冒険服
フィアが目を覚ますと、既にアインス以外は起きているようだった。
レイスはフィアに抱きつかれたまま身動きを取れず、困った表情を浮かべている。
その様子を見たツヴァイが呆れる。
「あんた、あたしと同じくらいの歳でしょ? いい加減自立しなさいよ情けない」
「……ツヴァイも自立してるとは言い難い」
「はぁ!? あたしは1人でなんでもできるわよ!」
ツヴァイの大声でアインスも目を覚まし、まだ眠たそうに瞼をこする。
「寝ぼすけもようやく起きたみたいね!」
「んん……うるさいな。もう少し寝させてくれ。……ん? ツヴァイ?」
フィアは開いた口が塞がらず、彼女の傷だらけだったはずの体に視線を向ける。
「ツ、ツヴァイ……重傷だったはずじゃ……」
「一晩寝たら治るって言ったでしょ! 舐めんじゃないわよ!」
「い、いや……そんなわけ……」
ドライが口を挟む。
「……それが本当に治ってた。綺麗さっぱり」
「ふん、当然よ」
「いくらツヴァイでも、あれだけの傷が一晩で治るはずないだろ。何したんだ?」
「な、何もしてないわよ」
「信じられないが……まぁ治ったならそれでいいか」
3人のやり取りを見て、フィアはホッと胸を撫で下ろす。これで心配事が1つなくなったと。
パン、とアインスが手を叩く。
「さて。何はともあれ、これですぐにでも旅に出れるな」
「……アインスも怪我してる」
「歩けないような怪我じゃないよ」
「……アインス」
「ほ、本当だ。調子が悪くなったらちゃんと言うから」
「……わかった」
ドライは渋々納得したようだ。
「さて、フィア」
アインスはフィアの方を振り返る。
「レイスさんと話は済んでるか?」
「う、うん」
「そう……レイスさん、私たちにはフィアの力が必要だ。だから──」
「ええ、わかってます。どうか弟を一人前にしてあげてください」
「……悪いね」
「気になさらないでください。でも、もう少しだけ待っていただけますか? そろそろ……」
と、そこで家のベルが鳴る。
レイスが玄関へと向かい、ドアの向こうにいた男性から何かを受け取る。
それを持ってきて、アインスへと差し出す。
「これは私からの餞別です。昨日の夜、友人に電話でお願いしたんですけど、間に合わせてくれました」
「餞別?」
それは大きな段ボールだ。
レイスが床に下ろし、中身を取り出す。
「サンブルクには魔物から製糸する職人が多くて、ここで手に入る冒険服はシュバルツ王国でも有名なんですよ。とても頑強に作られているので、ちょっとやそっとじゃ破けません。是非役立ててください」
4着の冒険服。
しっかりとした生地が強靭な糸で編まれ、それでいて機能性もデザイン性も優れている。
サンブルクのヘンテコたちが作り上げたもの。けれど、シュバルツ王国のどの仕立て屋にも負けない自慢の一品。
「事情を説明すると喜んで揃えてくれました。代金も受け取ってもらえなかったんですよ」
「レイスさん……ありがとう」
「礼には及びません。ご飯くらい食べていってくださいね。私の作る野菜もすごく美味しいんですよ?」
ツヴァイとドライが目を輝かせる。
サンブルクに辿り着いてから、3人とも何も口にしていなかったのだ。
「やった! 人の手料理が食べられる!」
「……ツヴァイ、いつも調理担当だからね」
「自分で料理してると感動はないのよね。味見しながら作ってるから」
「……嬉しそう」
はしゃぐ2人。
レイスが口を開く。
「旅は大変でしょう? 調理しているので、みなさん、どうぞ先にお風呂にしてください」
「お風呂! 久しぶりだわ!」
「レイスさん、気を遣わせてしまって悪いね」
レイスは聖母のように微笑む。
「いえ、その臭い体が少しでも綺麗になれば何よりです」
「おい、フィアの悪意なき暴言の進化版みたいなのが来たぞ」
「姉ゆずりだったのね」
「というか、その状態で布団に入ってしまったけど大丈夫か?」
「今日は……あっ、水曜日ですね。じゃあ大丈夫です」
「今ゴミの日確認しなかった!?」
「うふふ、そんなことありませんよ」
「目が笑ってないんだよな……」
「こいつ絶対捨てる気よ」
そこからはナンバーズの3人がお風呂に向かい、フィアとレイスで調理を進める。しばらくすると浴室の方から声が聞こえてくる。
「ちょっと! あんたたち詰めすぎよ!」
「……詰めてない」
「だから3人同時なんて無理があるって言ったんだ」
レイスが野菜を切りながら笑う。
「愉快な方々ですね」
「よ、よく考えたら僕1人だけ男の子だけど大丈夫かな……?」
「大丈夫ですよ──」
レイスは包丁を顔の前にあげる。刃がキラリと光った気がする。
「何かあったら姉さんが駆けつけますから」
「こ、怖いよ姉さん……」
鍋がグツグツと音を立てて沸く。フィアはスープをお玉でひと掬いし、それを口に運ぶ。
いつも通り、美味しい。これが故郷の味になるのかと、フィアは少し寂しい気持ちになる。
「この冒険服……全部種類が違う。誰がどの冒険服だ?」
「この1着だけあるスカートがあんたじゃない?」
「そんなわけないだろ」
「……アインス、似合うと思う」
「よし、ドライ! アインスを押さえなさい!」
「……了解」
「う、うわぁぁ!? ちょ、バカっ! どこを触って──」
「ぷっ、あははっ! あんた全然スカート似合わないわね!」
「……わたしは似合ってると思う」
「人で遊ぶな! スカートは、ツヴァイかドライが着ろ!」
フィアは顔を赤くして押し黙る。
レイスはクスクスと笑う。
「こういうのにも慣れないといけませんね」




