奴隷の町
「見えてきたわよ、アインス。あれがサンブルクね」
アインスは額に浮かんだ汗を拭い、口元を緩ませる。
「ようやく辿り着いたな。『ヘンテコ』の町」
「優秀なヘンテコ使いが見つかるといいわね」
「そうだな。……わかってはいると思うが、あの町の人間を救おうなんて考えるなよ、ツヴァイ。今はまだ──」
「わ、わかってるわよ」
言葉を交わすアインスとツヴァイ。2人の少女の後ろを、もう1人、無口な少女が歩く。
3人の『非公認冒険者』は、サンブルクという町を目指す。
一方、サンブルクの町は喝采で賑わっていた。
町民は恐怖を押し殺し、4人の冒険者たちを讃える。新進気鋭、今もっとも国中を騒がしている冒険者ギルド『エーデルブラウ』が町を訪れたのだ。
依頼達成率100%、危険度Sクラスの魔物さえ傷ひとつ負わず討伐したことで彼らの実力は確かなものとなった。ギルドマスターである『ブラウ』という男のギフトは謎に包まれているが、歴代冒険者で最強ではないかという噂まである。
「こ、これはこれはエーデルブラウ御一行様! こんな奴隷の町にようこそおいでなさいました!」
下卑た笑顔を浮かべる小太りの男。彼はギフト保持者であり、普段はこのヘンテコ保持者だらけの町を支配する町長だ。
町長は脂汗を滲ませながら、目の前の最強ギルドにへりくだる。
「して、本日はどのようなご用で……?」
ブラウは自慢の前髪をかき上げ、フッとキザったらしく笑いながら答える。
「なに、たまたま近くを通りがかってな。強者たるもの、陰で国を支えるヘンテコたちの様子も確認しておかなければ」
「おお! さすがはブラウ様! いやはや……こんな小さい町ですが、武器工場に加えて、冒険者に送る食料のために農場や牧場だってありますから、好きなだけ物資を補給していってください。奴隷たちはそのために働いていますから。とくに魔物からとれる素材で製糸した冒険服がとても有名でして──」
ブラウは後ろにいるギルドメンバーに聞こえないよう、町長の耳元で話しかける。
「フッ、それはもちろんだが……町長よ、この町の美しい女を1人用意してくれ」
「はっ、女でしょうか」
「そうだ。冒険というのは過酷なものでな、疲れを癒す『手頃な女』が必要なんだ。意味はわかるだろう? 俺のギルドにも女は1人いるが……あれは気が強すぎてダメだ」
「へ、へい! ブラウ様の頼みとあらば」
「後ろのアイツらには奴隷を飼うとだけ伝えてある。ああ、希望の年齢だが──」
「そ、それは大丈夫なのですが……本当にヘンテコなんかでいいんですかい? 冒険のお荷物になるんじゃ……」
「ふん、ヘンテコなど使い捨てに決まってるだろう。魔物が現れたら囮用の餌にでもする」
「な、なるほど! ではすぐにご用意いたします。冒険者御一行様は宿屋で寛ぎながら待ってくだせい!」
ブラウは笑う。
やはり女はヘンテコに限る。ギフト使いなど、いつ自分の寝首をかいてくるかわからないからだ。
最強と謳われるブラウでさえも、得体の知れないギフトは警戒しなければならなかった。
エーデルブラウの来訪に喝采でこたえる町民たちの口元はどこか引きつっている。少しでも無礼を働けば、彼らの剣は自分たちの首から上をはねるに違いないからだ。
町民たちの顔には、国章の焼き印がむごたらしく刻まれている。ギフト保持者とヘンテコ保持者とは、外見だけでは区別がつかないためである。ヘンテコ能力に目覚めた者には、必ずこの焼き印がつけられる。それが奴隷の証だ。
ギフト至上主義の世界で、強力なギフトを持つ冒険者に歯向かっては生きていけない。
──サンブルク。
世界最大の軍事国家・シュバルツ王国の最北端に位置する、人口10万人にも満たない小さな町だ。
中央地にそびえ立つ高さ12mもの巨大な国王像は、いかなる時も威厳を放ち、町民を監視しているかのように見える。
魔物が現れて以降、ここは冒険者という職を支援すべく、町そのものが生産工場となり日夜『奴隷』たちが働いている。奴隷はすべて、国から人権を剥奪されたヘンテコ保持者だ。
世界の総人口のうち、ヘンテコの能力が目覚める人間は1%にも満たない。それ以外は全員ギフト保持者だ。
ギフトにも優秀な能力と使い勝手の悪い能力と様々だが、いずれのギフト保持者にも『ヘンテコよりはマシだ』という共通認識がある。
教育機関では、いかにギフトという能力が有用でありヘンテコがこの国にとって不要なものかを徹底的に叩き込まれる。
冒険者による魔物討伐の報酬や、ギフト保持者を傭兵として雇い入れるために国は莫大な予算が必要だった。シュバルツ王国は、ヘンテコ保持者に限界まで負荷を集め、金を巻き上げることでそれを調整したのだ。
ヘンテコ保持者なら仕方ない。奴らは何の役にも立たない。不要な存在だ。そう国民に植えつけながら。
奴隷の町・サンブルク。
人権を剥奪されたヘンテコ保持者が奴隷として働き続ける町。
ここでの少年少女の出会いが全ての始まりだった──