襲撃作戦の夜
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エーデルブラウ襲撃作戦の夜。
語られることのない、1つの結末。
瓦礫をはらうと、煤のような夜空に浮かぶ半月が見える。
体の節々に痛みを感じながら、ハンナはそこから這い出る。
「ブラウ……ブラウはどこに……」
足を引きずりながら、あたりを彷徨う。
暗くて視界が悪い。私は……どれだけ意識を失っていたのだろうか。
サンブルクを出てすぐに、奇妙な女に出会った。道に倒れていたあのヘンテコだ。
そのあとの記憶がない。私は一体……。
ハンナは何かに足を引っかける。
視線を下ろすと、誰かがそこに倒れているのがわかる。目を細めて、その姿を確認する。
「──っ!?」
ブラウだ。
ブラウが目を閉じて、仰向けに倒れている。
「ど、どうして……何があったの……?」
いや、考えている場合じゃない。
「ブラウ! ブラウ、しっかりして!」
体を揺さぶる。
小さく呻き声があがり、ブラウは目を開く。
「ハ、ハンナ……」
「ブラウ!」
「悪い……やられちまった……」
「し、しっかりして! 今治してあげるから!」
ハンナは自分の手を強く噛み、そこから血が溢れだす。そしてその血から赤色の電気が放たれる。
ギフト『血液治癒』……自分の血を即効性の治癒薬へと変える能力。このギフトを使用したハンナの血を負傷箇所に塗ると、時間をかければどんな傷であっても治せる。
「悪いな……」
「喋らないで。すぐに良くなるから。貴方は……貴方はこんなところで死ぬ人間じゃない。貴方の偉大な夢は、私が叶えてみせる」
そして血の滴り落ちる手をブラウに近づけようとした、そのとき──
「──夢見るバカは幸せでいいな」
冷たく放たれる女性の声。
次の瞬間、ハンナの手に、勢いよく短剣が突き刺さる。
痛みに悲鳴をあげて、手を引っ込める。短剣はすぐに抜き取られ、そこから血が飛び散る。
「誰かを傷つけて、不幸にしても、それに気づかずにいられる。自分たちの世界に陶酔することに夢中で、それによって犠牲になる人たちを認識すらしない」
ブラウは目を見開く。
「テ、テメェ……」
「あの子たちは優しいから、人を殺さない。だから私が始末するんだ」
ハンナは状況が飲み込めず、ただ痛みに涙を流す。
そうだ。目の前にいるこの女は、あのとき自分たちを襲撃したヘンテコ保持者だ。
「私たちは勝者、そして君たちは敗者……罪のないヘンテコから理不尽に尊厳を、命を奪おうとし、そして敗れた敗者だ。友情ごっこに夢中で気づかなかったか? どうして『生きて帰れる』なんて勘違いしてしまったんだ?」
ハンナは咄嗟に振り返り、暗闇に向かって叫ぶ。
「ゲオルク、カール! 助けてっ!」
「あの2人ならもういないよ。私がトドメを刺した」
「なっ……」
力が抜けて、膝から崩れ落ちる。
「復讐の種は摘まなければいけない。考えたらわかるはずだ。こんな危険なギフト保持者に恨みを買って、放置するわけがない。私たちは最初から命の奪り合いをしていたはずだろ? なぁ、ブラウ」
息も切れ切れに、ブラウが声を出す。
「わかった……だがアインスといったか……そこにいるハンナは関係ない。何もしていない。あれは俺が独断でやったことだ。頼む……ハンナだけは見逃してやってくれ……」
「ブラウ……」
アインスは2人の様子を眺めて、言う。
「……この世界のほとんどの人間が、自分を平和主義者だと思っている。でもそれは大きな間違いだ」
しゃがみこみ、ブラウに顔を近づける。
「何もしない人間……日和見主義者とは、平和主義者から最も遠い存在と言ってもいい。何故なら彼らは、加害が発生したとき、被害者にとっては『自分を見殺しにする存在』であり、加害者にとっては『自分の罪に目をつぶる都合のいい存在』だからだ」
その髪を掴み、無理やり顔を上げさせる。
「日和見主義とは『常に加害側に身を置くことを決めた存在』なんだ。だけど……この世界に最も多いのがその日和見だ。自らの加害性を認識することもできず、無自覚に誰かを傷つけ、貶め、やがて人を死に至らしめる。そんなことに気づきもせず!」
ブラウは息を呑む。
「大袈裟な話だと思うか? 思うだろうな。『何もしない』ことが『誰かを殺す』なんて、信じられないだろうな。そうやって人は人を殺していくんだ! 私だって例外じゃない。だから思考を止めちゃいけないんだ。行動しなきゃいけないんだ。正しく生きようとする者たちが、正しく報われる世界に変えていくために」
アインスは突き放すように、冷酷に告げる。
「君の仲間は全員殺す」
ブラウが咆哮をあげる。喉が潰れそうなほど叫び、砕けた骨を無理やり動かしてアインスに飛びかかろうとした瞬間──
その首元から、噴水のように大量の血が噴きだす。
返り血が、アインスの髪を濡らす。
「い……いやぁぁぁぁ!!」
次いで、ハンナの絶叫。
歯がガチガチと鳴る。恐怖と混乱の中、ハンナは後悔する。
こんな町に立ち寄らなければ。
ヘンテコなんかと関わらなければ。
こんなやつに出会わなければ──
「私は、私が殺した人間のことを決して忘れない。この罪を背負い、最後は自分を裁く」
一歩、また一歩と、アインスはハンナに歩み寄る。
「さぁ──罪を清算しろ」
……
……
……
アインスは口元を拭い、思考する。
ヘンテコにはギフトとは違う『特徴』が存在する。
それはあまりにも能力内容が『ニッチ』であり『雑』であることだ。
スマホを必ずキャッチできる能力だって?
あまりにもお粗末すぎるじゃないか。
まるで数合わせのような。
そこに『意思のようなもの』が介入しているとしか考えられないのだ。
ならば──能力には『設計者』がいる。
それが何者なのかはわからない……ただ設計者が存在するなら、予期しないエラーはつきものだ。それが雑な設計であればあるほど。
設計者の意図しない能力の使い道……スマホのキャッチを利用した電光石火の一撃。あれはゲームで言うところのバグのようなもの……いや、今時は『チート』とでも言うんだっけ。
その一点だけが、ヘンテコがギフトという強大な壁を穿つための力だ。
革命への抜け道は必ず存在する。
私たちが世界を変えるには、このチートを使いこなさなければいけない。
「やれる……いや……やらなきゃいけない」
必ず、私が世界を──




