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vsゲオルク『力の道』


 フィアとレイスは再会を果たし、2つの闘いを見守ることしかできなかった。

 戦局として、もっとも危険なのはツヴァイだ。

 身体強化を施したゲオルクを前に防戦一方……いや、そんな生やさしいものではない。

 なんとか致命傷を回避しながら、ただ一方的になぶられ続けている。

 何度目かの剣撃によりまた弾き飛ばされ、体中ボロボロになりながらも立ち上がる。

 とても見ていられない──フィアが目を背けようとしたのを、レイスが制する。


「目を逸らしてはいけません。あの子たちは私たちのために、そして自分のために闘っているのですから」

「……姉さん、僕知らなかったんだ。世界にこんな人たちがいるなんて。ヘンテコは弱くて、何の役にも立たなくて、だから僕たちが奴隷なのは仕方のないことなんだって、そう自分に言い聞かせて生きてきた」

「……ええ。私もはじめて見ます。今まで出会ってきた誰よりも、彼女たちは強い」


 ツヴァイは感覚を研ぎ澄まし、徐々にゲオルクの動きを捉え始める。この歳でここまでの戦闘センスを持つ者はそういない。

 しかしそれでも、身体強化を施したゲオルクの攻撃をかろうじて捌くことしかできない。


「ヘンテコがギフトに立ち向かうなど、聞いたことがない。お前らは、あのレイスとかいう女の知り合いか?」

「……あいにく顔もはじめて見たわよ!」


 ゲオルクの攻撃を剣でいなし、地面に踏みしめた(かかと)を軸に体を右に一回転させて、その勢いを乗せた高速の斬撃を放つ。

 ギフトを発動されてから、はじめての攻撃。

 しかし、常人であれば視認すら難しいその刃をゲオルクはなんなくかわす。


「そこの少年が困ってたもんでね」

「人助けだとでも言う気か? 馬鹿げている。世界にどれだけのヘンテコがいると思っているんだ? 皆、奴隷や(なぐさ)み者だ。まともな人生を送っている者などいない」

「だから助けるのよっ!」

「お前が、全員をか? たかが女1人を救うために死にかけているお前が? イカれている」

「……たかが? たかがですって?」


 ツヴァイが左足を大きく踏み込もうとする。

 動体視力まで強化されているゲオルクには、彼女が渾身の一撃を繰り出すことが容易に先読みできる。

 体が突っ込んでくるであろう空間に剣をふるう。これで終わりだ──そう油断した。


 動体視力の強化は『弱点』にもなり得る。ツヴァイはそう理解していた。

 人間は外部から取り入れた情報に対して、思考とは別で『反射』を起こしてしまう生き物なのだから。

 ツヴァイは足を踏み込みながらも、上体を大きく後ろに反らすことでその一撃を回避する。そしてゲオルクの剣が首の前を通過した直後、勢いよく突っ込む。

 フェイントの一撃。

 だが、ゲオルクはそれすらも反応し、後ろに飛び跳ねて回避する。剣はわずかに皮膚を掠める。

 ツヴァイにとっての命懸けの攻撃は、ゲオルクの皮膚の皮1枚を斬るまでにしか至らなかった。


「ああ、たかが女1人だ」

「あんたたちにはわからない。わかりっこない。大切なものをとられて……泣くことしかできなくて……『これは仕方ないことだ』って運命に(こうべ)を垂れてっ! そうやって諦め続けていたら、何もかもあんたたちに奪われていく人生でしょうが!」


 遠目に2人の闘いを見ていたフィアが、強く下唇を噛む。


「そうだ。お前らは奪われるしかない。そう神が定めた」

「そんな神なら、あたしがぶった斬ってやる!」


 ツヴァイは小さく息を吸い込み、神経を研ぎ澄ます。

 勁道(けいどう)、体軸、呼び方こそ様々だが、体の中には『力の道』があるといわれる。単に体幹やバランス感覚の良し悪しの話でなければ、気や念といった曖昧なエネルギーの話でもない。

 この道が開き、力を体内で正しく流すことができるなら──人は自身の筋力をはるかに凌駕する力を発揮できる。

 ゲオルクが振り下ろす剣に向けて、ツヴァイは狙いを定めた。

 左足を小さく踏み込む。そこから胴体に伝導する『上方向の力』を、次は腰の『回転する力』に流す。混じり合い増大した力を、肩の(ひね)りに、そして右腕へと。

 それら『方向の違うすべての力』を『直線の力』へと束ねて、ツヴァイはゆるやかに斬撃を放つ。

 互いの剣が触れた、その瞬間。


「──ッ!?」


 ゲオルクは驚愕する。

 身体強化で力任せに振り下ろしたその剣は、なにか爆発を受けたように後方へと強く弾かれ、彼の全身に衝撃が走る。

 腕、そして手に力を込めて、かろうじて剣を弾き飛ばされずに済んだのが救いだった。

 バカな……なんだ、今の力は?


 対して、ツヴァイも目を丸くして驚く。

 力の流れ、角度、タイミング、すべてが完璧に噛み合った。あれがあたしの最大火力の一撃だ。

 間違いなく『手から武器を弾き飛ばす』はずだった。

 身体強化はここまで……。


 剣を振り抜いたツヴァイの体はガラ空きだ。

 ゲオルクの剣を握る手は、今、自分の体の後方にある。

 ゲオルクは瞬時に思考する。

 可能であればこの剣で切り裂きたいが、剣を前方に持ってくるまでにツヴァイは体勢を立て直してしまうだろう。

 ならば──

 ゲオルクは右足を浮かし、ツヴァイの脇腹を勢いよく蹴り上げる。


「がぁっ……!」


 ツヴァイは吹き飛ばされる。

 痛みをこらえ立ち上がろうとするも、足に力が入らない。

 もう限界は近い。

 倒れているツヴァイの元に、ゲオルクがゆっくりと歩み寄っていく。


「剣士・ツヴァイ。勇敢な女だったと覚えておこう」


 そして、剣を振り上げる。


 その瞬間──



 自分でもどうして体が動いたのか、最初はわからなかった。

 フィアが地面を強く蹴る。

 思わず、レイスは駆け出す彼の横顔を見る。

 今まで一緒に暮らしてきて見たこともない、強く、まっすぐな目をしていた。


 ……姉さん、ごめんなさい。

 あそこに乗り込めば、僕は死んでしまうかもしれない。

 それでも、どうか一度だけ許してほしい。

 彼女の言葉に心を突き動かされてしまった僕を──


 駆け出すフィアを視界にうつしたツヴァイが叫ぶ。


「来ないで!」


 レイスは微笑み、言う。


「行きなさい」


 ゲオルクの背中に向かって、一直線に駆ける。

 武器も何もない、手元には姉さんから買い与えられたスマホだけ。

 それでも必死に走る。仲間を守るために。

 左手で拳を握り、叫び声をあげながら、敵の背中へと突っ込む。


 しかし──


「……愚かな」


 ゲオルクは悠々とかわし、フィアに足を引っ掛けて転ばせる。


「フィア!」


 ツヴァイの声があがる。

 フィアはすぐに立ち上がり、ゲオルクの方を向き直る。

 そのときには既に、彼の剣はフィアに振り下ろされようとしていた。


「闘いの邪魔をするな、弱者が!」


 恐怖で心臓が止まりそうになる。

 ああ……ツヴァイさんはこんな怖い思いをしながら闘っていたんだ。

 いや、彼女だけじゃない。

 アインスさんも、ドライさんも。

 1人ではきっと耐えられない。

 だから孤独を埋め合い、助け合い、闘うんだ。


 僕も──


 フィアは右手に持っていたスマホを地面へと落とす。

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