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第十五話「閉幕〜ずっとそばにいた存在〜」

「見えざるものを見ようとした時、人はまた成長できる」ー近元明(20)ー


 「ほーう、この俺を煽るとはいい度胸だぁ」


 長髪の武田は、髪を掻き上げ、ヘアゴムで結んだ。


 「負けて辱めを受けるがいい」

 

 近寄ってきた小西からバトンを受け取った武田は走り出した。

 3組から歓喜の声が上がる。


 だがこちらも負けていない。


 立て続けに近元がこちらにやって来た。


 「差、あんま詰めれんかったッ・・・・!!すまねぇ・・・・」

 「いや、これだけ縮められたらそれで十分だ。あとは任せろ」

 「頼んだぞッ・・・・」


 僕は近元からバトンを託された。



 本当よくここまで猛追してくれた。大したものだ。

 あとは、僕が決めるだけだ。

 そんな強気な僕の背中を押すかのように、追い風を感じる。

 近元や広川、2組全員の気持ちが、好調の波になって押し寄せてくる。

 じわじわと僕は武田に近付いていく。


 「くそっぉ・・・追いつかれるかっつーのッ・・・・・」


 ナルシスト気質の武田も、自分の顔がいまとてつもなく『不細工』だと気付いてない程、本気になっている。

 校庭中には鼓舞する声で溢れていた。

 その中には勿論、近元の兄の声も混ざっている。


 アンカーが走る1周目を既に終え、2周目終盤。

 ゴールまであと50m。


 (武田。俺にはプライドがないかもしれない。だけど、俺はお前よりもっと深いものを背負って戦っているんだ・・・・・・)


 僕は、自分の闇を振り絞り、武田の前に出た。



 

 ゴールの笛が鳴る。

 その瞬間、照りつける太陽なんて忘れたかの様に、校庭中が静寂に包まれた。


 

 セミの鳴き声が聞こえてた。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「これにて、閉会式を終わります」


 片付けをし、各クラス教室に戻る。


 あんなに暑く感じていた熱気もなくなり、涼しくなった気がした。

 運動会への熱意がなくなったからだろう。

 しかし一つのクラスだけ、未だ鬱陶しい程燃えている。

 そう。僕たち2年2組だ。

 

 「よっしゃァァァァァァ優勝だァァァァエアコンだァァァァぁァァ!!!!!!」

 「やっっったアああああァァァァァァァァ!!!!!!!」


 教室内では歓喜の声で溢れ、大盛り上がりだ。


 広川や小向は、スポーツドリンクを頭に掛けまくっている。


 「何ショゲってんだよ森戸部ぁ!!優勝だぞ?エアコンだぞ?!暑さなんてバイビーちゃんなんだぞ??!!」

 広川に絡まれている、ひとり喜んでいない森戸部和樹もりとべかずき


 「いや・・・だって俺のせいで近元と遠出に負担かけちゃったし・・」

 「気にすんなって!!勝った事には変わりないからサ!!そりゃあの時は『あ・終わったわ』って思ったけどさ」

 「・・・・・がーん」


 森戸部は更に落ち込んだ。

 (焼き石に水だ。広川・・・・・)


 「あの・・・遠出君」

 僕の所に千歳がやって来た。

 「かっこよかった・・・・すごくッ!!・・・あと・・・ありがおうね・・」

 「相変わらず噛み噛みだぞ千歳。こちらこそありがとうな、今日まで一緒にクラスを引っ張ってくれて」

 千歳は照れた。

 「いや・・・私は・・遠出君が近くに居てくれたから・・・」

 「千歳」

 「はっ、はい!!!」

 彼女は勢いよく返事をした。


 「今日の放課後、空いてるか?返事をしたい」


 「・・・うん。空いてるよ」

 

 「それなら、校門前で待ってるぞ」


 「わかった・・・すぐ行くね」


 顔を隠すかの様に、彼女はその場から立ち去った。 


 (千歳、この一件で色々心配かけたな。安心してくれ。君が思ってる様な返事はしないつもりだから・・・・・)





 帰りのHRが終わり、僕は矢田の席に向かった。


 「矢田、ちょっといいか。すまないが今日の夜はお休みにしてくれないか」

 「いいわよ。私もそうしたい所だったもの」

 「お互い、話をつける気みたいだな・・・」

 「そうね・・・また明日にしましょう。今日はお疲れ様。かっこよかったわ」


 そう言うと彼女は僕よりも先に教室を出て行った。

 僕はふと教室の窓の外を見た。

 



 「『かっこよかった』か・・・・・・・」





 僕も教室を出て校門へ向かった。

 

 「おい待てよ」


 呼ばれて振り返ると、近元がいた。


 「なんの様だ。急いでるんだが・・・・」

 「急いでるじゃねーよ。お前、仕組みやがったな」

 「仕組む?俺は仕込みなんてしていない」

 「じゃあなんで、兄貴が来てんだよ!!!!」


 近元は僕の胸ぐらを掴んだ。


 「前も言ったが、僕はお前の親に『運動会を見に来てほしい』と連絡はした。だけど兄貴に関しては僕は着手していない。無関係だ」

 「長年まともに口を聞いてないんだ。ならどう説明できるッ・・・」


 僕は近元の手を払った。


 「さぁな・・・・。

 兄は両親と違ってお前の事なんてどうでもいいとは最初から思っていなかった。むしろ『大切な弟』と思っていた。だが兄に劣等感を感じる近元から距離を置かれていた。

 それでも兄はいつだってお前の事を応援していた。だから親から聞いて運動会にも駆け付けた。そういう事だろ・・・・」


 テストでいい点取れなくて、親に怒られて。

 泣いた後一緒に遊んでくれたお兄ちゃん。

 サッカーの大会で負けて、親に怒られて。

 そのあとの練習に夜遅くまで付き合ってくれたお兄ちゃん。

 高校からスポーツ推薦が来て、学力低下を親に疑われて。

 「サッカー頑張れよ」と素直に応援してくれたお兄ちゃん。


 いつから俺は、そんな兄を遠ざけていたのだろうー。

 こんなに近くで俺を見てくれていたのに、何で今まで気づかなかったんだろうー。


 (ちくしょうーーーーーーーーーーーーーーーー)


 近元は顔を下げる。こっちからは見えないが、憤りは感じない。

 少なくとも、今の表情は般若の顔ではない。





 「運動会は楽しかったか?」

 

 「楽しくねぇよこんなもん・・・・・」


 「そうか・・・・。

 ・・・・・精一杯、今を楽しめ近元学。それが前世の僕への償いだ」


 「・・・・・・・・・・・・」


 「俺はお前と走れて楽しかったぞ」


 



 

 



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