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アジト到着!

「さーて、アジトに戻るわよ!」


 ツヴァイが叫んだ。


「アジト?」

「あたしたちの住居、(けん)アジトよ! って言っても小さいプレハブハウスだけどね」

「住居……あったんだ」

「あんた、あたしたちのことをなんだと思ってるのよ」

「お金がないって言ってたから」

「家とスマホ代で無くなっていくのよ。ちゃんとギリギリ払えてるんだから」

「スマホってそんなに必要なもの?」

「あたしたちの闘いは情報戦よ。スマホがあれば社会情勢もわかるし、有名な冒険者の中にはギフトの正体がネットに晒されてる人だっている。あと可愛い猫の動画が見れる」

「な、なるほど……?」


 アインスが口を挟む。


「とにかく、一旦アジトに戻って休もう。お金の工面は私の方でなんとかするよ。可愛い犬の動画が見れなくなっても困るしな」

「そ、そこも対照的なんだ」


 メルヴィンは大都会だが、シュバルツの他の都市と同様に、主要地を外れると森が広がり湖が点在している。

 運河沿いを西南に歩き続け、やがて終点の(みずうみ)が見えてくる。時々モーターボートがブォーンと走り波が立つが、すぐに収まり静寂が訪れる昼下がり。


「緑のキレイな場所だね」

「主要地なんて高くて住めないからね」

「僕はサンブルクにやってくる以前の記憶がないんだけど、ヘンテコでも簡単に住居を借りられるものなの?」

「ちゃんとお金さえ払えるなら借りられるよ。税金が取れるから」

「都合よく使われてるね……」

「…………って、今すごいこと言わなかったか? 記憶がない?」

「う、うん。気づいたらサンブルクで働いてて……両親に捨てられたらしいんだけど」

「記憶喪失か……心的外傷やストレスによるものかもしれないね」

「それからすぐに姉さんに拾われたから、10年前──6歳までの記憶がないんだ」

「そうか。悪かったね、変に反応してしまって」

「い、いや、気にしないで。結果的に僕は姉さんに出会えて、みんなにも出会えたから」

「そう。ならよかった」


 前方を歩くツヴァイたちが立ち止まる。


「着いたわよ」


 目の前にあるのは、先ほど言っていた通りの小さなプレハブハウスだ。

 ここにたどり着くまでに住居やオープンテラスのカフェ、妙な工場なんかもあったが、このあたりには何もないようだ。


「立地はいいのよ? 湖の水は()み放題! 水道代はこれでケチってるわ」

「お水汲んでくるのも大変そうだけど……」

「ドラム缶に水を入れて蓋を閉じれば、それは中の水ごと1つの『物体』として扱われるのよ。あたしのヘンテコで簡単に運べるわ」

「意外と便利な能力だよね」

「ふふん。それほどでもあるわ」


 腰に手を当てて鼻を鳴らすツヴァイ。褒められてわかりやすく嬉しそうにしている。

 アインスもようやく家にたどり着いてホッとしている様子だ。

 ドライはといえば、相変わらずの無表情。


「途中であった変な工場って何?」

「ビール工場よ。じょーぞーしょ? シュバルツはビールが有名なの。こういう運河沿いに建てられることが多いのよ。いい水があるところに美味い酒アリ! ってね」

「ツヴァイ、ビール飲めるの?」

「と、とと当然よ! あたしは大人だから!」

「飲めないんだね。アインスとドライは?」

「……わたし、15歳。この国、醸造酒(じょうぞうしゅ)は16歳から」

「私は飲めなくもないけど、別に一緒に飲む相手もいないからな」

「そうなんだ。あっ、僕が飲めるようになったら嬉しい?」

「別に無理して飲めるようにならなくていいよ。お酒なんて嗜好品(しこうひん)なんだから」

「そっかぁ」


 しゅんとうなだれるフィア。

 その様子を見たツヴァイがムッとして、アインスの耳元で話す。


「ちょっとあんた、フィアは嬉しいかどうかを訊いたのよ」

「そりゃ嬉しいけど、別に無理に飲む必要もないよ」

「わかってないわね。フィアはあんたに恩返しがしたくて言ってるの」

「恩? レイスさんを助けたのは元々仲間になるって条件があったからだ。返す恩なんてないだろ」

「…………みんなの前じゃなかったらあんたの鼻に指突っ込んで背負い投げしてやるところよ」

「何その技!?」


 プイとそっぽを向き、ツヴァイは離れていく。


「な、なんで怒ってるんだ」


 代わりにドライが近づいてきて、ボソっと呟く。


「……今のはアインスが悪い」


 建物内は、住居と呼ぶにしては殺風景な空間が広がっている。布団が敷かれただけのリビング、簡易的なキッチン、浴室・洗面所、玄関付近にはウォーター・クローゼット。


 ドライが駆け足で布団に飛び込む。

 そのままモフモフと体を転がらせる。


「こらっ! あんた、ちゃんと体洗ってからにしなさいよ! 誰が洗濯すると思ってるワケ!?」

「ツヴァイがやってるの?」

「家事全般はあたしよ」

「意外と家庭的だよね」

「というか、こいつらがダメダメすぎて任せられないのよ!」

「僕、ひと通りはこなせると思うよ」

「ほんと!? 分担してもらえると助かるわ!」


 アインスがキッチンに入る。


「ひとまずコーヒーを()れよう」


 そう言ってコーヒーパックを破り、中の粉を鍋に入れて、蛇口から水を注ぎ、そのままコンロの火にかけ始める。


「できる女ぶってないで、あんたも大人しくしてなさい!」

「ツ、ツヴァイも大変だね……」

「こいつら何もかも絶望的なのよ!」


 そこからはツヴァイがコーヒを淹れ、4人で床に座って話し始める。


「私たちの目的はさっきも話した通りだけど、まずは資金繰りが必要になってくる。私はこれから中心地に戻って仕事を探してこようと思う」

「し、仕事?」

「そう。それも冒険者らしく──魔物討伐だ」

「ま、魔物討伐って。そもそも僕たちは国から許可がおりてる冒険者じゃないよね? 魔物討伐の依頼なんて受けられるの?」

「受けられないよ。ただどういった依頼が流れているかは貼り紙で確認できる」

「でもそれだと討伐しても報酬は出ないよね?」

「そう。だけど、実は冒険者たちもこの報酬はそこまで当てにしていないんだ」


 アインスがそこまで話すと、ツヴァイが床に手をかざしヘンテコを発動させる。紫の電気とともに大剣があらわれる。


「この剣、あれだけ戦闘を行っても傷1つついてないでしょ」

「あっ、そういえば……」

「特注品なのよ。銅製でも鉄製でもない……魔物の『素材』から作られてるの」

「サンブルクで作られてるこの冒険服と一緒だね」

「冒険者が使う武器のほとんどが魔物から採れる素材でできてるのよ。魔物が出現するまでは地球上に存在しなかった頑強な物質ばかりって言われてるわ」

「そうなんだ……」


 フィアはまじまじと大剣を見つめる。

 アインスが話を引き継ぐ。


「まぁ、つまり、魔物から採れる素材は高値で売れるんだ。私たちはこれまでも魔物討伐でお金を稼いできた」

「なるほど……でも魔物って凶暴なんだよね」

「凶暴だよ。恐ろしく……ね。その代わりに、知能の高い魔物というものは少ない」

「凶暴な魔物が知性を持ったら……想像したくもないよ」


 フィアは、ツヴァイが意味深に顔を逸らしたことに気づく。


「……?」

「まぁ、その昔出現した黒輝竜も知性を備えていたら人類は滅ぼされていたというくらいだからね」

「こっきりゅう?」

「歴史上、最強最悪の魔物だよ。かつて4人の英雄と呼ばれたギルドによって封印され、今はシュバルツ王国の北……バルツ海の底で眠っているらしい」

「そ、そんな恐ろしい魔物が……」

「今にもその黒輝竜の封印が解けるんじゃないかと怯えているギフト保持者も多いみたいだよ」

「知性はなかったんだよね?」

「ああ。その代わり、空を飛んだらしい。空を飛ぶ魔物は本当に恐ろしいんだ。なにせ科学兵器が通用しないのだから、飛んでいる間は希少価値の高い『飛行系能力』を持つギフト保持者くらいしか太刀打ちできなかった」

「で、でも勝てたんだ?」

「勝ったというより封印だけどね。知性がないから普通に地上に降りてくるんだよ」

「あ、そっか」

「だから黒輝竜が知性を持っていたら人類は滅んでいたと云われているんだ」


 知性を持つ魔物。

 空を飛ぶ魔物。

 この2つにはとくに気をつけなければいけない。アインスはそう語る。


「……っと、話が逸れてしまったね。まぁそんなのは公式の冒険者が相手すればいい話で、私たちには関係ない。もちろん危険な魔物ほど素材の価値はあがるが、今説明したような魔物討伐の依頼は避けるから大丈夫だよ」

「そ、そうだね。僕もそんなの相手する自信ないよ」

「さて、そうと決まれば早速仕事を探してこようかな」


 そう言って立ちあがろうとしたアインスの両肩をツヴァイが掴み、ググッとまた座らせる。


「な、なんだ?」

「お風呂の準備するから浸かっていきなさい。服も洗っておくから一回着替えて。10日間も歩いてきたのよ? あんたそういうの無頓着すぎ」

「別にそんなの気にしなくても──」

「いいから言うこと聞きなさい!」


 有無を言わさないツヴァイの迫力に、アインスは渋々了承する。

 こうして見ると駄々をこねる子どもと叱りつける母親みたいで、フィアは面白くなってクスクスと笑う。

 順番に湯船につかり、その後、アインスは私服にマントだけを羽織り家を離れる。


「日が暮れるまでには帰るよ」


 3人になった部屋で、ドライが口を開く。


「……フィア、このギルドには慣れてきた?」

「う、うん。なんというか……思ったより緩い雰囲気だね」

「……緩さが売り」


 先ほどドライが言っていた『みんな子ども』という言葉の意味が、ここに来てようやくわかった気がする。

 そうだ。ヘンテコという境遇や彼女たちの戦闘技術の高さでつい忘れてしまいそうになるが、みんな10代の子どもなんだ。

 子どもは子どもらしく振る舞っていい。そう思い出させてくれるこのギルドは、フィアにとっては居心地がよかった。


「アインスを1人で行かせて大丈夫だったの?」

「……アインスは王都では何故か単独行動したがる」

「そうなんだ? なんでだろう?」

「……アインスの考えてることはわからない」


 まだ隠し事は多そうだけど、とフィアは思う。

 さて、とツヴァイが声を出す。


「あたしたちも時間を有効活用するわよ!」

「何するの?」

「今晩の食料調達、そしてあんたの修行よ」

「し、修行……」

「あの電光石火は条件を満たさなきゃ発動できない。通常時でもある程度は戦えるようになってもらわないと困るわ」

「う、うん」

「そうと決まれば──」

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