの顔立ちは整っている。
というか美少女だ。
フィアは困ったようにドライに視線を向ける。
「……わたしは何度も言ってる。ツヴァイは可愛い」
「あ〜〜はいはい! そっち側の人間はみんなそう言うのよ! どうせテキトーにおだてて合コンの引き立て役に使われるんだわ!」
「……いじけて意味わからないこと言ってる」
フィアは、ツヴァイの言葉を思い出す。
──あたしの価値はあたしが決める。
彼女は自分の価値を他人に委ねない。
けれど、その実はおそろしく自己評価が低かった。
だから闘う。誰かのために。
そうしていなければ自分の存在を認められないから。自分の存在を許せないから。
だから闘い続ける。
そうして生きていれば、いつか胸を張って生きられる理想の自分になれる──そう願って。
あまりに儚くて、脆い。
それなのに強く気高い。
知らなかった価値観にフィアは驚愕する。
弱さと強さは、共存できたのだ。
フィアはツヴァイに顔を近づけて、思わず言葉をもらす。
「綺麗……」
きょとんと、ツヴァイは首を傾げる。
「ツヴァイは……すごく綺麗な人だね」
しばらくの静寂ののち、ツヴァイの顔がみるみると赤く染まっていった。
「はっ……ハァ〜〜!? あんた目腐ってんじゃないの!? というかあんたに言われても全然嬉しくないんですけど! バ、バカじゃないの!?」
そんな2人の様子を、ドライはなんとも言えないジトーっとした目で見つめる。
アインスは離れた場所でクスクスと笑う。
フィアの存在は、案外、戦闘面以外でもナンバーズに大きな変化をもたらすかもしれない。
アインスがツヴァイに助け舟を出すように口を開く。
「さぁ、君たち。そろそろ魔物討伐に行くよ」




