上達の理由
魚を追いかけるフィアを眺めながら、ツヴァイは思考する。
……上達幅がおかしい。
フィアはもう流道の感覚をわずかだが掴み始めている。
この技は100%技術のみで繰り出されるものであり、そこに才能の入り込む余地なんてない。
なら、考えられる可能性は1つ。
あたしの教え方が超超うまいのよっ♪
ふふん、間違いないわ♪
「…………」
いや、さすがにおかしいわね。
いくらあたしの教え方が天才的とはいえ、それだけじゃ説明がつかない。
なんというか……フィアの体の構造はあたしによく似ている。
流道は人によって異なる。体躯、筋肉、脂肪、血管から細胞の1つ1つまで、その作りによって力のコントロールの仕方は変わってくる。
構造が似ているからこそ、どこにどの方向に力を加えれば流道が正しく機能するかを正確に伝えることができるのだ。
偶然ではあるが、フィアが能力以外でもナンバーズの戦力として数えられる日はそう遠くないかもしれない。
……といっても、さすがに今日だけで魚を捕らえることはできないだろう。
そうこう考えていると、フィアが魚を追いかけてこちらへまっすぐ向かってくるのが見えた。
魚はツヴァイを避けるようにトップスピードのまま上昇していく。あれに追いつくにはバタ足の力だけを使い、他の体の部位は水の浮力に委ねなければいけない。
今のフィアにはそんな繊細なコントロールは無理だろう──ツヴァイはそう考える。
フィアは全神経を逃げていく魚だけに注いでいる。
昔から仕事でもそうだった。集中すると時間も周りも見えなくなる。徐々に、10日前のあのヘンテコを発動させた瞬間の集中力に近づいていくのがわかる。
魚がトップスピードのまま上昇していく。目の前のツヴァイを避けるように。
逃げられる──フィアは瞬時に思考する。
あれに追いつくことは、今の僕の技術では叶わない。
なら、どうする?
考えろ。状況を把握し、手段を選ばず、合理的に。使えるものはなんでも使うんだ。アインスのように。
ツヴァイの言っていた流道も、水の浮力も、今の僕には使いこなせない。それ以外にあの魚に追いつくための『一瞬の爆発的な力』を生み出す手段はないだろうか?
魚を一瞥し、目の前へと視線を落とす。
そこにちょうど使えそうなものを見つける。
ツヴァイは自分の目の前を上昇していった魚を見上げ、フィアへと視線を戻す。
……そろそろ切り上げね。
修行を終えようとしたところで異変に気づく。
フィアが勢いを落とさずこちらへ突っ込んでくるのだ。
いや、足をバタつかせてわずかに斜めに上がっている。
しかし、そんなペースで追いつけるはずがない。
まったく……諦めが悪いのね。
彼を止めようとした、そのとき──
──フィアの右足がツヴァイの胸をおもいきり踏みつけた。
「……ごぼぉっ!?(ほぎゃああ!?)」
そして足に力を込め、加速的に、爆発的に飛び上がる。
「ごぼっ! ごふぉぉっ!? ふごごご!」
取り乱したツヴァイは鼻に勢いよく水が侵入し、もがき苦しむ。カエルのような平泳ぎで慌てて水面へと上がる。
「ぶへぁっ!」
「……あれ、ツヴァイが先に上がってきた」
ほとりに座るドライが呟く。
ツヴァイが叫ぶ。
「げほっ! あんのクソガキ! ぶっ殺す!!」
「……すごい怒ってる」
次いで、後方でフィアが上がってくる。
「ぶはぁ」
その頭を捕まえ、ツヴァイは即座にフィアの首へと腕を回す。
「ぐえっ!? な、何!?」
「あたしを使いやがったわね!?」
「つ、使った!? あ、あれ? たしか目の前になにか使えそうな段差があって……」
「はぁ!?」
まさか……気づいていない?
だとしたら……なによその集中力は。
思わず緩めてしまった腕からフィアは抜け出し、ツヴァイの方を振り返る。
「そ、それより見てよ!」
そして左手に握られたモリの先──ピチピチと尾ひれを動かして暴れるニジマスを見せる。
「あ、あんたそれ……」
「やっと1匹捕まえたんだ!」
嬉しそうにはしゃぐフィア。
信じられない──ツヴァイは驚く。
魚を貫いたということは流道をうまく使いこなしたということだ。
身体構造の類似……あたしの指導での上達幅は大きくなる。しかし、それでも1日で扱えるような代物じゃない。そこにあの『異様な集中力』が上乗せされたことによる成果に違いなかった。
いや、それだけじゃない。状況を冷静に判断し、自分にできることを見極め、使えるものを躊躇うことなく使った。
その判断力、実行力、(あたしの胸を踏み台にするという)容赦のなさ。
……そんなことしそうな人間を1人だけ知っている。
「やった! ツヴァイの指導のおかげだよ!」
フィアは……あたしが想像していたよりもずっと危険だ。
どちらにもなり得る。
このまま流道を利用した戦闘スキルだけを鍛えなきゃいけない。
アインスを憧れさせてはいけない。そして、この才能をアインスに知られてはいけない。
──あたしがフィアを正しく育てる。
「よかったわね、フィア」
「うん! 嬉しい!」
「嬉しいわね」
「やったー!」
「うんうん。それはそれとして、フィア」
「うん?」
パチーーン! と甲高い音が湖に響き渡った。




