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姉弟


 サンブルクの医療機関は、ヘンテコ保持者を患者として受け入れていない。利用できるのは町を管理するギフト保持者や立ち寄った冒険者だけであり、病気や怪我を負った奴隷はそのまま見殺しにされる。

 レイスとフィアは、そうして死んでいく仲間たちを何度も目の当たりにしてきた。


 重傷を負ったツヴァイは、レイスの家の布団に横たわっている。


「サンブルクに治癒能力を持ったヘンテコ使いはいないだろうか」


 アインスはレイスに問いかける。


「いえ、そもそも治癒能力はギフトであっても希少価値が高く冒険者として駆り出されますから……もちろん能力を隠している町民もいますので、いないとも限りませんが。けれど……」

「仮にいたとしても、ヘンテコの治癒能力は発動条件が厳しかったり、治癒そのものが大したことなかったりするね」

「ここでゆっくり療養するのが現実的でしょうか」

「ダメ元で町民たちに声をかけてこよう。それでも能力を持つ人が見つからなければ、ツヴァイだけでもしばらくここに泊めてもらって構わないかな?」

「ええ、もちろんそれは構いませんが……けれどアインスさん、貴方も怪我人ですよ」

「私は別に……」


 ドライがアインスの腕を掴む。


「……ダメ。アインスもここで休む。わたしたちが探しにいってくるから、絶対外に出ちゃダメ」

「ツヴァイに比べれば私は」

「……それ、本当にアインスの悪い癖。みんなを心配させるのはやめて」

「うっ……わ、わかったよ」


 バツが悪そうに顔を背ける。

 ツヴァイが布団に横になったまま口を開く。


「……こんなの……一晩寝たら治るわよ」

「はぁ、治るわけないだろ」

「あたしを舐めてるわね……」

「はいはい。一緒に休もうな」


 布団に潜りこむアインスを見て、ドライは立ち上がる。


「……フィア、町に出よう。早くしないと日が暮れる」

「う、うん。姉さん、2人のことをお願い」

「ええ。しっかり見ておきますから、いってらっしゃい」


 そうしてドライとフィアは家を離れる。


 窓から差し込む光は徐々に色を変え、やがて深い闇に閉ざされていく。

 結局、治癒能力を持つヘンテコが見つかることはなかった。

 すやすやと寝息を立てる2人の布団に、疲れ果てたドライも潜りこむ。彼女もまた能力の使用で体力を奪われ、怪我を負った身なのだ。

 3人が寝静まる姿を見届けたあと、もう1つの布団でフィアとレイスは身を寄せ合う。


「……姉さん」

「なんですか?」

「僕、その……」


 言葉が途切れる。

 契約……レイスを助けるために、フィアはナンバーズの一員となり旅に出る。

 世界を変えるための旅だ。

 アインスは自分たちのことを『活動家』だと話した。

 具体的にどういった活動をしているのかも知らないし、どれほど勝算があるのかもわからない。けれどエーデルブラウとの闘いを見て、彼女たちの本気は十分に伝わった。

 アインスがフィアを勧誘したのは、スマホをキャッチする能力の応用法にあの時点で勘づいていたからだ。ナンバーズの3人には、対面であそこまでの高威力を叩き出せるヘンテコはない。


 フィアは思う。

 もし僕が『姉さんと離れたくない』と駄々をこねれば、きっとあの3人は無理強(むりじ)いできない。たった1日でも、エーデルブラウとの闘いを通して彼女たちの人となりを知った。

 人が嫌がることを強要なんてできないし、約束を反故(ほご)にしたことも許してしまうに違いない。

 優しくて、甘い。そういう人たちだ。

 そうすれば、僕と姉さんはこれからも2人で一緒に生きていける。


 だけど──


「姉さん……」

「ええ。わかってますよ」

「僕は……姉さんが健やかに笑って過ごせる世界を作りたい」

「私のため……そんな都合のいい解釈をしてもいいですか?」

「うん」

「その言葉がとても嬉しいので、特別に許します。私に寂しい想いをさせることを」

「ごめんなさい……」

「泣かないで、とは言いませんよ。いっぱい泣いてください。そうすれば私のことを忘れずに済みますから」

「忘れない……忘れられるはずがないよ……僕がこうして生きてられるのは姉さんのおかげだから……」

「ちゃんと元気に過ごしてくださいね。もしも近くに立ち寄ったら顔を出してください」

「うん……」


 フィアは、レイスの胸の中で泣き続ける。

 レイスはその体を抱きしめて、優しく微笑む。

 彼女が弟の前で涙を流したことは一度もなかった。

 どれだけ世界が残酷でも、どれだけ蔑まれても、気高く、美しく。そうすれば決して心までは奴隷にならない。

 そんな姉だった──


 そうしてどれだけ泣き続けただろう、いつの間にかフィアもレイスも眠りについていた。

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