失われた策
一方、アインスは追い込まれ、冷や汗を流す。
能力を攻略したなんて、ただのハッタリだ。
もうブラウに油断はない。このカラクリにたどり着かれたなら、時間停止能力に太刀打ちできる策はもうない。
迂闊に能力を発動できなくなった今こそブラウを仕留める最大のチャンスだ。
しかし、そもそもが大人と子ども。
能力を使わない単純な戦闘でもブラウを倒せるのはツヴァイしかいない……けれど彼女は満身創痍。
ならどうしてこの膠着状態が起きているか、それは私の戦闘能力がまだ未知数だからだ。直前でツヴァイの剣技を目の当たりにしたブラウは、私の力をも警戒している。
つまり、私がまともに攻撃を仕掛ければ、私が非力であることに気づかれる。
しかし、このまま何もしなくても『打つ手がない』と言っているようなもの。
彼の後方から、ツヴァイがふらついた足取りでこちらに向かってきているのが見える。
いや、もう限界だ。
あの様子では闘えない。
……私がやるしかない。
アインスは地面を蹴る。
そして剣をブラウ目がけて振り抜く。
しかし、それはあまりにも容易く防がれてしまう。
「……くくっ」
ブラウは笑う。
「はははっ! なんだこの軽い攻撃は! C級……いや最低ランクのD級冒険者よりも劣るんじゃないか?」
「……つ、突かれたくないところを……」
「こんなか弱い腕であんな大見得を切っていたのか? 途端にお前が可愛く見えてきたぞ、アインス」
「気持ち悪い発言を……するな!」
蹴りを仕掛ける。
しかしブラウは空いている手で軽々とそれを掴み、アインスは体勢を崩してその場に倒れる。
「くっ……!」
「頭だけの女だったか」
ブラウは冷静さを取り戻す。
……そうだ、何を焦っている俺は。
どれだけ知力があろうと所詮は子ども。
色々と見えてきた。
あのとき、俺は何かに足を引っかけ、その直後に弓矢が襲ってきた。おそらくあれが『起動装置』の役割だったのだ。
目を凝らすと、光を反射して何かが張られていることに気づく。
あれは……糸。
糸だ。
先ほどまでアインスが立っていた前方付近、つまり俺が襲撃を受けた場所に糸が張られている。
糸が張られているということは、括りつけている『2つの物体』がある。
糸の続く先へと視線を移していく。
片側は、俺から見て右方向の崖へと続いていた。そこにはアインスの持っていた双剣の片方が突き刺さっている。
あの剣の柄に糸を括りつけ、崖へと投げたのだ。俺がツヴァイに気を取られている間に。
そして糸のもう片側は、左方向のドライの元へと伸びている。
なるほど……そういうことか。
カラクリはこうだ。
双剣を崖に突き刺し、そこに括りつけた糸をアインスの立つ前方付近を通過させ、ドライの元へと伸ばす。
そして糸の先端を輪っか状に結び、ドライの背中を回してから、弓矢を極限まで引いた状態の『指』に引っかけておく。
『崖に刺さった剣』と『ドライの指』とを繋ぐ『糸』を限界まで張っておけば、アインスの前方付近に『仕込み罠』が完成するということだ。
ドライはあらかじめ、罠の方向へと弓矢を向けておく。
時間の停止した世界で動けるのは俺しかいない。
つまりあの弓を放ってしまったのも『俺自身』だということ。
張られた罠に足を引っかけることで、それは糸を介してドライの指を動かし、その指で押さえていた弓を射つまでに至った。
能力発動中に発生した運動エネルギーは通常どおり動くことから、弓はまんまと罠に嵌った俺の左腕にまで届いたのだ。
時間停止能力の特性を見抜き、ツヴァイに気を取られている間にこれだけの罠を用意し、更にはターゲットを自分に仕向けるよう『なんでも収納』で単発型の絶対防御を発動させた。
ギフト発動時、俺が毎回『正面』から攻撃している癖もおそらく見抜かれていたのだろう。
それなら、ヘンテコと『双剣』とを関連づけさせたのも狙い通りか?
腕さえ切り落とせば問題ないと油断させて、その実は能力を使うこともなくスカし、俺を嵌めた。
そこまで考えて、ブラウは寒気を感じる。
一体……。
一体なんなんだ、こいつらは。
このカラクリに気づかなければ、今度こそ俺は同じ罠で殺されていたかもしれない。
アインス。
こいつの策略は、俺の喉元にまで届きうる。
アインスは地面に倒れたまま、冷や汗を流す。
おそらく……見破られた。
この罠は見破られてしまえば、もう二度と使えない。
そして、私にはもう時間停止能力を崩す策がない。
頼りのツヴァイは立っているのがやっとで、私の体もボロボロ……。
「よう。冒険者になってから、傷を負ったのは初めてだ」
ブラウはアインスの腹に刺さった矢を掴み、一気に引き抜く。
「ぐぅっ……!」
そこから血が噴き出し、痛みに目をつぶる。
ブラウはアインスの体の上に腰をおろし、彼女の顔を眺める。
「……アインス!」
ドライが矢を放つ。
ブラウの体から赤色の電気が放出し、矢は消える。
いや、それは矢を放ったはずのドライの右手に突き刺さっていた。
「……っつ!?」
ブラウは語り出す。
「同情するよ。強力なギフトを獲得できていたら、お前らには世界を変え得るほどの力があったかもしれない。ヘンテコでさえなければ、な」
「同情なんて……いらない」
「そうだろうな。同情はしても、お前らみたいな脅威を放置するわけにはいかない。お前らは全員ここで殺すし、あの女も犯す。結果は何も変わらない。お前らは、何も変えられなかった」
ブラウは、拳を握りアインスの顔を殴りつける。
「命乞いはするか?」
「し、しない……」
「そうか」
何度も、何度も殴りつける。
唇が切れて、血が飛び散る。アインスの目からは涙がこぼれ落ちる。
「これが暴力……人間の信念をへし折る唯一の手段だ。痛みを負ったときだけは、それ以外のことを考えられなくなる。今、お前が敵には決して見せたくない涙を流してしまったように。どんな偉人であろうと、奴隷であろうと、この原則は変わらない」
血に染まった拳を見つめ、ブラウは言う。
「心が体を凌駕することはない」
ようやく2人の元にたどり着いたツヴァイが大剣を構える。
ブラウはそちらを一瞥し、鼻を鳴らす。
赤色の電気が放たれると同時に、ツヴァイの体が後ろへと吹き飛ぶ。
「お前らはまだ殺さない。この女が拷問にあうのを、何もできず眺め続けるんだ」
ドライが体を震わせながら、問いかける。
「……ア、アインス。わたしは……わたしはどうすればいい……? な、なにか策は……」
アインスは痛む唇を動かす。
「……ドライ……もう策はない」
ドライは力を失い、持っていた弓矢を地面に落とす。




