第十六話「君との思い出」
「依存している好意は、徐々に欲悪へと変わってゆく」ーとある宗教団体信者ー
近元を後にし、僕は校門に着いた。
千歳の姿はまだどこにも見当たらない。
(仕方ない。少し待つか)
「わぁ!!」
後ろから声がした。
振り返るとそこにいたのは、千歳ではない。
黒髪で長髪、長身の女の子だ。
「びっくりした⁉︎奏多君ー!」
「古川・・・毎回驚かそうとするのは何故だ」
「だってぇーキミ、反応薄いんだもぉーん」
彼女は手提げバックを振り回し、ルンルンと揺れていた。
「えらく上機嫌だな。いい事でもあったのか?」
「うーん、分かるくせに!この言わせたがりめ!」
「本当にわからないんだが・・・・・」
「嘘ぉ!それなら教えてあげる・・・・」
古川は立ち止まり、僕に近づき話を続けた。
「私、矢田さんと友達になった」
感心した。あの矢田がすんなりと古川と和解できるなんて。
予想外だった。
「えらく急展開だな・・・・・」
「そうでしょ?これで・・・・なれるよね?」
「なれる?一体何にだ?」
「奏多君と友達に」
ふと思い返してみる。
前に、僕と友達になりたいのなら、矢田と友達になってくれとお願いした事があった。
冗談で話したつもりだったが、彼女は間に受け、その役目をはたしのだ。
「・・・覚えていたのか・・」
「女の子はそーゆー小さいことでも、しっかり覚えてるんだぞ?」
女心。もっと理解する必要があるな。
「これでキミに、近づけた気がする・・・・・」
古川は僕に近づいた。
「やめた方がいいぞ。僕はきっと君を悲しませる。危険なんだ」
「それって、情熱的になるって事・・・・?」
「違う。古川の為を思ってだ」
「いいじゃん・・・・面白そう・・・」
「と・・・・遠出君」
背の小さい女の子がこちらの様子を眺めている。
千歳に見られた。
「ごめんなさい・・・・古川さんとお取り込み中だったよね」
「大丈夫だ。待ってたぞ千歳」
「ふーん、なるほどね」
千歳の姿を見て悟ったのか、古川は僕から距離を取った。
「こちらこそごめんね千歳さん!奏多君をからかってただけだよ!何もしてないから心配しないでねっ」
「え?いや、そんなつもりじゃ・・・」
「バイバイ、千歳さん奏多君。今日はお疲れ様。あと・・・・諦めないから」
手を振って古川は先に校門を潜って行った。
「すまない千歳。変なところを見せてしまった」
「ううん全然。大丈夫だよ・・・」
「そうか・・・・・ならいいんだが」
気まずい空気が流れる。
千歳は明らか勘違いをしている。
僕と古川は君が思う関係じゃない。それを証明するんだ。今日で。
「千歳、この後どこか行きたいところとかあるか?気晴らしに今日はパーっと寄り道して帰りたい」
「いいね!でも私が決めてもいいの?」
彼女は乗ってくれた。
「あぁ。運動会では僕の我儘に付き合ってくれたからな。今度は俺の番だ」
「うーんそう言われても、私、基本直帰だからなぁ・・・・」
「そうなのか?それならどこか公園で」
「あ!あそこに行きたい!」
勢いよく僕の前に出てきて、千歳は答えた。
学校から徒歩8分。交番の向かいにある建物に僕たちは入った。
外観は古い。老朽化が進み、何箇所も補強されている場所がある。
館内には、あたり一面沢山の本が並んでいる。
「図書館とは珍しいな」
「昔よくきてたんだー。小さい頃、お母さんが連れてってくれた、私の思い出の場所」
千歳は司書に、とある絵本を尋ねた。
持ってきて貰った絵本を手に取り、
僕たちは、本棚の間をすり抜けて一番左側のテーブル席に着席した。
絵本を開き、千歳はゆっくりとページを捲っていく。
「どんな思い出があるんだ?」
「・・・・私にこの本を読んでくれたの。それが私はとても嬉しくて、何度も何度も『もう一回読んで』ってねだってたんだー。
その後お母さんが死んでから、辛い事もあったけど、この絵本を手に取ると思い出すんだよ。
売ってるものじゃない。この・・・・この場所にある、この絵本が、お母さんを思い出させてくれる」
「・・・・随分と古い絵本だな」
「お母さんも小さい頃好きだった本みたいだよ、この絵本。
内容は今時じゃないけど、本当懐かしい・・・・・・」
その後、千歳は他のおすすめの本を紹介してくてた。
僕たちは時間を忘れて、沢山の絵本を読んだ。
外も暗くなり、図書館内で、閉館の放送が流れている。
「ごめんね。図書館に行こうって言って・・・・。つまらなかったでしょ?」
「全然だ。むしろ久々にゆっくりできて良かったよ」
「パーっとじゃなかったけど?」
「それは次の機会だな・・・」
僕たちは、静まり返った帰路を歩いていく。
蒸し暑いけど、どこからか儚気さを感じる。
「そこの駅から帰るんだよな」
「・・・そうだよ」
「千歳・・・・」
「はい・・・・・」
「話がある・・・・・」
「・・・・・・はい・・・」
改札前の広場にあるベンチに腰をかける。
「僕の事を好きって言ってくれてありがとう。遅くなった」
「ううん、大丈夫」
帰宅する人達が駅に向かって、広場を通り抜けていく。
「あの告白の後、僕は心臓の鼓動が止まらなかったんだ。千歳からいきなり告られて、驚いちゃって・・・・」
「わ、私も勢いでしちゃって、その後すごく後悔してた。『やっっちゃったぁ!』って・・・・・タイミング変だったよね・・・」
彼女の顔を見る。家で後悔している姿を想像すると、自然と笑みが出る。
「想像できるよ。千歳が蹲ってる姿」
「や、やめてよぉ・・・・」
赤面し、照れ隠しに両手を自分の頬に当てる千歳。
「近元の一件で、その純粋な気持ちを持っている君を良いように利用してしまった。 千歳、君は清らかな人間だ。今日一緒に図書館で過ごして再認知した。
僕は今後、また君を利用するかもしれない・・・・・・。嫌ならもう関わらない方がいい・・・」
「・・・・・・・・」
千歳は何も言わず、僕の手を握りしめた。
彼女は、ただ、僕に微笑んでくれていた。
千歳はきっと自分が僕に利用されている事を勘付いていたに違いない。
自分自身、思うことはあったはずだ。
様々な気持ちを押し殺してでも僕を信じ、僕の側にいてくれた。
何も言わず、何も聞かずに。
そして僕が間違えそうになったら、優しく引き留めてくれる。
近元の一件でも彼女は僕を止めてくれた。
今だってそうだ。
僕は彼女が好きだ。
だけど真逆な事を言ってしまうーーーーーー
きっと彼女は、振られると思っている。
泣きたい筈だ。なのに我慢して僕の手を握ってくれている。
千歳渚。今後その優しさは自分の首を絞めることになる。
自分の手で。小さく細い首を。
そんな事、僕はさせないーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「千歳・・・」
「・・・・・・・」
「告白の返事だけど・・・・・・・」
「・・・・・・・・うん」
千歳が僕から手を離した。
だけど、僕はその離した手を握り返した。
「僕も好きだ。・・・・・付き合ってくれないか・・・・」
「えっ」
動揺している様子だ。
「えっいやっ、嬉しいんだけど・・・・てきっり私、振られると思って・・・・。
だから最後に、私の事を、知ってもらおうと図書館に・・・・」
「最後じゃない。もっと千歳のことを、僕は知りたい」
「あっちょっとこれ以上はっっつっつ・・・・・・」
慌てふためく千歳の両手を握りしめた。
「ダメか?」
「ダメじゃないよ?!けど乙女の覚悟がぁ!!!覚悟がぁぁああ!!
い、一回手を離してぇ!!!!!」
すぐさま手を離した。反動でお互いが後ろに倒れ、ベンチから落ちた。
そして大きく深呼吸した。
「落ち着いたか・・・・・?」
「遠出君も・・・・落ち着いた・・・・・?」
「あぁ・・・・・・・すまなかった」
千歳は優しく笑った。
「ははは!!ほんと、私たちってすぐ謝るよね!!!!!」
僕もつられて笑った。
「本当、そうだな」
僕たちはその後しばらく、談笑をした。
図書館に滞在していた時間と変わらない筈なのだが、時間の流れを早く感じた。
「あ、そろそろ帰らないと」
千歳が立ち上がった。
「暗いし、ホームまで送ろうか?」
「ううん。ここで大丈夫」
「そうか」
僕も立ち上がった。
「今日はありがとう遠出君。運動会、お疲れ様でした。
その・・・・・これからもよろしくね」
「もちろんだ。こっちこそよろしく頼む」
そう言って彼女は、駅へ向かう人波の中へと消えていった。
千歳と過ごしたこの時間とこの場所。
僕の青春にとって、一つの思い出になった。
彼女が母親と過ごしたあの図書館・あの絵本の様に、忘れることのない大切な思い出。
千歳も同じ事を思っていてくれたら嬉しいな。
今はただ、そう思った。




