勇者
そこでようやく、ロルフの表情が変わる。
殺人……世界に能力が発現してからも、ギフト保持者の間ではその罪の大きさは変わらない。被害者がヘンテコであれば話は別だが、そもそも冒険者同士の決闘は法でキツく禁じられている。
「ブラウ、ハンナ、ゲオルク、カール。それぞれ負傷箇所は別だが、死因は共通して、刃物により首の動脈を切られた失血死だ。明らかに冒険者の犯行だろう。サンブルクから南に3㎞外れた付近だ」
「サンブルク……奴隷の町か」
「偶然立ち寄っただけだろう。まさか犯行にヘンテコが関わってるとは思えん。しかしあの一帯は開発されていない土地……当然、監視カメラなど存在しない」
「話が見えないな。罪を犯した能力者を捕らえるのはお前らの仕事だ。俺たちを呼び出した理由がわからない」
「うむ……『予言者の書』の内容は把握しているな?」
「当然だ。100年前に『未来を予知する能力』だかってギフトを持ったババァの遺した書物だろ。それがあるから、俺は戦場を離れてこのガキを鍛えている」
「その通り。予言者の書に記された『黒輝竜の復活』……そして、それを討つ『銀翼を持つ勇者』の存在。我々が抱えている大きな問題の1つだ」
ロルフは横目でリタを見て、言う。
「……こうして、実際に銀翼を持つ人間が現れやがった。かつて人類に大災をもたらしたとかいう魔物・黒輝竜の復活もそう遠くない見通しらしいな。だが、予言者の書には『宇宙人襲来』なんてくだらねぇ内容も載ってるらしいが」
「的中率は30%といったところだ。決してバカにしていい数字ではない」
「おかげで俺は戦場から呼び戻され、こいつの教育係に任命されたワケだ。確かに俺とリタのギフトには共通点があり、戦闘スタイルとしては同じになる」
「勇者には、強くなってもらわねばならない。人類存続のために……な」
リタは息を呑む。
予言者の書は一般には知られていない。
自分の持つギフトにそこまでの大役が与えられていると、冒険者になるまでは知らなかった。
勇者であろうと、まだ若い駆け出し冒険者。覚悟が宿命に追いついていないのだ。
「予言者の書には様々なことが記されている。その多くが取るに足らない事象だが、我々シュバルツ王国はある2つの項目に注意を払っている。その1つが『黒輝竜の復活』についてだ。『銀翼を持つ勇者が黒輝竜を討つ』……そしてその横に描かれた『口付けする2人の少女』の絵」
「絵については何もわかってねぇだろ」
「調査中だが、手がかりが少なすぎる」
「2点ある、と言ったな。黒輝竜の復活以外に、もう1つはなんだ?」
うむ、とオスカーは頷く。
「『“時”を司る3つの能力が世界を揺るがす』……予言者の書にはそう記されている」
「当然、それも知っている。『時を止める能力』『時を進める能力』『時を遡る能力』……見つかっているのは『時を進める能力』だけだったな」
「想像していたものとは少し違ったがね」
「で、それが本題なんだろ。エーデルブラウとどう関係する?」
「数年前から、こういう噂が頻繁に流れている。──『太陽が移動した』と」
「は?」
「空を見上げていると、突然太陽がわずかに移動するのだ。まるでワープしたように」
「能力か?」
「そう考えるのが自然だろう。真偽を確かめるため、我々も空の観察を続けた。するとそのような現象は頻繁に起きていた。とくにエーデルブラウが冒険者ギルドとして登録された1年前からは、毎日のように。その度に日周運動は少しずつズレていってるのだ」
「ブラウのギフトだと言いたいのか?」
「そうだ。ブラウの死んだ10日前から、その現象はまったく起きていない」
「証拠としては不十分だが、それはこの先も観察を続けていけばわかるだろうな」
「太陽の動きは、主に地球の自転によるものだ。そこで我々はこう仮説を立てた──」
オスカーは少し溜めを作ってから話す。
「──ブラウのギフトは『時を止める能力』だったのではないかと」
リタは首を傾げる。
対して、ロルフはハッと目を見開く。
「世界法則……地球の特性や動きは能力の影響を受けない。つまり停止している時間内においても地球の自転は続く。当然、太陽の位置は動くことになる。そういうことだな?」
「そう。我々は時の止まった世界を認識できない。能力が解除されると同時に、停止していた時間の分だけ太陽が瞬間的に移動したように見えるのだ」
「悪くない仮説だ。だが、それなら予言者の書はどうなる? 世界を揺るがすなんて言って、もうブラウは死んでるじゃねぇか」
「うむ……もしかするとブラウは『トリガー』に過ぎないのかもしれんな」
「トリガー?」
「何かのキッカケということだ。ブラウの存在が何かを動かすトリガーになってしまったのやもしれん。その役目を終えて、やつは死んだとも考えられる」
「曖昧な表現だな」
「しかしこの仮説が正しいとすれば、ブラウを殺した冒険者も見過ごすわけにはいかない。そして最も警戒しなければならないのは──最後の1人『時を遡る能力』だ」
「3つの時を司る能力……当然、1番恐ろしい能力はそれだな。過去に戻るなんてことができちまうと、好き放題に世界を書き換えられるかもしれない」
「そこで、だ。ロルフ・ローレンス、リタ・リーデルシュタイン。この機会に、君たちには王都を離れ『時を遡る能力』を持つ者の情報を集めてほしい。あくまでも修行の一環としてな」
「能力開発省が情報を掴めていない時点で、個人の手に負えるものじゃない。無駄骨に終わると思うがな。だが……どうせ旅には出るつもりだった。このガキを育てるのに、メルヴィンにだけ滞在してるのは非効率だ。そのついでなら考えてやってもいい」
リタが口を挟む。
「ま、待ってください! ボクはあくまでも1人の冒険者です。ボクにはメルヴィンに拠点を置く仲間がいて、彼らのギルドマスターなんです」
「……初めに伝えておいたはずだ。お前の使命と、普通の冒険者活動との両立は難しいと」
「お願いします。ボク、強くなりますから。メルヴィンから離れなくても立派な勇者になります!」
「いいか、リタ。俺に与えられた任務はお前を成長させることだ。成長とは『強くなること』じゃない。ひとつところに留まれば、成長には限りがある。気持ちはわからんでもないし、お前の境遇には同情するが、いろんな世界を見て回る必要はある」
「……」
黙りこむリタ。
オスカーが口を開く。
「黒輝竜がこのシュバルツ王国の北、バルツ海の底に封印されていることは広く知られている。皆、心のどこかではあの竜の封印がいつ解かれるのかと恐れているのだ。そこで、だ。勇者……リタ・リーデルシュタインの存在を世間に発表しようと思う」
「予言者の書を公開するのか?」
「あくまでも『黒輝竜の復活』の項目だけだ。勇者を祭りあげ、旅に出し、やがて黒輝竜を討ったそのとき、シュバルツ王国の力を世界に知らしめることができる」
「的中率30%だろ。そこまで囃し立てて、黒輝竜が復活しなかったらどうする気だ? こいつはただのピエロか?」
「そのときは『討った』ということにするさ。黒輝竜の死体はバルツ海に再び沈んだ……とな」
「お得意の情報統制か。ボロが出ないといいがな」
「明後日の朝には、勇者の存在は国民に伝えられる。メルヴィンの住民たちの喝采を浴びながら冒険に出るといい。用件はそれだけだ。引き続き、リタ・リーデルシュタインの修行についてはロルフくんに一任する。『時を遡る能力』については、こちらからも手がかりを得たら連絡する」
そこまで聞き終えて、ロルフは返事をすることもなくオスカーに背中を向け、そのままリタの腕を掴み立ち去っていく。
残されたオスカーは呟く。
「……食えん男だ」
入れ替わりで、護衛の男が帰ってくる。
「試合を止めてきましたが……ロルフ・ローレンスは帰ったようですね」
「うむ」
「あの奴隷たちはいかが致しましょう? 試合を再開しますか?」
「いや、興が削がれた」
オスカーは淡々と言い放つ。
「2人とも殺せ」
「はっ。しかし契約は?」
「どちらの妻にも『試合に負けて死んだ』と伝えろ。文句を言うようならそいつも殺せ。おっと、子どもは殺さず孤児院に送るんだぞ。ギフトはヘンテコと違って貴重な資源だからな」
「かしこまりました」
……
……




