第2話 捜査開始
爆破が起きた後。ルシェ様は酷く青ざめていた。
まるで彼女が喋るタイミングに合わせたかのよう。
停電と爆破が起きたのだ。
もしかしたら。また自分のせいでとか考えているかもしれない。
でもそんなはずがない。今回の事件。
誰かが悪意を持っていたのは明らかだ。
僕も何か調べたいところだけど。
遺体付近は衛兵が封鎖しているし。詳しく調べられる立場にもない。
少しでも近くで見るため、僕は封鎖ギリギリのところまで向かった。
そこで誰かに後ろ襟を引っ張られた。
振り返ると、そこには捜査モードに入ったアドさんが。
「坊主。お前さんには刺激が強すぎる」
「アドさん……。僕もその……。興味あるかなぁって」
「ここは大人に任せておけ。坊主の出番はなねえ」
どうやら頼み込んでも、入れてくれる気配はない。
現場を調べるのは無理そうだな……。
「あ~。暇なら手伝ってくれ。例えば周りの話を聞いてみるとかな」
そうか。死体付近を調べられなくても。
他に調べる所はいくらでもある。
アドさんは僕の気持ちを汲んで、アドバイスをくれたんだな。
今調べるべきことは三つだ。
一つは残留魔力。魔法を使われた痕跡を調べる事。
魔法を使用した際、その属性が残留魔力になってその場に残る。
僕たち魔族には、その残留魔力を見る事が出来る。
会場の残留魔力を見ながら、どんな魔法が使われたかを確認しよう。
残留魔力は二十四時間残り。徐々に薄くなっていく。
逆算すれば、どのタイミングで使われたか分かるはずだ。
「次は停電の原因だな」
停電のタイミングは偶然ではないだろう。
ブレーカーを調べようにも、出入口は衛兵が封鎖している。
逆に言えば。爆発を起こした犯人も、出入りできないってことだよな。
犯人は遠隔で停電。或いは爆発を起こしたのかもしれない。
その痕跡を探るためにも、このホールを見回した方が良いかもしれない。
「最後は爆発についてだな」
何故爆発したのかは勿論。どこで爆発したのか。
原因は何かを調べないとな。
聞き込みから、何か情報を得られるかもしれない。
衛兵は出入口の封鎖と、遺体付近の封鎖で手が回らない。
少しでも役に立つ為。僕に出来る事を行おう。
でもその前に。僕にはやるべき事がある。
事件発生からずっと黙っている少女に。
僕は声をかけなければならない。まだ出会って日が浅いけど。
僕は彼女の世話係なのだから。
「ルシェ様。大丈夫ですか……」
僕はルシェ様に近寄り、声をかけた。
彼女は僕の声など聞こえないかのように。
ずっと俯いて何かを呟いている。
「これも私のせいなの……? 私の呪いのせいなの?」
初めて彼女の声を聞いた。その言葉はとても弱々しい。
僕はこんな言葉が聞きたくて。彼女と接してきたんじゃない。
「お母さんや、他のみんなと同じように。みんな私のせいで……?」
「違う!」
僕は無意識のうちに、叫んでいた。
今にも泣き出しそうな彼女の瞳を。見ていられなかった。
「君は無実だ。今まで誰も殺してないし。呪いなんて存在しない!」
「で、でも……。私が前に出た途端に……」
「これは悪意のある魔物の仕業だ! 君の仕業に見せかけた、トリックなんだ!」
僕は胸を叩き、力強く断言した。
「僕が……。僕がこの事件を解いて見せる!」
何を言っているんだ僕は。僕は衛兵でもない。
ただの使用人に過ぎない。そんなこと出来るはずがない。
でもその言葉を発せずにはいられない。
「だから君も協力してくれないか? 真実から目を背けないために!」
「真実から目を背けないため……?」
「うん。呪いなんてない。それを証明するために。僕と一緒に捜査してくれないか?」
魔王の娘に提案なんて、恐れ多い事をしている。
でも彼女には真実を知る権利がある。
僕に手助け出来る事があるなら。それをやるべきだ。
「本当に私のせいじゃないの? 私は悪くないの?」
「ああ。ちょっと頼りないけど。僕が保証するよ」
「……。ん。分かった。貴方に協力する」
少し格好つけすぎて言い過ぎたかな?
現場を調べる権限もない僕が、事件の真相を解き明かすなんて。
でも宣言したものは、仕方ない。僕は僕に出来る事をしよう。
「それで。具体的にどこを調べるの?」
「そうですねぇ……。やっぱり会場の残留魔力から」
会場全体を見回しても。結構な魔法が使われている。
多分準備に使ったものもあるだろう。
薄いからと言って、事件と無関係とは限らない。
とにかく気になる残留魔力だけでも、調べておこう。
会場を見渡して、まず気になるのは……。
「やたらと電気属性の、残留魔法が多いな」
「うん。どれも濃さがバラバラね……」
電気魔法が使われた時間帯が、バラけている。
何のために、こんなに電気を使ったんだ?
「もしかしたら、レーザーでも使ったのかもしれないわ」
「レーザー?」
「ええ。特殊なガラス管に、電場と磁場を流して。反射させれば、特殊な光が飛ぶの」
光か。そういえば光は電磁波の一種と聞いた事があるな。
つまり電気魔法があれば。光を操る事も可能だ。
「出力が高いと、金属まで切れちゃうから。扱いが難しいらしいわ」
「ルシェ様。よくご存じですね」
「本を読む時間だけは、沢山あったから……」
金属をも切り裂く、特殊な光か。これは覚えて損はないな。
光なら、当然屈折も反射もするだろうし。
「他に気になる残留魔力は……」
僕は再び会場を見渡した。
「熱魔法が使われていないな……」
「爆発があったのに? それは妙ね」
「もしかしたら、爆発自体は。魔法が関係ないのかもしれない」
爆発する物体。最近それを見た気がする。
しかも光が関係していたはずだ。
「ユウキ君。見て」
ルシェ様がある残留魔力を指した。
見たことない色で、僕には判別が出来ない。
「アレ、音の残留魔力だよ」
「音? でも特殊な音なんて、聞こえてこなかったなぁ……」
残留魔力が比較的濃い。一時間以内には使用された魔法だ。
でもパーティの間。特殊な音を聞いた記憶はない。
「私達には聞こえない音波を出していたのかもね」
「え? 何のためでしょうか?」
「例えば。防音のため……。とか」
防音か。もし犯行に使われたなら。
犯人は聞かせたくない音でもあったというのだろうか?
「今のところ分かることは、このくらいかな?」
今回の調査で分かった事を、並べておこう。
まず現場では、やたら電気魔法が使われていた。
光は電磁波の一種で。レーザーとやらは光で、鉄を切れるらしい。
現場では爆発が発生したが。熱魔法が使われた形跡はない。
爆破事態は道具で行われたはずだ。
爆破花。光に反応する植物が存在する。
最後に。比較的最近音の魔法が使用されている。
だがパーティ中、特殊な音を聞いた覚えはない。
僕たちには聞こえないような、音波を出していた可能性がある。
「次はどうするの?」
「遺体の周辺は、衛兵が見ていますが。会場自体には、手が回っていない様です」
遺体の周辺は情報量が多いけど。
仕掛けがあるとしたら、会場を調べない手はない。
怪しい場所は隅々まで調べてみよう。
「それにしても。こんな形で、ルシェ様と一杯お話できるとはね……」
あれだけ語り掛けても、無視されていたのに。
あっさりと打ち解けたように、話が弾んだ。
「出来れば別の状況で、お話したかったですけど」
「ねえ。本当に私のせいじゃないんだよね? 呪いじゃないんだよね?」
「はい。残留魔力を調べた事で、ハッキリは分かりました」
これは悪意の持った、第三者の仕業だ。
偶然現場に爆破花があって。偶然に光が入って。
偶然被害者の近くで爆発したなんて。そんなことあるものか。
「もっと詳しく調べてみましょう」
「そう……。貴方まるで、探偵小説に出てくる主人公みたいね」
「死神じゃないですか。それ」
僕は苦笑いをしながら、答えた。
気のせいか。少しだけ彼女のクスリと笑ったような気がした。