vsカール『だから君は負ける』
カールは慎重にドライの元へと歩み寄る。途中で何度か石を拾い、彼女の近くに投げ込みながら。
周囲からは突然石が浮き上がり飛んでいくように見えるはずだ。そこから場所を特定されないよう、ジグザグに歩きながら進んでいく。
透過能力。
一緒に透明にできるのは、能力発動時に身につけていたものだけだ。
カールはほくそ笑む。
……待っていろ。この槍でその心臓を突き刺してやる。
ドライは顔中に汗を流しながら、聴覚を研ぎ澄ます。投げ込まれる石の音がノイズになりながらも、弓矢をしっかりと構え、決して足音を聞き逃すまいと。
すぐ近くで石が浮き上がり、飛んでくるのが見える。
ドライは咄嗟に弓を放つ。
しかし当たらない。
……もうすぐそこまで来ている。そして、能力の限界も近い。
ドライは、いざとなれば自己犠牲も惜しまない覚悟だ。自分が槍に貫かれれば、アインスに敵の居場所を知らせることができるのだから。
カールは邪悪に顔を歪める。
あと少し……あと少しでこの槍の届く距離だ。
そのとき、アインスの叫び声があがる。
「土だ! ドライ、土を撒け!」
そしてアインスは、ドライに向かって一直線に走り出す。
ドライは慌てて弓矢を手離し、地面の土を掴む。
そしてそれを周囲に向けて勢いよく撒く。
カールは、ドライの突然の動きに思考が停止する。
撒き散らされた土をその体で浴びてしまう。
そしてすぐに気づく。
そうか、しまった──この体についた土は奴らから見れば『空中で静止している』ように見えるのだ。
居場所を知られてしまう。いや、しかし奴は弓矢を手離している。もう一度構えられる前に服を脱ぎこの場から──
目まぐるしく回る思考の最中、後方から強い衝撃を受ける。
「かはっ……」
思わず、息が漏れる。
駆けつけたアインスがカールの背中に突進したのだ。
「予想通りだ」
何もなかった空間から、カールの姿が浮かび上がっていく。
その体に向けてアインスは双剣をふるう。
カールは体をねじりその斬撃をかわそうとするが──
視界に、何かが飛び跳ねるのが見える。
耳?
耳だ。
赤い雫とともに、誰かの耳が飛んでいる。
「う、うわぁぁぁあ!」
「ふふっ。情けない悲鳴だね。たかが耳1つで」
カールはさきほどまで右耳のあった箇所を押さえ、その場にうずくまる。
「よ、よよくも! よくもぉぉ!」
「あまり頭は回らないみたいだね」
アインスは、切り落としたカールの耳を拾う。そこには高価そうなイヤリングがついている。
「単純な対策に引っかかる。せっかくの透過能力なのに、ジャラジャラと音が鳴りやすい装飾品まで身につけている。あまりに能力を活かしきれていない。次に透明になるときは、耳から血が垂れ落ちないように気をつけることだね」
「だ、黙れ! 黙れ黙れ黙れ!」
赤色の電気。
カールは大きく息を吸って、また姿を消す。
そのタイミングでドライが膝をつく。
顔中に大量の汗を流し、呼吸も乱れているようだ。
「……も、もうダメ。能力切れ」
アインスはドライの元に駆け寄り、肩にそっと手を置く。
「ドライ、本当によくやってくれた」
「……役に立てた?」
「ああ。これで勝つための条件は整った。最後に簡単な仕事だけ頼める?」
「……あんまり難しいことはできない」
「大丈夫。たった一度、弓を射つだけだよ」
「……わかった」
ドライが立ち上がり、ゆっくりと弓矢を構える。
その光景を見て、カールは笑う。
能力切れだ。
あの能力さえなければ、音が聞き取られることはない。あとは土を浴びないようにだけ気をつければいい。
散々コケにしてくれたな……ヘンテコごときが。
カールが勝利を確信した、そのとき。
「──誇大性能力症。しばしばギフト保持者に見られる病気だよ。自分を特別な能力者だと過大評価し、ギフトを誇示する」
アインスは、切り落とした耳を見つめながら話し始める。
「切り落とされた肉体は透過できない。これも1つの情報。能力は見せれば見せるほどに正体が割れていく」
そして、その耳からイヤリングを引きちぎる。
「だから能力は使うべきタイミングで使わなければいけない。私たちに力の差を見せつけたかったんだろうけど、そんなに連発しちゃ『能力を暴いてください』って言ってるようなものだよ。現に、君は透明になってばかりでまだ一度もその槍を使っていない」
耳を放り捨て、アインスは続ける。
「だから君は負けるんだ。もう透明になっても意味はない。姿が見えなくても、世界のどこに逃げても関係ない」
そのイヤリングを持つ手から、バチバチと黄色の電気が放出される。
「──ヘンテコ発動」
イヤリングはアインスの手から離れ、ひとりでに動き出す。
ヘンテコ『マッチングペア』。能力を受けた物体は自らの片割れを探して飛んでいく。どこまでも、どこまでも。
もう片側の耳につけられたペアのイヤリングを求めて。
たとえそれが目に見えなくても、世界のどこにあっても。
まっすぐに進んでいったイヤリングはやがて空中でピタリと止まり、その後、地面に落ちていく。
「ドライ、射て」
「……了解」
弦がしなり、矢が放たれる。正確にターゲットへと飛んでいった矢は、やがて空中で静止する。そこから少量の血が飛び散る。
「なっ……なんで……!?」
言葉を発すると同時に、そこからカールの姿が浮かび上がる。
左肩に刺さった矢の痛みに、顔を歪めながら。
カールは混乱する。
息が荒れる。
何故、何故──思考は何度も反復する。
矢を放つと同時に駆け出していたアインスは、既にカールの目の前まで辿り着こうとしていた。
カールは慌てて槍を突き刺そうとするが、痛みと動揺でただ闇雲に放つそれを、アインスは軽々とかわす。
跳躍し、その膝をカールの胸元に勢いよくぶつける。
「ごはぁっ……!」
口から唾液が溢れ、その場に崩れる。
「がぁっ……げほっ……!」
「君が能力を解除する理由をずっと考えていた。君は姿を現すとき、毎回『声を出していた』ね。思えば、透過するときは大きく息を吸っていた。持続型の能力には制限がかかっているものが多い……つまり導き出される君のギフトは『息を止めている間だけ体を透明にできる能力』だ」
カールは地面に向かって何度も咳き込み、言葉を発せない。
「横隔膜に打撃を与えた。もう透明にはなれない。君の負けだ」
ドライがやって来て、アインスの隣に立つ。
「……わたし優秀賞?」
「あっちも頑張ったみたいだから、君とツヴァイでダブル受賞だね」
「……えへん」
さて、とアインスはカールを見下ろす。
「とりあえず足を切って動けないようにだけしておくか。まだ闘いは終わってないからね」
「ひ、ひぃぃ!」
悲鳴をあげて、白目を剥いて倒れるカール。
「あ、あれ。気絶しちゃった?」
「……ヘタレ」
「演技かもしれないけど、まぁこれだけダメージを与えてたらロクに動けないか。戦意も喪失してるだろうし」
「……放っておこう」
2人は、ツヴァイの方を見る。
「……フィアがツヴァイを抱き締めてる」
「ふふっ。支えてるだけだよ。……相当無理したみたいだね」
エーデルブラウ隊員・カール。
vs
ナンバーズリーダー・アインス。
ナンバーズ戦闘員・ドライ。
「さぁ、あと1人だ」
──勝者、アインス&ドライ。




