レースフラワー 〜大切なもの〜
ナンバーズは、乗用車も馬車も所持していない。旅はすべてその足で行ってきた。
食事を済ませたあと、フィアを含めたナンバーズの4人は冒険服に身を包み、レイスの家を出る。
「それじゃ……行ってくるね、姉さん」
「ええ。次に会うときの貴方の顔つきが楽しみです」
フィアは涙ぐむ。
「僕……姉さんみたいに強くなって帰ってくるね。こういうときに泣かずに、大切な人を安心させられるように」
「そうですね。一時の別れで泣くなんて、貴方は弱虫です」
「うん……ごめん」
「楽しみに待ってますよ」
そう言って、レイスはアインスの元に歩み寄る。
「アインスさん、貴方がリーダーでしたね。改めて、弟のことをよろしくお願いします」
「ああ。フィアはこの旅できっと強くなる」
レイスはそっとアインスの髪に触れる。
その手から紫の電気が走り、アインスの黒髪が水分を得て美しく輝く。
「闘う貴方たちの姿は──とても美しかった」
アインスは少し照れ臭そうに顔を逸らし、ツヴァイは誇らしそうに笑う。ドライは変わらず無表情のままだ。
「またね、姉さん……」
「ええ。また会いましょう」
フィアはレイスに背を向けて、真っ先に歩き出す。
これ以上話してしまうと別れがもっとツラくなってしまう──そう思ったからだ。
アインス、ツヴァイ、ドライの3人も後を追って、歩き始める。
その背中を眺め続けて、フィアの姿が見えなくなったところでレイスは小さく息をつく。
「……危ないところでした」
レイスは家のすぐ隣にある農園に足を運び、その隅にある大きな花壇の前にたどり着く。
白い小花が集まり、絹糸のようにふわりと咲き乱れるレースフラワー。太陽に照らされ、それらは美しく輝いている。
レイスはその場にうずくまり、両手で口元を押さえる。
ポタポタと、地面に水滴がこぼれ落ちる。
「うっ……うう……」
ずっと堰き止めていた感情が溢れだす。
「ううっ…………」
最後まで涙は見せなかった。
ちゃんと、耐えきった。
私は責任をまっとうできたでしょうか?
貴方にとっての姉さんでいれたでしょうか?
貴方に……何か大切なものを与えられたでしょうか?
世界は残酷だ。
生きることは決して美しいことなんかじゃない。
ツラいことばかりで、時にすべてを投げ出してしまいたくなるときもある。
けれど、何か1つ。
たった1つでいい。
譲れないもの。
守りたいもの。
……大切なもの。
それを見つけられたなら──私たちの人生はキラキラと美しく光り輝きはじめる。
私が貴方を見つけられたように──
レイスは小さく呟いた。
「……いってらっしゃい」
1話
『奴隷の町・サンブルク 〜10年前の君たちと〜』終




