魔物討伐
「何があったんだ……?」
帰宅したアインスは、フィアの頬についた赤い手の跡を見ながら尋ねる。
「……痴話喧嘩」とドライがこたえる。
ツヴァイはプイと顔を反らす。
「えっと……いや、深掘りすべきじゃないのか、こういうのは」
「……そんな大した話ではない」
「そ、そうなのか?」
「……フィアがツヴァイの胸で魚を捕まえた」
「どういうこと!?」
パニックになるアインスを無視して、ドライはツヴァイを振り返る。
「……フィアはどう? 見込みありそう?」
ツヴァイは一瞬口ごもり、返事する。
「全然ダメね。まぁ筋力と体幹はそれなりにあるから、あたしみたいに剣による純粋な戦闘能力を高めるべきよ」
「……そう」
「だからフィアの修行はあたしが預かるわよ」
「……わかった」
「まぁとにかく、まずはお金がないとフィアの武器も買えないわ。アインス、仕事は見つかった?」
「あ、ああ。ちょうどいい依頼があったよ」
アインスは床に紙を広げる。
「ここから南東へ30kmほど、『セリア』と呼ばれる森に大量発生した魔物──その名も『ストーンリザード』。岩のように頑強な装甲を身にまとい、動物や人を食らう」
「近いわね」
「そう、王都に近い。だから緊急を要し、明日には複数のギルドが合わさって大規模討伐が行われるらしい。私たちは焼き印を隠して、そこに紛れ込む」
「いつものやり方ね。大規模討伐では依頼を受けたギルドの数をいちいち数えてる人なんていないから、簡単に紛れ込めるのよね」
「危険度はここに書いてある通り、現時点ではC級。フィアは初めての魔物討伐だから説明しておくと、通常は危険度に対してその1つ上のランク……今回の場合だと『B級冒険者を数人含めたギルド』でようやく勝てる程度の魔物ということだ」
アインスの説明に、フィアは疑問を口にする。
「それだけの人数で討伐した場合、魔物から取れる素材ってどう分配するの?」
「基本的には均等に分けていく。ただし魔物の群れには『主』がいる。主から取れる素材は高級なものが多く、これに関しては『ラストアタック』……つまりトドメを刺したギルドが50%を獲得できるというのが暗黙の了解だよ」
「主……ラストアタック……」
「もちろん私たちも狙っていく」
「う、うん。あと1つ気になることがあって」
「なんだ?」
「ギフト保持者のフリをして紛れ込むんだよね? でもヘンテコって発動したときに電気が……」
「ああ、電気の色で気づかれる。ヘンテコ保持者とバレたら素材も力づくで没収されるだろうな。下手をすれば殺される」
「じゃあどうすれば!」
「だから──ヘンテコは使わない。私たちはヘンテコを使わずに魔物を討伐する」
「た、倒せるの? ……いや、倒してきたから今まで生活してこれたんだよね」
「ああ。ツヴァイとドライが魔物を倒し、私は逃げ回りながら急いでそこから素材を回収する。完璧な役割分担でやってきた」
「ねぇアインス、今どんな気持ちでそれ言ってるの?」
「し、仕方ないだろ。危険度D級の魔物だってそのへんの肉食動物より強いんだ。私に勝てるはずがない」
「で、でも修行してるんだよね?」
フィアの問いかけに、ツヴァイが答える。
「ダメよ。フィアと同じ修行をしようとしたけど、そもそも泳げないからすぐに溺れるのよ」
「聞きたくなかった……」
「あんたエーデルブラウの一件で夢見すぎなのよ。純粋な戦闘能力でアインスより弱い冒険者なんて存在しないんじゃないかしら? みんなで支えてあげないと生きていけないわよ、このリーダーは」
アインスが大袈裟に咳払いする。
「とにかく、今回も私とフィアは素材回収に徹する。森なら樹木を利用してドライの弓術が活きるし、ツヴァイは自由に暴れてくれ」
「わかったわ!」
「……了解」
最後に、とアインスは神妙な顔つきをする。
「ヘンテコは使わないと言ったが、使用してもいい条件を2つだけ伝えておく。1つ、発生する電気が絶対に誰にも見られない状況。そしてもう1つ、私たちの誰かが命の危険に晒されたとき。『私たちの誰か』だ──」
アインスはツヴァイに視線を向ける。
「──ギフト保持者は見捨てろ。いいな、ツヴァイ」
「なんであたしだけ名指しなのよ」
「できるのか、できないのかを答えてくれ」
「……お腹すいたからそろそろご飯作るわね」
「ツヴァイ!」
「あ〜〜うっさいわね! そもそも『なんでも収納』を使わなきゃ誰かが死ぬ状況なんてそんなにないわよ!」
「能力に限った話じゃない! ギフト保持者は絶対助けるなって言ってるんだ!」
「うっさいうっさいうっさい! アインスのバカ! ポンコツ冷淡女! 出会い系アプリみたいな能力名つけてんじゃないわよ!」
「なんだと!?」
2人がつかみ合いの喧嘩をする。お互いのほっぺたを引っ張り、変な顔になっている。
「ド、ドライ、止めなくていいの?」
「……いつものじゃれ合い」
すずっ、とコーヒーを啜るドライは無表情のままだ。
「……フィアも覚悟しといた方がいい。魔物討伐は目の前で人が死ぬことも多い」
「僕は……目の前で人が死ぬのは慣れてるよ。慣れちゃってるんだ」
「……そう。サンブルクでの生活は、わたしたちには想像が及ばない」
「過労とか虐待で死ぬ人もいれば、立ち寄った冒険者に殺されることもあったよ」
「……フィアは、わたしたちが思っているよりずっと強いかもしれない」
「そ、そうかな」
「……すべての蓄積が力になる……と思う」
ドライは考える。
昼の修行から、ツヴァイがフィアを見る目が明らかに変わった。おそらく彼の中にある何かに気づき、それを意図的にナンバーズのメンバーに隠している。
というよりアインスに悟られまいとしている。
だけど、隠すのには限界がある。
最終的には自分がどのように進化するか、変化していくかはフィア自身が決めていくことだ。
その後はツヴァイが昼間に捕まえたニジマスをムニエルに調理して、夕食につく。程よい焼き加減と上品なバターの香りに、フィアは感嘆の声を漏らす。ツヴァイの調理技術は本物のようだ。
就寝の準備をしているところで、布団が3組しかないことに気づく。まだ仲間が増えた分の生活用品が揃えられていないのだ。
「ふふっ。フィア、私と一緒に寝る?」
悪戯な笑みを浮かべるアインス。
「えっ、ええ!? 普通にやだよ……」
「本気で嫌がるな傷つくだろ」
話し合いの結果、ツヴァイとドライが2人で1つの布団を使うことになる。
「もふもふしながら寝るわね!」
「……わたし、抱き枕?」
4人ともが布団につく。
明日は魔物討伐。命懸けであるにも関わらず、それはナンバーズにとっては本来の活動から外れた資金繰りに過ぎない。しかし報酬を受け取ることもできず、それも討伐隊への潜入……敵は魔物だけじゃない。ヘンテコ保持者であることに気づかれたらギフトの牙が自分たちに向くかもしれないのだ。
あらためて、思い知る。
ヘンテコがこの世界で生きていくのは生半可なことじゃない。
旅と、修行の疲れ。たゆたう眠気。フィアは朦朧とする意識の中、アジトをこっそりと抜け出すアインスの姿を目にする。
そして、優しく誘われるように眠りにつく。




