ギフトとヘンテコ
「この世界に『ギフト』という超常能力が生まれ、エネルギー保存則は完全に否定されました。今や『自然科学』という学問はなんら価値を持ちません。国からの研究資金制度はただちに撤廃すべきではないでしょうか?」
「とんでもない! 我々科学者は、元より科学が完全無欠であると主張しているわけではありません。科学とは学問であり、我々を取り囲むこの世界のまだ体系化されていない物事を科学的視野を持ってしてどこまで迫れるかという挑戦です。つまり、ギフトも立派な研究対象であり『科学の領域』なのです!」
「はははっ、面白いご冗談を! やはり聡明な学者様は考えることが違う。まさか、ギフトが数式に収まるような代物であると?」
「そ、それは……」
……
……
「なぁ、ツヴァイ。この世界はいつから壊れてしまったと思う?」
緑に覆われた丘の上……黒髪の少女は世界を見渡しながら言う。
その後ろで、『ツヴァイ』と呼ばれた金髪の少女は答える。
「何よ、アインス。今更な質問ね。100年以上も昔……『魔物』が発生してからでしょ」
ある日、世界に『魔物』が生まれた。
魔物は強靭な肉体を持ち、その凶暴性から人類の敵と見なされた。
やつらは山の洞窟や森林・海に住みつき、時に田畑を荒らし、町を襲い、人間の能動の場を奪っていった。
黒髪の少女『アインス』は振り返り、口を開く。
「そうだ、ツヴァイ。AIやドローン、スマホが当たり前に存在する……そんな私たちの世界に『魔物』は生まれた」
吹き抜ける風がツヴァイの頬を撫でて、後方へと流れていく。
草木の香りが鼻腔をくすぐる。植物たちの命の息づかい──そんな所感を抱かせた。
「最初は、簡単に殲滅できると思ってたのよね。漫画の中のファンタジー世界と違って、人間には大量の『近代兵器』があったから」
ツヴァイの言葉に、アインスは補足する。
「その通りだ。だけど……そうはならなかった。魔物には『近代兵器が効かない』という奇妙な特性があったからだ」
猟銃も、爆弾も、砲撃も、毒ガスも効かないのだ。
原始的な物理攻撃だけが魔物を退ける唯一の術だった。
きらきらと風になびく金色の髪を押さえるツヴァイ。
その左手のすぐ側、彼女の左頬には惨たらしい焼き印が刻まれている。
「だから『冒険者』って職が生まれたのよね」
「そうだ。空前絶後の危機に対し、人類は『剣技』や『弓術』を身につけ、魔物を討伐する『冒険者』という職を当てがった。けれど、それはほんの細やかな抵抗に過ぎなかった。人間の肉体は、魔物に対抗するにはあまりに脆すぎたからだ」
──では、どうしていまだ人類は生き永らえているか?
『能力』の存在だ。
世界の常識や理を大きく覆してしまう強大な力。
何もないところから炎を起こしたり雷を起こしたり、これまで『魔法』と呼ばれフィクションの世界で愛されてきたもの。
それらは総称して『ギフト』と呼ばれた。
「魔物の出現と同時に、ギフトは発現した。人間は1人1人が固有の能力を持ち、それらを戦闘に取り入れることで魔物に打ち勝ってきた」
突如としてこの現代社会に生まれた『魔物』と『能力』の存在。
この物語は、ギフトを備えた『冒険者』と『魔物』との闘いを描いた英雄譚──
──などではない。
アインスは続ける。
「歴史には革命がつきものだ。魔物討伐のための冒険者なんて、ほんの建前に過ぎない。この国は、ギフトを戦争の道具として活用しはじめた。優秀なギフトを持つ能力者に莫大な資金を与えることで傭兵として雇い入れ、他国へと侵略戦争を仕掛けはじめたんだ」
この国が成し遂げたのは、ギフトによる軍事革命。
および、それに伴うギフト保持者優位の軍事国家の樹立。
「当然、戦争には金がいる。その資金を調達するために、政府はとある社会グループから人権を剥奪した。それが私たち……『ヘンテコ保持者』だ」
『ヘンテコ』
それはギフトとは違い、なんら大したことはない、日常生活で役立つ程度のくだらない能力。
ギフトを得られなかった者には、ヘンテコ能力が発現する。
そして人間が得られるのは『ギフトかヘンテコのどちらか1つだけ』だった。
「……今やこの国では、ヘンテコ保持者を傷つけることは罪に問われない。奴隷にしても、殺しても、お咎めは無しだ。私たちは人間として扱われない」
万人の倫理と合致する正義など存在しないことを、彼女たちは深く理解している。
王とは民を導く者ではない、決断する者だ。
決断とは、何かを切り捨てること。
ならば……切り捨てられる者の痛みがわからない人間にその責務は務まらない。
アインスは、ツヴァイの元へと歩み寄る。
そして彼女の左頬──『奴隷の証』として刻まれた惨たらしい焼き印へと右手を添えて、優しく、愛しそうに微笑む。
「なぁ、私と一緒に起こそうか……『革命』」
彼女たちは優しい世界を望んだ。
弱者が理不尽に傷つけられることのない世界を。
正しく生きようとする者たちが、正しく報われる世界を。
……革命に必要なものは『力』だ。
ギフト保持者を、そして国家さえも捻じ伏せるほどの圧倒的な力。
そしてアインスは、口元を歪ませて不気味に笑う。
「……最後にものを言うのは頭脳だ」
必ず遂行してみせる。
ヘンテコが世界を変える。
これは英雄譚などではない。
これは、切り捨てられた者たちの物語。
ヘンテコな少年少女たちが世界相手に大立ち回りする『闘い』と『革命』の記録──
この作品を手に取っていただき、ありがとうございます!
本作は『能力バトルの面白さを追求したい』という強い想いのみで制作しております。
ヘンテコな能力を駆使して強大な敵に挑む主人公たちの物語を是非楽しんでいただければと思います。