人間兵器
○登場人物
・ロルフ・ローレンス
ギフト『???』
不機嫌そうな男。通称、人間兵器。
・リタ・リーデルシュタイン
ギフト『???』
性別不詳。通称、勇者。
……
……
シュバルツ王国、北東部。人口600万人、国内最大の都市である王都・メルヴィン。
大陸の航空や鉄道交通の中枢であり、世界に誇るいくつもの産業が栄えている。
中心部には王族の暮らす宮殿、その周りには各省庁舎が建っている。
ギフトによる技術革新・軍事応用などを管轄する能力開発省庁舎──その地下空間には限られた人間しか近づけない。
薄暗い通路を2人のギフト保持者が歩く。
前を歩くのは、目つきの悪い黒髪の男。年齢は30代半ばほど。
後ろを歩くのは、20歳ほどの白髪の人物。見た目では性別がわからない、端正で中性的な顔つきをしている。
「とっとと歩け、勇者」
男が不機嫌そうに白髪の人物に声をかける。
「ま、待ってくださいロルフさん。それに『勇者』って……ボクにはリタって名前があります」
ロルフと呼ばれた男は、その言葉を無視して早歩きで通路を進んでいく。
歩幅の小さいリタは小走りで彼の後を追う。
「ここ、どこなんですか?」
「知るか。俺は、呼ばれた場所にお前を連れていってるだけだ。ジジィどもの言う通りにな」
「ジ、ジジィって。能力開発省のことを言っていますか?」
「他に誰がいる」
「そんなことを言えるのはロルフさんくらいですよ……」
しばらく歩いたところで、扉に突き当たる。
ロルフが扉を開くと、中には白を基調とした部屋が広がっていた。スポーツ観覧のVIPルームのような作りで、奥はガラス張りになっており、いくつかの高価そうな椅子が並んでいる。
その中の1つに髭をたくわえた初老の男性が座って、ガラスの向こうを眺めていた。
初老の男性の隣には、護衛と思しきガタイのいい男が立っている。
リタは、その後ろ姿だけで初老男性の正体に気づく。
──シュバルツ王国能力開発大臣、オスカー・オルブリヒ。
「見たまえ」
振り返ることもせず、オスカーはガラスの奥を指さす。
ロルフとリタはそちらに目を向ける。
そこは小さな闘技場のような場所で、2人の剣を持った男性が血だらけで闘っているのが見える。
彼らの左頬には焼き印……ヘンテコ保持者の証が刻まれている。
ロルフは表情を変えず、リタは口元を押さえて絶句する。
「彼らは多額の借金を返しきれず、身を売った。2人ともヘンテコのパートナーがいてな、妻と子を食わすためだ」
ようやくオスカーは振り返る。
「さいわい、子はギフトを授かったらしい。しかしヘンテコ夫婦では食わしていくのは難しいだろうな……何故不幸になるとわかっていて産んでしまったのか。私がここへ招待してやると言うと、喜んで身を売ったよ。生き残った1人だけは借金を返済できる」
リタが恐る恐る、問いかける。
「ど、どうしてこんなことを……」
「我々が冒険者という職を作り、ギフトが発現して、人間は魔物を退ける術を覚えた。まれに街を襲う魔物もいるが、その昔は人里へと下りるクマもいたように、今や魔物は住民にとってただの肉食動物に等しい。現代人は、スリルが欲しいんだ。それもできる限り安全圏から。見たまえ、あの鬼気迫る決死の表情を」
ロルフが口を開く。
「テメェの悪趣味に付き合わせるために俺たちを呼んだのか?」
「……そう言うな、『人間兵器』ロルフよ。お前は戦場で見慣れているだろう。何の意味もなく失われていく命を。お前自身が奪った命を」
ロルフはリタを一瞥する。
「こいつはまだガキだぞ」
「現実を知るのは早い方がいい。勇者として世界を救い、いずれは誉れとして王族と結婚することになるだろう。……性別は知らんが」
「今すぐアレを止めさせろ」
護衛の男がロルフの右肩を掴む。強くその骨を圧迫し、そして口を開く。
「人間兵器だか最強の兵士だか知らんが、口の利き方には気をつけろ。お前が今対面しているのは誰だと思っている?」
ロルフは自分の肩を掴む手を見つめて、呟く。
「あいつらがあんな目に遭ってるのは、ヘンテコだからだ。この世界は弱肉強食。弱いやつは強いやつに従うしかない」
「その通りだ。わかってるじゃないか」
「なぁ、おい。俺は常々疑問に思ってるんだが、強さこそがすべてというなら──」
視線を男へと移す。
「──果たして、お前らは俺より偉いと言えるのか?」
「っ!?」
男は咄嗟に腰に差した剣へと手を伸ばす。
「試してみるか? 先に抜いてもいいぞ」
人間兵器。最強の兵士。元S級冒険者──ロルフは数々の異名を持つ。
国王軍第三隊長、ロルフ・ローレンス。その圧倒的な実力は、シュバルツ王国内だけならず隣国の国軍にまで轟いている。
「よさんか。……ロルフくん、うちの部下が失礼を働いたね。君、試合を止めてきなさい」
「し、しかしそれでは護衛の──」
「はなからロルフ・ローレンスを前にして護衛など意味を成さん。行きなさい」
「……承知しました」
男が立ち去るのを見届けて、オスカーは話し始める。
「10日前、冒険者ギルド・エーデルブラウが壊滅した」
「エーデルブラウ?」
リタは泡を食ったような顔をする。
「ロ、ロルフさん、知らないんですか? 新進気鋭、今もっとも国中を騒がしているB級冒険者・ブラウの率いるギルドですよ」
「B級がどうした」
「まだ駆け出しなんです。いずれはS級……王国最強のギフト保持者という噂までありました」
「そうか。そういう跳ね上がりが慢心で魔物に食い殺されるなんてのはよくある話だな。民衆どもは『最強』って言葉が随分と好きらしい」
「ボクも冒険者としては同期ですが……彼の魔物討伐数は桁外れなんです」
「だからお前はいつまで経ってもC級ってワケだ」
「怒られる流れになった……」
「で、そのB級が死んだからどうした?」
オスカーに視線を戻す。
「うむ。エーデルブラウは魔物に壊滅させられたわけじゃない」
「……何?」
「人間の手によって殺された」




