最後の切り札
何かを地面に引きずる音が聞こえてきて、ブラウはそちらに視線を向ける。
「はぁ……はぁ……」
息を荒げながら、レイスが大剣を引きずってこちらに近づいてきていた。
先ほどツヴァイが能力で出したゲオルクのもの……まともに持ち上げられず、剣先が地面から離れていない。
「何をしている?」
レイスは返事をする代わりに、キッとブラウを睨みつける。
ブラウは立ち上がり、彼女の元に歩み寄る。
「なぁ、もうやめろ。闘いは終わったんだ。これから俺が行うのは『後処理』のようなもの……手間を取らせるな」
「……いいえ。闘う意志を失わない限り、闘いは終わりません」
「違うな。戦術を失ったとき、闘いは終わる。そこから先はただの空想に過ぎない。だが、まぁ──」
ブラウは、レイスの後ろに立つフィアへと視線を移す。
「そこで震えているガキよりはいくらか骨がある」
レイスが叫び声をあげて、ブラウに飛びかかる。
大剣はようやく地面を離れ、ゆっくりと彼の体を目がけて浮き上がる。
鈍い音とともに、レイスの体は叩き飛ばされる。
剣がたどり着くよりも先に、ブラウの裏拳が彼女の頬を打ちつけたのだ。
「姉さん!」
駆け寄ろうとするフィアに、ブラウは問いかける。
「……で、お前はやるのか? やらないのか?」
フィアが動きを止める。
恐怖で体が硬直する。
……あれだけ強かったナンバーズが全員やられた。
僕のせいだ。
僕なんかに関わらなければ──
一体、何を夢見ていたんだ。
僕たちはヘンテコで、奴隷だ。
何かを変えられるはずがない。
ギフトに敵うはずなんてなかったんだ。
──確かめようか。君の能力の価値を。
アインスの言葉が頭をよぎる。
ヘンテコは不要なもの。奴隷に価値なんてない。そう体に叩き込まれて生きてきた。
──あたしの価値はあたしが決める。
僕たちが無価値であることは、世界に定められているんだ。
蔑まれ、心をへし折られ、尊厳さえ奪われていく。
──時に命より大切なもの。それは尊厳。
恐怖に屈することは、いけないことだろうか。
誰だって命は惜しい。
自由を奪われたって、人として扱われなくたって、かろうじて生きていたいと思うことは、いけないことだろうか。
体の震えが止まらない。
……ごめんなさい、みんな。
……僕は、もう闘えない。
ブラウの後方で、アインスはゆっくりと立ち上がる。
何も言わず、フィアに視線を向ける。
フィアとアインスを繋ぐ直線上、そこにブラウは立っている。
2人の距離はおよそ10mほど。
アインスは右手をポケットに入れて、その中にある物に触れる。
……嘘はついていない。
時間停止能力を崩す策は、もう残されていなかった。
ギフト保持者を倒すもっとも現実的で効率のいい方法は『奇襲』……これは変わらない。能力を発動する暇すら与えずに倒せるなら、それが最善だ。
だからアインスは、仲間をも欺く必要があった。策を見破られ、いよいよ万策尽きたと。
……失敗は許されない。
闘いとはカードの切り合い。
この『切り札』は、必ず成功するという条件が揃わなければ切れなかった。
ギフトを見破り、能力の特性を理解し、罠に嵌める。
そしてそれをあえて見破らせて、万策尽きたと思い込ませる。
自身の勝利を確信し、最大の油断が生じる。
そして、直線上・距離──この配置を完成させた。
ギリギリ。
本当にギリギリだった。
これだけの傷を負い、仲間が痛めつけられ、それでも無様にも、私たちはこの最終局面へとたどり着いた。
あとはフィアに『闘う意志』さえあれば、すべての条件が揃う。
まだ出会って1日も経っていない。
私はフィアのことを何も知らない。
だから、信じるしかなかった。
かけがえのない大切な姉との人生……レイスとともに育んできた彼の勇気を。
さぁ、ブラウ。
私たちの用意した最後の切り札を受けてみろ。
清算の時間だ──




