決着! 落としそうになったスマホを必ずキャッチできる能力
体の震えが止まらない。
僕はあの頃からずっと弱いままだ。
それでも──
「僕なんかが……夢を見てもいいですか……?」
フィアは呟く。
それは悲しみでも、切なさの感情でもない。
だから、こぼれる涙の意味を、フィアはまだ知らなかった。
「大切な人の笑顔を守りたいと願ってもいいですか……?」
レイスは、ギュッと両手を握る。
いっぱいになってしまいそうな胸を抑えるように。
フィアと出会って10年。
大切な弟。
弱くて、優しい子。
守らなければいけない存在。
ずっとそう思っていた。
だけど違った。
貴方は、もうこんなにも──
「ヘンテコでも……奴隷でも……っ!」
ツヴァイとドライが固唾を呑んでその光景を見守る。
「……こんな弱い僕でもっ!」
そして、フィアは叫んだ。
「世界を変えられますか!?」
アインスは迷うことなく、力強い口調で応えた。
「変えられる」
その瞬間、体の震えが止まった。
今まで自分の力を信じたことなんて一度もなかった。
だけど──
知らなかったんだ。
仲間の言葉なら、こんなにも簡単に信じられるなんて。
世界が妙に静かに感じられた。
まっすぐにアインスを見つめる。
いくぞ──彼女がそう言ってるように聞こえた。
まるで世界に僕たちしかいないみたいに。
僕たちは互いを信じ合った。
アインスがポケットからスマホを取り出し、それを胸の前に掲げる。
そして──
地面に向けて、落とした。
経験したことのないほどの集中力。
スローモーションで落下していくスマホをただ見つめ続けた。
そして、地面からの高さ、およそ10㎝。
今、すべての条件が揃った──
……
……
「何度か検証を繰り返して、わかったことがある」
アインスはスマホを手に、フィアに語りかけた。
「まず初めに、君のヘンテコ『落としそうになったスマホを必ずキャッチできる能力』には『誰が落とすか』は関係ない。君自身が落とさなくとも、たとえ私がスマホを落としたとしても問題なく君はそれをキャッチできる」
次に──とアインスは続けた。
「ヘンテコの発動条件。それは『落下していくスマホを視界に収めていること』だった。例えば私が君の背後でスマホを落として、君はそれに気づいていても能力は発動できない。逆に言えば……視認さえしていればどんな状況だろうと能力を発動できる」
今まで、フィアはそんなことを考えたこともなかった。
「そして『キャッチ』の定義についてだ。これは『落ちていくスマホが地面に触れる前に、フィアの右手の中に収まること』だった。能力が発動した時点で、スマホが地面にたどり着くことは絶対にない」
能力は絶対だ。それがギフトであろうと、ヘンテコであろうと。
「初めて君のヘンテコを見たとき、面白いことに気づいた。それは能力を発動するとき、君は君自身の体を動かしてスマホをキャッチしに行ったことだ。つまり離れた位置にあるスマホをキャッチしようとしても君は必ずそのスマホの位置まで肉体を移動させて、地面に触れる前にキャッチできてしまう。テレポートのような現象は起きないということだ」
そこまで聞いて、フィアはハッとした。
「いいか、フィア。物体の落下速度というものに実は『重さ』は関係ない。空気抵抗を除けば、物体が地面にたどり着くまでの時間は『落下距離』と『重力加速定数』だけで計算される」
「え、えっと……」
「もっとわかりやすく言おうか。つまりこのスマホの重さが100gだろうと1kgだろうと落下していくスピードは基本的に変わらないってこと」
「そ、そうなんですか!?」
「実際には空気抵抗が質量に関わってくるけど、スマホを手元から落とす程度であれば誤差さ。さて、仮にこの落ちていくスマホが『地面から高さ10㎝』の位置にあれば、地面にたどり着くまでの時間はどれくらいだと思う?」
「一瞬……ですよね」
「ああ、約『0.14秒』だ。では次に、君が『落ちていくスマホから10m離れた場所』で、その『地面から高さ10㎝の位置にあるスマホ』に対して能力を発動させたとしたら?」
「それでも……僕の能力は必ずスマホをキャッチする」
「その通り。つまり君はわずか『0.14秒』以内に『10m』の距離を移動しなくてはいけないことになる」
「10m先のスマホが地面に触れる前にキャッチしなくちゃいけないから……ですね」
「──時速257.14286km。君の体はこの速度でスマホとの直線上を駆け抜けることになる。これはほとんど新幹線と同じ速度だよ」
「で、でも! そんなことをしたら僕の体は──」
「忘れた? 世界法則」
「……あっ! そ、そうだ。単発型の能力は発動時に5秒間の無敵状態がある。それなら……空気抵抗や摩擦で僕の体が傷つくことはない」
「それだけじゃないさ。たとえその直線上に『障害物』があり『ぶつかった』としても君は一切ダメージを負うことはなく前進する。つまりそれは──」
……
……
その場にいた人間の目には、こう映ったという。
──紫の稲妻が、ブラウの体を貫いた。
空。
空が見える。
気が遠くなるほど高く、どこまでも澄み渡る淡青の景色。
体は宙に浮いているように軽い。
ブラウは思考する。
俺は何故、空を見上げている?
たしか……ナンバーズとかいうヘンテコ集団から襲撃を受けて、仲間がやられて、俺もあと少しのところでハメ殺されるところだった。
だが、俺は負けなかった。
罠を見破り、生意気な女を痛めつけ、屈服させ、皆殺しにした。
「ブラウ」
幼い頃のハンナが呼びかける。
なんだ、と俺はそちらに視線を向けた。
「私は貴方の夢を叶えたい」
幸せの総量は決まっている。
「オレはゲオルク。神の示すままに、お前に忠誠を誓おう」
誰かが割を食わなければいけない。
誰かが不幸にならなければいけない。
「気軽にカールって呼んでくれ。俺は気ままにやらせてもらうよ〜」
それなら、俺は俺の仲間以外がいい。
たとえくだらない連中でも、どうしようもないやつらでも。
この世界は弱肉強食。
弱いやつは強いやつに従うしかない。
なら……弱いこいつらは誰が守る?
俺だ。
俺にしかできない。
俺は最強にならなければいけない。
仲間に降りかかる火の粉を払うために。
俺は──
「ブラウ」
俺は────強い。
「ブラウ!」
ハンナが泣き叫ぶ。
何を……泣いている?
「────っ!?」
空。
空を見上げている。
なんだ……今、何が起きた?
何かが……
何かが俺の体にぶつかった。
徐々に、群青の空と白い雲との輪郭が失われていく。
視界がボヤけていく。
お……れは…………
地面ぎりぎりのところでスマホをキャッチしたフィアの右手からは紫の電気が弾け、やがて世界に拡散して消える。
目の前に立っていたアインスは全身に冷や汗をかきながら尻もちをつく。
「ははっ……」
「だ、大丈夫?」
「さすがに正面から見るのは怖いな……」
「ご、ごめんなさい」
「だけど……うまくいったようだ」
アインスは、フィアの駆け抜けた直線上を見つめる。
そこにブラウが仰向けで倒れていた。
ツヴァイとドライは、その光景に絶句する。
スマホのキャッチを利用した超加速と、世界法則の無敵時間を利用した大打撃。
つまりそれは──
「フィア、私たちの勝ちだ」
一撃必殺の電光石火である。
「こ、これ……本当に僕が……?」
ドライが駆けつけて、フィアに抱きつく。
「……フィア、すごい!」
「ア、アインスさんのおかげだよ。全部作戦を考えてくれて」
「……だけど、そのヘンテコはフィアのもの。フィアの価値。貴方だけの必殺技」
「僕の……価値」
ツヴァイは立ち上がることもできず、それでも地面を這いながらこちらへやってくる。
「……ふん。これが実験の成果ってワケ?」
「ツヴァイ……」
アインスは目を伏せる。
「何よ、その顔は」
「いつも君に……負荷をかけすぎている」
「これはあたしが言い出したことだから。それに、もうとっくに決めたことよ。あんたは世界を変える。そして……あたしはあんたの剣」
「……ありがとう」
レイスが4人の元に歩み寄る。
「姉さん」
フィアは顔をあげて、吸い込まれそうなほど美しいレイスの瞳を見つめる。
「とても……とても立派でしたよ」
仲間とともに守り抜いた、何よりも大切なその存在を──
レイスは深く頭を下げる。
「みなさん……本当に……本当にありがとうございます」
エーデルブラウ隊長・ブラウ。
vs
ナンバーズリーダー・アインス。
ナンバーズ戦闘員・ツヴァイ。
ナンバーズ戦闘員・ドライ。
──および、フィア。
「べ、別にあんたたちのためじゃないわよ!」
「……礼には及ばない。一度これ言ってみたかった」
「ふふっ、締まらないな」
勝者、
アインス&ツヴァイ&ドライ&フィア。
「さぁ、姉さん」
よって、
冒険者ギルド・エーデルブラウ。
vs
非公認ギルド・ナンバーズ。
「帰ろう。僕たちの家に」
──勝者、ナンバーズ。




