予感、駆け引き、指定
ブラウはゆっくりと歩みを進め、アインスとドライの元に近づいてくる。
「何が起きてるかわからねぇだろ。お前らはそのまま何も理解できず死んでいくんだ」
再び、赤い電気。
アインスは全神経を注ぎ、その能力を分析すべく目を凝らす。発動の瞬間を決して見逃すまいと。
しかし──
ブラウの姿が消える。
瞬きする間もなく、突然彼の姿を認識できなくなってしまった。まるで世界から消失したかのように。
これは……透過能力なんて生半可なものじゃない。
後方から悲鳴があがる。
振り返ると、ブラウがレイスを背中側から捕らえ、その顎元に手を滑らせていた。
レイスは上半身の服をすべて切り刻まれ、白い肌が露出していた。
「おい……何してる」
「何って、お前らが嫌がりそうなことだよ」
舌を出し、レイスの首元に当てる。
「っ……姉さんを離せ!」
飛びかかるフィアに対し、ブラウは体をねじり蹴りを入れる。
「うぐっ……!」
「雑魚は黙って見ていろ」
ブラウはアインスたちの方を見る。
「この女を助けに来たんだろ? ほら、早く助けてみろ」
「さすがの私も感情的になりそうだ」
ドライはすかさず、ブラウ目がけて弓を放つ。しかしそれは明後日の方向へと飛んでいく。
「ハッ、この女に当てるのが怖いのか。自分の力を信じていたら狙えたはずだ。お前が弓を外したのは、お前が臆病だからじゃない。力がないからだ」
「……うるさい」
もう一度弓を構える。その手はわずかに震えている。
アインスが駆ける。双剣を構え、ブラウの元へ一直線に。
攻撃が当たるとは思っていない。とにかく今はギフトを発動させるのだ。でなければ、能力は分析できない。
大地を強く蹴り、加速する。一気にブラウの懐まで飛び込む。
「はぁぁ!」
そしてその体に斬撃を入れようとするが──
「ふん」
ブラウが鼻で笑うと、赤い電気が走る。
アインスが双剣を振り切った先に、既に彼の姿はなかった。
いや、ブラウだけじゃない。捕らえられていたレイスまでもがいなくなっていた。
即座にあたりを見回す。
アインスからもドライからも離れた場所に2人は立っていた。
剣を抜き、その刃をレイスのスカートへと当てていた。
「次は下にするか? なぁ、早くこいつを助けてやってくれよ。俺の能力ならもうわかっただろ? 見ての通り『テレポート』だよ」
……いや、ハッタリだ。
アインスは思考する。
ゲオルクのようなバカ正直な人間でもない限り、自分の能力を明かすなんてマネはしない。
1回目の発動時では、瞬間的にツヴァイへと攻撃を当てていた。
2回目の発動時では、レイスの服へと。
テレポートだけでは説明がつかない。
それに……やつの自信。
テレポートも決して弱い能力ではないが、あまりにもブラウの態度との釣り合いが取れないのだ。
もっと凶悪な能力でなければ、違和感がある。
アインスは嫌な予感を覚える。
いや……まさかそんな能力が……。
もしもこの予感が当たっているなら、私たちは『今すぐにでも皆殺しにされる』可能性がある。
だとすれば、この仮説の真偽を確かめるよりも先にやらなければいけないことがある。
アインスは考える。
駆け引きにおいて最も重要なのは、相手の思考を『読み取る』ことではない。その上で相手の思考を『制限・指定』することだ。これは社会でも変わらない。動かすのだ。自分の意のままに。
考えろ、ブラウという男の性質を。
身内だけが安寧な日々を過ごせる世界という夢を掲げながら、仲間がやられるのを見過ごすという矛盾。
それに対して『仲間の弱さを確かめる』という幼稚な言い訳。
信念とはなんら関係ない性欲を満たすための行動。
力の誇示。
挑発的な態度。
プライドの高さ。
支配欲。
突き詰めれば、自分の考えを否定されるのが嫌いなだけの子どもだ。大層な信念なんて掲げていない。
ただそんな人物が、見合わない強大な力を手に入れてしまっただけ。
『力に溺れた子ども』……これがブラウの正体として一番しっくりくる。
それなら──
「ふふっ。ブラウ、そんなことをしても私たちは折れないよ。本当は怖いんじゃないか?」
ブラウが眉をピクリと動かす。
「怖い?」
「そう。自分の考えが否定されてしまうことが怖いんだ。仲間がやられ、今まで見下してきたヘンテコが、自分の力を目の当たりにしても迷うことなく立ち向かってくる。だからただ殺すだけでなく、屈服させたい。絶望を与えるためにわざわざそんなことをする」
「……」
「だけど、そんなことで『ごめんなさい私たちが間違っていました。どうか命だけは見逃してください』なんてお願いすると思ったか? 敵に屈するくらいなら、死んだ方がマシだね」
「言いたいことはそれだけか?」
「まだ言ってほしいのぉ? 悔しくて泣いちゃわない〜?」
「……くくっ」
ブラウは笑い出す。
「はははっ! いいな、お前。最高だ。俺はお前が泣きながら命乞いするところがどうしても見たくなったぞ。よく見ると顔もそう悪くない……興奮できそうだ」
「それはどうも。でも私はおつむの小さい男には興味なくてね」
赤色の電気が放たれ、ブラウが能力を発動させる。
やれるだけのことはやった。
アインスは覚悟を決める。
……痛いのは我慢しなきゃいけない。
「っ……!」
左足に痛みが走り、アインスは体の支えを失い倒れる。
切られたが傷は浅く、歩けないほどじゃない。左足から地面に流れる血を見て、アインスは口端をあげる。
変わらず、ブラウはその場から動いていない。
「……アインス!」
「ドライ、心配いらない。それより……君の荷物には確かサンブルクで手に入れたいくつかの物資があったね?」
「……うん」
「使えそうな物があるかもしれない。いつでも取り出す準備をしててくれ」
「……わかった」
アインスは立ち上がり、正面の地面を確認する。
「さすがにわからないか……」
確証を得るにはまだピースが足りない。やつの能力の痕跡を残す『何か』が必要だ。
「どうしたぁ? さっきの威勢は」
笑うブラウに対し、アインスの表情は引き締まっていく。徐々に、思考能力が研ぎ澄まされていく。
わずかな盤面の動きも見逃してはいけない。




