第七話「溢れ出す想い。欲求の果て」
「感情ってのは、人間の一番の敵だ」ー卒業生・黒場啓(17)ー
校内では、運動会の話題で持ちきりだ。
とは言っても話題の多くは、「エアコン使用」一色だ。
無理もない。下敷き一枚じゃこの時期の暑さは凌げない。
僕だってこの環境下じゃまともに勉強に集中できない。
一刻も早く涼しい場所を作りたい。
そう。『優勝』するしかなんだ。
全ての問題に終止符を打つためにもーーーーーー
「なぁなぁなぁ?!?!奏多奏多ぁー!!お前はどう感じる!?」
この暑さにも負けない男・広川。
今日はやけに騒がしい。
「どうって何も」
「お前まじかよ?!それでも男か?!!!矢田ちゃんを見てみろよ!!!! 」
ふと矢田を見て気がついた。
「広川。今日からの衣替えのこと言ってたのか?」
「そうだよ!!奏多も感じるだろシンパシーを!いつもより露出が多い服装から漂うエロさをさ!!!」
確かによく見ると矢田はスタイルが良い。
たわわな胸がいつもより強調されている。
僕ははキメ顔で答えた。
「僕はむっつりすけべだ。このくらいで動じたら、むっつりじゃなくただの変態だ。決して顔に出さないのが真のむっつりなんだよ」
爆笑する広川の奥から、矢田がこちらを睨んでいるのが見えた。
(たまには男子高校生ノリもさせてくれ・・・)
僕の背後から負のオーラを感じた。
振り向くと、千歳がいた。
「なぁ千歳・・・一言言ってくれ。毎回びっくりするから」
「胸・・・見た」
「えっ」
無意識に千歳の胸に目線が動いていた。
矢田と比べてしまった。
「悪気はないんだ。すまん千歳」
「・・・まあ、悪い気はしないし、許します」
ふくれっ面をする彼女は可愛かった。
「それで何か僕に話があるんじゃないのか?」
「あ・・・・うん。・・遠出君、クラス指定競技は提出してくれた?」
「なんだい?クラス指定競技って」
広川が聞いてきた。
「各クラスのクラスリーダーが競技を自由に選んで提出するんだ。ジャンル縛りはないため、サッカーでも綱引きでも、団体競技なら種別は問われない。
集めた競技から学年主任がくじ引きを行い、選ばれたクラスの競技が『学年競技』になるというものだ。」
「なるほどなー。んでうちのクラスは何を指定したんだ?」
「2組は『クラス対抗リレー』を選んだ。うちのクラスは陸上部こそ居ないものの、生徒一人一人の運動神経は高いと見込んでいるからな。それにこっちには近元がいる。」
「確かにな!!期待してるぞクラスリーダー!!」
「ちょ!圧かけないでよ!広川くんっ!!」
広川に肩を組まれ絡まれた近元は少し照れていた。
「近元、ちょっといいか」
「どうしたの奏多くん」
僕は近元に話しかけた。
「今日放課後空いてるか?千歳と一緒にクラスメイトの運動神経の分析をしたくてな。どんな競技になってもすぐ選抜できるよう対策を立てて置きたい」
「私もからもお願いしたいです」
千歳も頭を下げた。
「・・今日か」
予定でもあるのだろうか。
「今日の練習、部活のOBの方々が練習に参加してくれる予定だったんだけど・・・二人からのお願いなら仕方ない。顧問に一言言ってくるよ」
「ありがとう、助かる。あとで三人で空き教室を借りに行こう」
近元は少しニヤけていた。
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旧校舎を使う人はあまり見かけない。
僕たちは人が寄らない事を理由に、旧校舎の空き教室を借りた。
先生からしたら「そこまでやるか」と思うだろう。
これも全て優勝するための一つの手段だ。
終業のチャイムがなり、僕たちは各々旧校舎に足を運んだ。
近元が教室のドアを開けると、千歳が座っていた。
「あれ・・・千歳さん一人?」
近元は千歳の隣の席に着席した。
「うん。遠出君、ちょっと遅れるって」
「そうなんだ・・・・」
静かな教室。
人気がないからか、少し肌寒い。
「・・・そえば、千歳さんとこうして話すのって、初めてかもね」
「そっ・・・そう・・かも・・・ね」
「・・・・・」
「・・・・」
「・・・ちょっと緊張してる?千歳さん」
「そっ!!そりゃ!!!緊張!!するよ・・・・・・」
「ごめん!からかってるわけじゃないから!!」
「・・・・」
「・・」
談笑したおかげで先程よりは暖かい。
空気を閉ざさないようにと、千歳から話題を出した。
「・・近元君は彼女とかいるの?」
「・・・彼女なんて、部活と勉強で忙しくて作れっこないよ。残念ながら」
「んじゃあ、気になっている人とかは・・・・・」
「・・・・・・・・それはいるよ」
照れ隠しなのか、近元は立ち上がって窓際に行った。
「でももう意識したらダメだと思ってる。その人ばかり見てしまうと、独占欲が溢れてしまって・・・危ないんだ。
自分の物にしてその人の『大切なもの』をめちゃくちゃに壊したくなるから・・・」
「・・・・・なんだ。近元君も私と一緒なんだ」
「・・・一緒って?」
「・・・・・私も好きな人がいるの。完全な片想いなんだけどね。
いつの間にか好きになってた。だけどその時にはもう彼の周りには、たくさんの人がいて、彼を必要としていた。多分私もそのひとり。
だからこそ私が彼を独占したら、彼の『大切なもの』を壊してしまうかもしれない・・・。彼の大切な人たちが離れてしまったら彼を悲しませてしまう。
嫌だけど、我慢できないこの気持ち。これを嫉妬って言うのかもね・・・」
「千歳さん・・・・」
「ごめんねこんな面白くない話しちゃって」
千歳は、机にうつ伏せにし、話を続けた。
「・・・その人には一応自分の気持ちにケジメをつけるために、告白したんだけどね。遠出君。きっと私の事振るだろうな・・・・。
覚悟はしてるつもりなんだけど、これも彼の心に漬け込んだ自分への罰だよね・・・」
「・・・・千歳さん、今『遠出君』って言った?遠出って、あの遠出奏多のこと?」
「そうだよ・・・・・」
(そうか。見つけたぞ。お前の『大切なもの』ーーーーーーーーーー)
近元は千歳に近寄った。
彼女の背後には、般若が立ち尽くしている。
「大丈夫だ、千歳さん。誰も悪くないし誰も君を見てはいない。壊したいものがあるなら、我慢なんてすることはない。」
般若は彼女に囁きながら、両手を彼女の首に触れる。
「素直になるんだ。俺みたいに全てを捨てて自分の思うがままにーーーーーー」
パシャ。
二人しかいない教室に無数のシャッター音が響き渡る。
般若は我に返り、慌てふためいた。
反射的に、千歳から手を離して顔を隠した。
「なっ、なんだこれは・・・・・」
「そこまでにしとけ『海原力』。よくも人の『大切なもの』に手を出したな」
教室の入り口には、遅れてやってき副委員長が立っていた。
「遠出・・・奏多ッ・・・・」
「ここから先はこっちのターンだ。お前の『大切なもの』を壊してやる」