第十一話「『三ヶ島』と『錦戸』」
「覚悟と勇気は別物だ」ー藤原涙(23)ー
僕は走り終わり、そのままクラスメイトの所に戻った。
広川達が歓喜の声を上げている。
「すげーじゃん!!奏多お前本当に速いんだなぁ!!」
「運が良かっただけだ。武田と同じ疾走順じゃなかっただけ儲けもんだ」
「3組の陸部エース武田かぁ。あいつは話にならんな」
疾走順があと一つ後ろだったら武田と被っていた。
そんな最中煽られて全力を出して負けたらたまったものじゃない。
タイミングを見計らっていたのだな、白沢。流石だ。
一息ついて椅子に座る僕に、矢田は飲み物を持ってきた。
「遠出君、まさかそんな才能があったとはね、驚いたわ」
「能ある鷹は爪を隠すって言うだろ?惚れるなよ」
「残念。私じゃなくて惚れてるのはこの子よ」
矢田と僕の間に、千歳が飛び込んできた。
「すごいすごいぃ!!遠出君すごいね!!」
「広川といい、くっつかないでくれ千歳。この猛暑で汗が・・・」
「賞賛される汗だよ!!」
気がつくと矢田は、どこかに去っていた。
今の僕たちの空気感に耐えられなくなったのか。
僕の椅子の近くに飲み物だけが残っていた。
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借り物競走では、2年1組と3年3組が手を組んでいた事により少しの点数しか獲得できなかった。現在僕らのクラスの順位は4位。
騎馬戦開始前に僕たちはミーティングをした。
「3位の1年5組との差は15点差だ。越せない点ではない。そのためには次の騎馬戦、落とすことはできないぞ」
近元が言った。
「騎馬戦の1位は25点。男女で取ると合計50点。大きくリードできるな」
「最初は女子からだね。頑張ってね鷲尾さん、田子さん、古川さん、矢田さん!」
クラス内から期待の目を向けられている四人。
鷲尾は緊張で体が固まり、田子は照れながら小声で「頑張ります」と言っていた。
後の二人は・・・・・
「・・・・ねぇ、矢田さん」
「何?古川さん」
「・・・・ちょっと話できる?」
矢田と古川は二人で体育館裏へと消えた。
校庭とは違い、日陰だからか、少し涼しい。
いや、寒気がするくらいだ。
その環境で古川は口を開いた。
「・・・私ね、ずっと疑問に思ってた。矢田さんなんかあった?」
「特にないわ・・・・と、言っても納得してくれないわよね」
古川は険しい表情を浮かべた。
「今まで不登校だった矢田さんがいきなりクラスに現れて・・・・・私が過ごしていた『普通』が『普通』じゃなくなった感じがしたの・・・・最近その事ばかり私は気になるの。
矢田さん、うちが感じてるこの『違和感』は何?あなたが遠出くんといるからなの?」
「・・・矢田さん、私のこと嫌いでしょ」
「嫌いとかそういうのわかんないよ!でもうちの中で何かが引っかかる・・・」
古川文香は前世の『錦戸』の感情が現れ、今の心境に影響を及ぼしている。
『錦戸』が抱えていた『三ヶ島』への罪悪感。
そして今世の自分の恋心。
様々な感情でいっぱいになり、ずっと苦しんでいたのだ。
(そう・・・前世では私とあなたは親友だった。だけどその関係性は恋をしたことで破綻してしまった。今もあなたが遠出君に想いを寄せているなら私は・・)
「・・古川さん、その感情は『嫉妬』って言うのよ?」
魔女は不気味な笑みを浮かべ、古川の肩に手をやった。
「えっ・・」
「急にあなたの前に現れた女が、自分が好きな『遠出奏多』と仲良くなったら、憎いわよね?横取りされたってなるよね?」
古川は驚愕した。
「な・・んで・・」
「見ればわかるもの。『広川大輝』と『古川文香』が実は付き合ってない事も、あなたが遠出君が好きなことも」
「・・・・いつから知っていたの」
「最近ね。この運動会準備週間で、放課後あなたを尾行していたわ。そこで見てたのよ」
「・・・・・・」
古川は下を向いて黙り込んだ。
「・・・何だよ・・・私は矢田さんならこの『違和感」の正体を知ってると思ったのに・・・」
「私はその『違和感』の正体を知ってるわ。少なからず嫉妬の感情が原因じゃない。でも教えない。」
古川は顔を上げ、矢田を見下ろした。
「・・どうしたら教えてくれるの・・?」
「そうね、私と『友達』になりましょう・・・まずはそこからね」
矢田は微笑みを見せ、手を差し述べた。その笑顔には嘘偽りない。
「・・・・・・うちから言っといてなんだけど、少し時間をくんない?気持ちの整理をつけたい・・・・」
古川は後ろを向き、戻っていった。
彼女は暗い顔をしていた。
(古川文香。恋から離れることで、きっとあなたは前を向ける。そうすることであなたは思い出すから。私のことをー)
「ふーん青春だねぇ」
後ろからタバコの煙がこちらに届いてる。
矢田は振り返った。
「藤原涙先生・・・校内は禁煙ですよ」
「生徒も先生も今はみーんな、運動会に夢中さ。誰も煙草を吸ってる所なんて見ないよ」
「私は見ました」
「真面目ちゃんだね〜。誰が登校してきたあんたを世話したと思ってんだ?」
その女は白く長い髪を束ねており、
大きな胸は着ている白衣からはみ出ていた。
「どこまで見てたんですか先生・・・」
「んー全部かな。そこの曲がり角でふかしてたら話し声が聞こえてね・・・。
んで、どうする気なんだ?恋心ってのは、すぐには踏ん切りつかないものだよ?」
藤原は矢田に問いた。
「私は導いただけです。あとは彼女自身です」
「都乃果ちゃん、信じてるんだ。もう一度彼女と『友達』になれることを」
「はい・・・。それが前世の私の心残りですから」
「・・・・・前世か・・・初めて聞いた時は驚いたよそんな話・・・・」
「それでも登校再開して居場所がない私の話を真剣に聞いてくれた。感謝しています」
藤原は煙草のシケモクを空き缶に入れた。
「んで・・・私が紹介したあいつとは話せたのか?」
「遠出君・・・ですか。おかげさまで良い関係を保ててます」
「それはよかった。あいつは都乃果ちゃんと似ているところがあるからな。すぐ仲良くなると思ってたぞ」
騎馬戦開始まであと5分。集合の放送が鳴った。
「それじゃ行ってきます。藤原先生」
「頑張れよ。応援してる」




