停止した世界
ブラウは停止した世界で立ち上がり、あたりを見回す。
誰も動かない、動けない。風すら吹かない。
すべての運動エネルギーが停止した世界。
精神を研ぎ澄ますことで発動できる時間停止能力。そして発動さえしてしまえば抗う術など存在しない、完全無欠のギフト。
能力切れを狙っているなら無駄だ。このギフトは持続型の制限こそあるが、能力切れに影響するようなものではない。
誰も勝てない。
勝てるはずがない。
ブラウは、ゆっくりとツヴァイに歩み寄る。
これほどの力を持つ剣士でありながら、何故噂にならない?
油断していた。
こいつはすぐにでも処分しなければいけない。
剣を抜き、その切っ先をツヴァイの心臓に突き刺そうとするが──
「チッ」
ツヴァイの体に触れた剣は、拒絶されるように弾かれる。
彼女の手、そして現れたゲオルクの大剣は紫の電気が纏っている。
ブラウは思考する。
なんでも収納、と呼んでいたか。
おそらく収納できる物体は1つまで……収納した状態であれば、その物体を『出現』させることしかできない。
出現させる際にも電気が発生するということは、これは能力の『解除』ではなく『発動』という扱いになる。
正確には、こいつの能力は『物を出し入れする能力』だ。おそらく敵を欺くためにあえて『収納する能力』と呼んでいるのだろう。
つまり収納していた物を出現させる際にも5秒間の絶対防御は起きる。
そして、この停止した世界では5秒は永遠となる。
今はどう工夫をこらしても、こいつを傷つけることはできない。
「……やってくれたな」
アインスという女は、ここまで見越してヘンテコを発動させたのだ。
だが、それが何になる?
ただの時間稼ぎでしかない。
次に俺が能力を発動させたとき、確実にツヴァイの息の根を止めることができるのだから。
それに──ブラウは振り返る。
アインス、お前が絶対防御を使えない持続型のヘンテコだということは、カールとの戦闘を見てわかっている。
つまり傷つけ放題ということだ。
ブラウはゆっくりと歩みを進める。
アインスは腹に矢が刺さったまま、叫び声をあげて大きく口を開けた状態で停止している。
アインスの目の前にいたはずのドライは、離れた場所で弓矢を構えていた。
そしてその弓の指す先は──アインスの方向だった。
……なんだ? 本当に仲間割れか?
意味がわからない。
いや、考えろ。これは何かの策略に違いない。
よく見ると、弓矢の角度は微妙にズレている。
アインスではなく、『アインスの前方付近』に向けられているのだ。
そして彼女の両手──双剣を武器にしていたはずなのに、今は片手にしか剣が握られていない。
もう片方はどこにやった?
アインスのヘンテコ……たしか先ほどカールのイヤリングに対して使用していた。
イヤリングは能力の影響を受けて、その片割れ──カールの左耳のイヤリングへと飛んでいったように見えた。
ペアになっている物体に影響を与える能力か?
ならば、その双剣も能力の影響を受けるはずだ。
……やはり何かを狙っている。
俺が能力を解除すると同時に、ヘンテコを使って何かを仕掛けてくるはずだ。
それならやるべきことは1つ。
アインス、お前の作戦にはその双剣が不可欠なんだろう?
ならば、その片腕ごと切り落としてやる。
いや、念のため両腕だ。
能力が使えなければ、お前の作戦は破綻する。
ブラウはほくそ笑み、剣を持つ腕をあげる。
そしてアインスの元へと足を踏み込んだ、そのとき──
「ん?」
何かが足に触れる。
微かに、圧迫感があった。
次の瞬間──
「……っ!?」
勢いよく飛んできた矢が、ブラウの左腕を貫いた。




