第二十三話「母と子」
「きっとまた、歩み寄れる日が来る」ー矢田都乃果(16)ー
奏多が近元に接触した同時刻。
矢田と千歳は20年前の事件についての記事を求め、図書館へと足を運んでいた。
「やはり・・・めぼしい情報はないわね。どれも同じような内容ばかり・・・・・」
「やっぱり、犯人も死亡しているとなると捜査は難航するのかな・・・」
「例の教団についても上辺なものしかないわ。教祖の名前が『阿久津真人』という事だけしか・・・・」
「でっ・・・・でもそんないち団体がどうして一般的な高校を狙ったの・・・?」
「無差別殺人・・・・・?」
「こうなったら、教団に関わっていた人物を探すしかなさそうね」
千歳が不安そうな表情をした。
「関わっていた人物って・・・・」
「『教団の元団員』とかね」
「やめた方がいいよ」
矢田と千歳の隣に、小柄な少女が座り込んだ。
「あなたは・・・・」
「こんにちわ、千歳さん。そして、ちゃんと話すのは初めてよね?矢田さん」
「鷲尾菜々子」
彼女はニコッと不気味な笑みを浮かべ、そっと矢田達の手元にある古新聞に手を添えた。
「これも、ここにあるものも、全部空っぽ。君たちが欲しい情報はどこにもないよ」
「私達が一体何を知ってるか理解している言い方ね、あなたも『記憶持ち』なのかしら」
矢田は鷲尾を睨んだ。
鷲尾は警戒する彼女の肩に優しく手を置き、顔を近づけて囁いた。
「そんなに警戒しないで。私はあなたの敵じゃない」
「・・・・近いわ。離れてちょうだい」
またも笑みを浮かべ、矢田から距離をとった。
(鷲尾菜々子。この子注意が必要だわ・・・・)
「鷲尾さん・・・あなたはどこまで知ってるの・・・??」
千歳が問いかける。
「・・・そうね、お二人が知っている情報が、10だとしたら・・・・50くらいまでは知ってるかも」
「全部は把握していないのね。でもかなり真実に近づいている。鷲尾さん、あなた『記憶の断片』はどこまであるのかしら?」
鷲尾は困り、不思議そうな表情を浮かべた。
「『記憶の断片』?それは何・・・?」
(この子、前世の記憶が戻ってないのかしら・・・・となると何故私達の素性を把握しているの?)
「わ・・・私からもいい?・・・鷲尾さん、この図書館にはいつも来るの?」
千歳は的を外れた質問をした。
いや、ある意味で外したのかもしれない。
「この場所は、私が小さい頃から私の知りたいことを全て教えてくれる、母親のような存在。私の居場所を否定せずに肯定してくれる場所・・・・だから私はここが好き」
鷲尾が館内を見渡した。
「・・・・一緒だね。ここは私にとっても思い出の場所。お母さんとの思い出が詰まった場所・・・・・」
「・・・・・千歳さんもここに物語があるのね・・・・。それはとても居心地の良い・・・」
「うん・・・・。大好きな場所っ!!」
千歳が珍しく笑みを浮かべた。
それを見て鷲尾も微笑んだ。
「気に入ったわ、千歳さん。二人とも、追っている事件について少し教えてあげる。ついてきて」
鷲尾は二人を連れて、図書館を後にした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
図書館を離れ、電車に揺られること15分。
駅を出て8分程歩いたところにあるアパートの前に連れてこられた。
外観的にはお世辞にも住みやすようなアパートとは言えない。
節節がいかにも老朽化が進んで倒れそうな見た目だ。
三人は階段を登り始めた。
「今からある人物に会わせてあげる。ただし、追い詰めるような言い方は決してしないで。心に大きな傷を負っているから、何をしだすか分からない」
そう言って鷲尾は二階にある一番奥の部屋の前に連れてきた。
鷲尾は制服のポケットから鍵を取り出し、部屋を開ける。
すると部屋から強烈な匂いが襲ってきた。
「何・・・この匂い」
矢田が咳き込んだ。
息苦しそうな彼女を横目で見ながら鷲尾は部屋に入って行った。
それに続いて部屋に足を運ぶ二人。
部屋の先には一人の老婆が座り込んでいた。
「お母さん。久しぶり。友達を連れてきたよ」
老婆を母と呼ぶ鷲尾。
だが老婆は見向きもしない。
「もしかして鷲尾さん・・・・・この方は・・・・」
矢田は勘づいた。
「そうだよ。私のお母さん。教団の元団員だよ」
息が詰まりそうになる。弱々しく猫背に座る鷲尾の母を見て、全てを察することができるからだ。
「こうなったのは全て教団のせい。洗脳されていたのよ」
真剣な顔をする矢田は問いかける。
「鷲尾さん・・・その話聞いても良いかしら・・・・・」
「・・・・・・・うん」
鷲尾が口を開いた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
20年前。彼女の母、鷲尾恵子は就職活動に頭を悩まされていた。
そんな中、運命的な出会いをする。
とある高校教師と出会ったのだ。(以下『K』と名称する)
Kは鷲尾恵子に対し、職に着くまで様々な援助をしていた。
彼女も助けてくれる彼に応えようと、死ぬ気で就活に励んでいた。
けれどそう上手くはいかなかった。
年末の頃だった。Kからある情報を聞かされた。
『人生を変えられるチャンスがある』と。
最初は戸惑いこそあったが、彼に信用を置いている鷲尾恵子はKに言われるがまま、ついていった。
そこは看板もない施設。
不気味な雰囲気を漂いながらも、Kの跡をついていく。
中央にある大きな広場のような部屋には、何人かが中央の象に向かい、お祈りをしていた。
後から聞いた話によると、その教団は『転生による選別』『輪廻による浄化』を信仰していたらしい。
それからというもの彼女は「上手くいないのであれば、死を経てもう一度やり直そう」と、幾つもの自殺を試したが失敗に終わった。
その体験から彼女は悟った。
『更なる人格者への進化は、人を物だと認知する必要がある』。
口癖だった。
その後生まれてくる我が子にも愛情を注がず、他者を認めず、自分が死んで生まれ変わり、やり直すことだけを考えて行った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ね?・・・・本当に自己中だよね」
言葉を失う二人。
「でも私にはあの場所・・・・図書館こそが心の拠り所だった。その場所を『好き』でいてくれた千歳さんだからこそ力になってあげたかったから話したの」
「・・・・・・ありがとう鷲尾さん、話してくれて」
「良いんだよ。これが私の知る教団の全て」
暫く部屋に沈黙が続く。
それでもまだ、鷲尾恵子は蹲っている。
「鷲尾さん。まだよ」
「え」
矢田が口を開いた。
「まだ隠し事しているわね。今の話だけだと真相に近づいていない。大事な部分が抜けている」
「大事なところって・・・?」
「何故あなたの母親は今の現状に陥いたか、話していないわ。原因は別にあるわよね?」
「・・・・・・・・・・・本当、矢田さんって勘が鋭いのね」
鷲尾は鋭い目つきを矢田に向けた。
「・・・・・私はこんな母親でも愛していた。それでも、きっと愛されているとずっと思っていた。だけど思えば思うほど、こんな母にした教団が憎かった。だから考えたの。どう復讐したら良いのかなって・・・」
彼女は耳に髪をかけた。
「『あ、そうだ。あの施設を無くせば良いんだ。何もかもあそこがあるからいけないんだ』ってね・・・・・・」
「あなたが放火したのね・・・・・・・」
「心配しないで。教団の団員なんて、今は指を折る程度しかいないし、滅多に人が来ない。無論、誰もいない時を見計らってやったわ」
「それはダメだよっ!鷲尾さんっ!!やって良いことじゃない・・・・」
千歳が声を上げた。
「だって・・・・・お母さんをこうしたのはあの場所に連れて行かれたからだよっッ!?なら燃やすしかないじゃん!!!!あそこさえなくなればお母さんが元に戻ると思うじゃん!!!!それなのにこうなった!!!発狂してッ、『あの場所がないあの場所がない』って狂乱し始めて気がつけばこうっ!!!
お母さんの為にやったんだ!!!私は!!!!!!!」
鷲尾は泣きながら叫んだ。
「・・・・・・どうしたら良かったの私は・・・・・」
その場に座り込んだ彼女を、矢田は見守る事しかできない。
だけど、千歳は彼女に歩み込んだ。
近寄って冷静になって、彼女を抱きしめた。
「大丈夫・・・・鷲尾さんはお母さんのためにやったんだもの。何も悪くない・・・・」
「・・・・・・」
「だけどね、鷲尾さん。あなたが好きな場所、あの図書館がなくなった事を考えてごらん。あなたから見てどんなに憎い場所でも、お母さんにとってはその場所が、『自分を肯定してくれる大好きな場所』だったんだよ・・・・」
「!?」
お母さんにとって施設は自分の居場所だった。
居心地が他と違っても、私と図書館がそうだったように。
彼女もまた『自分を肯定してくてる場所』が好きだった。
なのに私は、母が好きな居場所に無くしてしまったーーーーーーーーーー
「お母さんッ・・・・私は・・・・・」
鷲尾の袖を何かがグッと掴む。
「・・・・な・・・・な・・・・こ」
「お母さん・・・・・・・」
鷲尾は母の手を見て、涙を流した。
まるで何かが解けたように。
「ごめんね!!!!!!ごめんねおかあさん!!!!!!!ごめんねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
泣きじゃくる彼女を矢田はじっと見つめる。
彼女たちは母と子だ。
どんな形であろうとお互いを愛し、いつも見守っていたのだろう。
きっとまた、歩み寄れる日が来る。
私はただ、その事を祈ることしかできなかった。




