修行!
「ぶくぶくぶく!(ほら、そっちに行ったわよ!)」
「ぶくぶく!?(わわっ!?)」
水着姿のツヴァイが指を差す先──赤紫色の模様がついた魚がまっすぐにフィアの元へと向かってくる。
フィアは慌てて左手に持っていたモリを構える。ゴムはツヴァイによって取り外されているため、自身の腕の力だけで突き刺そうとするも、水中では力が入らず簡単にかわされる。
息がもたず、フィアは水上へと顔を出す。
「ぶはぁっ!」
「……あ、出てきた」
その様子を湖のほとりで座っているドライが眺めている。
遅れて、ツヴァイが水中から上がってくる。
「だらしないわね。まだ1匹も捕まえられないじゃない」
そう言うツヴァイの背につけられたランディングネットの中では5匹ほどの魚がピチピチと暴れている。
「だ、だってゴムがないし……しかも利き手じゃない……」
「グズグズ言わない。あたしも同じ条件よ」
「こういうのってもっと……ウェットスーツとか着てやるものじゃないの?」
「そんな高いもの買えないわ。というか、あたしだって水着姿なんて見せたくないわよ! あんまりジロジロ見んじゃないわよ!?」
「だ、大丈夫だよ。誰もそんなの見たくないから安心して」
「ぶっ飛ばす!!」
ツヴァイが後ろに回ってフィアを羽交い締めにする。
「……仲良し」とドライが呟く。
「いい? あんたのヘンテコは右手でしか発動できない。右手は常に能力のために空けておくの。左手で短剣くらい扱えるようにならなきゃいけないわ」
「う、うん。絶対防御が使えないとすぐ死んじゃうと思う……でも僕なんかが剣を扱えるのかな?」
「最初はみんな素人よ。それに修行は強くなるためだけのものじゃない。努力の分だけ心の余裕が生まれ、心の余裕は『閃き』を生む。あたしたちの闘いには決して欠かせないものよ」
「閃き……そうだよね。10日前の一件で僕も思い知ったよ」
「だけど、それだけでもダメ。ちゃんと腕を磨いて、そこに知略が加われば、ギフト保持者にだって太刀打ちできるわ」
ツヴァイは目の前のフィアを見つめる。
……あたしがちゃんと育てなければいけない。
閃きは、能力者同士の闘いには欠かせない。これは事実だ。
けれど、それだけに特化したアインスのやり方はあまりに危険すぎる。あんな芸当がまかり通るのは彼女だけ……いや、あたしはアインスですら成立しているとは思わない。
──歪。
アレはあまりに歪な闘い方だ。
明日には死んだっておかしくない。あたしは、仲間にあんな闘い方をしてほしくない。
「……人がどれだけ心配していると思って」
「ん? なに?」
「なんでもないわ。いい? あんたはあたしが育てる。今までサンブルクで必死に働いていたのも決して無駄じゃない。単純な筋力ならアインスやドライよりも上よ。技術を身につければ立派な剣士になれるわ。約束する」
「う、うん。よろしくツヴァイ」
再び、2人同時に水中へと潜りこむ。
この湖にはニジマスという魚が多い。癖のない基本的な泳ぎ方をする淡水魚だ。
水中では浮力と重力が働き、体の力をコントロールしなければ自由に動くことはできない。
それだけじゃない。
いざ魚を突こうとしても、その力は水圧に阻まれ減少する。泳ぐ魚の身をモリで貫くには『腕力』だけでは足りないが、体全体の力を使うべく動けば表面積の分だけ圧力も増す。
つまり『体の力』を『腕だけ』に『流す』ことでしか魚は突けない。
力の流れる道──流道。ツヴァイが磨き上げたこの技術を会得するのにもってこいの修行法なのだ。




