第五話「牙を向けた偽善」
「友への裏りは、何よりも罪深い」ー卒業生・三ヶ島咲(17)
「『海原力』には気をつけて動くことね。彼が犯人の可能性もあるから」
心配をしてくれる矢田。
「ありがとう。だが『海原』の存在に腰を引いて、動かない訳にはいかないな。」
「ちょっと。それ大丈夫なんでしょうね?」
「当たり前だ。俺はまず過去の自分すら覚えてないんだ。だから、迂闊にこっちから『津神』についての情報が流れる事ことはない」
そう、まず自分自身が『津神凛斗』を完全に把握しきれてないのだ。
仮にあっちが全て思い出し、知っていたとしても、それは『津神凛斗』の情報として一番新しい物という事だ。
逆に僕達からしたら、前世の記憶を持つ相手側が『津神』の情報を握って有利な立場と言える。
「死人」が動く筈がないからなーーーー
今の僕は、今世(遠出奏多)の情報しか持ち合わせていない。
だが武器がない訳ではない。
『海原』も知らず、矢田にすら話していない事実が一つだけあるが、この事を話す気はない。
知ってしまうともしかしたらまた、彼女は自信暗鬼に陥ると思うからな。
「それじゃ、後は今夜話しましょ」
チャイムがなり、教室へ俺たちは向かった。
(誰よりも早く、『津神凛斗』を知らなければ・・・・・)
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今日のロングHRの時間は、運動会についてだ。
副委員の僕は書類を各列に配り、委員長の千歳が司会をする。
「えっと・・プリントは後ろの席まで回ったでしょうか?それでは、ロングHRを始めます。」
僕は黒板に詳細を書いていく。
「記載されている通り、今年の運動会は、例年と異なり、『クラス対抗戦』となりました。よって今からこの中から、『クラスリーダー』を決めたいと思います」
去年までうちの学校は赤組・白組と分かれていたのだが、今年から学年の垣根を超えて、各クラスが対抗となった。きっとクラスの団結力を高めさせるのが目的だろう。
クラス内ではざわめきが起きている。予測していた展開だ。
他学年の先輩との出会いがなくなるとか、全校で何クラスあると思ってんだとかの野次が飛び交っている。
まぁ仕方ない。
(教えてるか・・・・・・)
「いいかよく聞け。この運動会、上位3クラスには豪華景品がある!!!」
「なんだ奏多!言ってみやがれ!!!」
広川が立ち上がった。
「3位のクラスは、全員の内申点が上がり、2位のクラスには、それに+食堂で使える1000分商品券!!」
「いっ・・・1位のクラスは・・・?」
「1位になったクラスには更に、教室内でのエアコン使用権が付与される」
「よっしゃぁぁぁぁぁぁあああああやってやるぜぇぇぇぇぇ!!!!」
教室中に歓喜の声が上がった。
無理もない。ここからの季節暑いからな。
やる気が出たのなら十分だ。
盛り上がるクラスを眺めてる奏多を見て、千歳はクスリと笑った。
「誰かやりたい人はいませんか?」
「はいはーい」
古川が手を挙げた。
「珍しいな、お前がやりたがるなんて」
「違う違う!推薦しようと思って!」
古川が教室の一番前の席を指差した。
「近元くんがいいと思いまーすぅ!!!」
「えっ、俺?!」
何人かが納得の声が上がっている。
(近元学か・・・・悪くないかもな)
彼はクラスの中心的人物だ。成績も良く、次期サッカー部部長候補でもある。
大勢の人から人望のある男だ。
「うんうん!いいんじゃない?」
「お・・俺なんかでいいのかな・・・」
イケメンでモテるのに、謙虚なキャラとは詰め込みすぎだ。
少し裏ましい。
「みんながいいんであれば、みんなの為に頑張ります。ベストを尽くすよっ!!」
クラスリーダーが近元に決まった。
「それじゃ放課後、クラスリーダーの集まりがあるから私達についてきてね?近元君」
「わかりました。千歳さん」
授業が終わり、千歳は先に委員会室へと向かった。
教室の掃除当番だった僕と近元だけが教室に残っていた。
近元はほうきで床を掃いていた。
「近元。お前、サッカーの大会近いだろ。なんで了承したんだ?クラスの連中も分かってたはずだから、お前が断れば済む話だったろ」
お互いが目を合わせず掃除していた。
「俺、嬉しんだぁ。みんなが俺を頼ってくれて。家では誰も俺を見てくれないからさぁ」
顔を見なくても彼の気持ちが伝わってくる。
「俺には三つ離れた兄がいるんだけど何かとあれば比べられててさ。
兄さんは俺より優れてて両親にいつも褒められてた。対する俺は何やってもてんでダメで、怒られっぱなしだった。
気がつくと俺と兄さんの間には物凄い差が生まちゃって、両親は俺の事なんて見てもくれなくなった・・・」
「だから俺、すんごく頑張ったんだ。勉強も真面目にやって、サッカーもチームを任される程にもなれた。それでも、親は見向きもしない・・・。『俺は兄さんのスペアなんだなぁ』と感じたよ・・・・。
そんな俺に頼ってくれる人がいるなら、俺はその人の為に努力したい。自分の為に。その人の為に。」
暫く教室内では、ほうきのはく音が止まっていた。
「僕から見えるお前は強く映ってるぞ近元」
「えっ」
彼がこっちを見た。
「どんな理由だろうとお前は『努力』をしてきた人間だ。両親だろうが誰だろうがお前を否定する事はできない。お前自身もだ」
「奏多くん・・・」
「培った『努力』はいずれ蕾になって花が咲く。その時周りが見てなくても、お前が一番近くで自分を見ていたはずだ。・・・今までそうだっただろ?・・・」
「・・・・・」
「俺も見ている。頑張れよ近元学」
「・・・ありがとう・・奏多くん」
今日の掃除はいつもより丁寧に行なった気がする。
掃除がこんなにも気持ちいものだとは思わなかった。
彼は頑張れる人種だ。きっと将来大きなことを成し遂げるだろう。
そんな彼と運動会に参加できることを、誇りに思う。
「二人とも!!もうみんな集まってきてるよ?!いっ、急いで!!」
千歳が戻ってきた。僕は掃除道具をしまい、千歳の後について行った。
近元はゴミ袋を絞って、手に持った。
ゴミ捨て場に捨ててきてから合流するらしい。
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「・・・・遠出奏多くんかぁ。少し前とは雰囲気が違うく見えたけど、凄くいい人だったなぁ・・・・」
(『俺も見ている』か・・・・)
ーーーー昔、似たような人が近くにいたような気がする。誰だっけーーーーー
「あれ?なんで俺は笑ってるんだ・・・・?」