第十三話「ばら撒かれた起爆剤」
「あらゆる全ての軌道は、うまい具合に鞘に収まる」ー藤原涙ー
騎馬戦が終わり、僕は保健室へと向かった。
「遅かったじゃない。見舞いくらいすぐ駆けつけて来なさいよ」
「何も重症じゃないだろ。大袈裟にする事でもない」
教室にはベットに座り込む矢田がいた。
彼女の両足には包帯が巻かれていた。
「女の子はもっと大切にしてあげなきゃダメよ。都乃果ちゃんがかわいそうー」
保健室の先生・藤原涙は、マグカップに熱いコーヒーを注ぎながら話した。
「・・・大丈夫か、矢田」
「問題ないわ。軽い打撲よ。指摘されてから心配するなんて、男としてまだまだね」
「思っていた通りの返事だ。そう言われるから言わなかったんだがなぁ」
僕と矢田のやりとりを聞き、失笑しながら藤原は椅子に腰掛けた。
「それで・・・2組の男子は騎馬戦勝ったのか?」
「勝った。それも全クラスで1位」
「ってことは、今2年2組のクラス順位って・・・」
「2位だ。現在1位の3年3組とは、10点差だ」
「・・・・・・ごめんなさい私のせいで」
矢田が暗い顔をして謝罪をした。
「私があそこで倒れていなかったら、2組のクラス順位は1位だったかもしれないのに・・・・・大きなチャンスを逃した・・・・」
彼女は自分のズボンをギュッと握った。
「確かに負けた・・・・もし今1位だったら、次のクラス対抗リレーで順位が下でも、そのまま駆け抜けれたかもな」
「・・・・・・・・・」
僕は矢田の隣に腰をかけた。
「でも、お前は勝ったんだ。今までの自分に」
「え」
矢田は僕の方を見た。
「城ヶ崎雀。あいつがいじめの主犯格なんだろ?」
「・・・・えぇ」
「挑発してきた城ヶ崎を矢田は逃げずに、正面から立ち向かった。そして勝利した。
今まで自分の『おもちゃ』だった人間が、反抗してきて尚且つ負けたんだ。これであいつも懲りただろう」
「私の実力じゃない・・・・。確かに戦ったわ、城ヶ崎に。だけど届かなかった。あと一歩ってところで私は・・・彼女に助けられた」
「古川の事か。・・・・・一人だろうが二人だろうが勝ちに変わりはないと思うぞ。
試合には負けたが勝負には勝てたんだ。自分に自信を持てよ。これからお前は変われるよ」
最終競技準備のアナウンスが鳴り響き、僕は立ち上がった。
「矢田。運動会が終わったら、もう一回古川と話をしてこい」
「遠出君・・・・・」
僕は校庭へと向かった。
「やっぱり私の目に狂いはなかったわ・・・・」
静かに聞いていた藤原が口を開いた。
「大丈夫。友達になれるわ」
矢田の肩に手を置き、冷めたコーヒーを飲んだ。
これで矢田・・『三ヶ島』と『錦戸』の関係性は少しばかり修復する。
古川文香が今回を機に、『錦戸海夢』の記憶の断片を思い出す起爆剤になる筈だ。
『今』と『過去』。それぞれの因縁が終着点へと歩き始めた矢田都乃果。
次は『津神』の番だ。
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最後の競技に向け、選手が集合場所に続々と集まってきた。
「遅いぞ奏多!!俺たちもう準備万端なんだぞ!!」
「悪いな広川。近元はまだ来てないのか?」
「そうなんだよ!!ふけるつもりじゃないだろうなあいつ!!!俺たちのエースさんがよぉ!!」
「心配するなよ、近元は来るよ」
暫くして競技開始5分前の放送が鳴った。
「おいおい来ないじゃん!何やってんですかクラスリーダーは!!!!」
「何してんだあのバカ!!!」
「・・・・・・・」
(安心しろ、奴は必ず来る。『契約』を破るなら・・・・分かってるもんな)
「ごめん!!!遅れちゃってぇ!!!」
近元が走ってきた。ギリギリだった。
「ごめんじゃないぞぉ!何してたんだよ!!!!」
「ちょっと親から電話来てて・・・・職員室に・・・」
「大事な話だったのか?」
「いや・・・・俺も何事かと思って慌てて聞いたら、『運動会見に行く』って話だった・・・・・本当ごめん。お騒がせな親で・・・」
「なんだよそれぇ。とりま間に合ったからいいや!!!頑張ろうな近元っ!!」
広川は笑いながら、近元の背中を叩いた。
近元が僕に向けて手招きをした。
「走る前から体力使って大丈夫か?少し深呼吸をし・・・」
(・・っテメェ・・・俺の親に何吹き込みやがったっ・・・・・)
近寄った僕に勢いよく肩組みをし、小さく囁いた。
さっきまでの優しそうな顔が変わった。
だけども急いだ疲れと相まって、うまく般若になりきれていない。
(何って・・・ただお前の親に『運動会を見にきて欲しい』と友達の僕から頼んだだけだ)
(友達じゃねぇよ!!お前のことだ!!何か企みあって連絡取りやがったろっ・・・・)
(本当に何もないぞ・・・・)
近元は僕を睨んだ。
(・・・・・・まぁ、いい。もう時間だ。)
肩から手を離し、近元は諦めた。
期待しているぞ。近元。
お前は俺を裏切らない。いや・・・裏切ることができないからな・・・
アナウンスが鳴る。
「まもなく、最後の競技を始めますーーーー」
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一学年の学年競技が終わり、二学年、僕らの番が来た。
各クラスのリレーメンバーは気合いを入れている。
僕たち2組も円陣を組んだ。
「いいか!!ここで勝てば優勝できる!!絶対一位になるぞ!!!」
「おぉぉぉぉおおうぅぅぅぅううううう!!!!」
他のクラスの面々がこちらを睨む。
中には陸部エース・武田もいる。
「なるべく前半、俺達で差を広げる。そして、終盤の奏多・アンカーの近元に回そう!」
「まかせろ、僕たち二人で決めてやる」
僕はピースをした。
隣で近元は嫌な顔をした。
それぞれのクラスの第一走者が位置についた。
体育教師がスターターピストルを上に向けた。
「位置について、よーい」
銃声と共に、スタートを切った。
各選手の土ごもりが宙に舞う。
「いっけーーーーー広川ァァぁ!!」
2組の最初は広川だ。
(負けねぇ。奏多が珍しく本気で『優勝』目指してんだぁ。友達の俺がそれに答えないでどうするんだよぉ・・・・・)
初めて見せる広川の本気の顔。
無我夢中に走る彼は次々と他クラスを抜いて行く。
「すげぇ!2位だ!!!このまま突っ走れーーーーー!!!!」
「次!頼んだぞ小向!!!」
広川は第二走者・小向千尋にバトンを渡した。




