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1-6 食料調達係

「……つかないわね」


 立派な鍵を片手に呟く。


 昨日、怖い顔をしたクリフさんに手渡されたのは立派な鉄製の鍵。これを壊すぐらいなら壁をぶち破ったほうが楽だと思うほどの頑丈な鉄の鍵は、とても重くて太くて――そして、こぢんまりとした私の小屋には完全に大きすぎた。


「……とりあえず鍵無しでもしょうがないわよね」


 ガシャン、と重たい鍵を扉の横に放置する。爽やかな早朝。さすがに今日は食料を確保しないといけない。十五人もの立派な男たちを匿ったお陰で、保存しておいたフルーツはもうすっからかんだった。うーんと背伸びをして、大きな籠と愛用の剪定バサミを手に小屋を出る。


 古びた木のドアを開くと、瑞々しい空気がいっぱいに広がって私を包んだ。サラサラと気持ちの良い風が木の葉の間を通り抜け、白い朝日をいっぱいに浴びた空は透き通るように美しい。そこを長い尾をたなびかせた鳥が数匹、綺麗な鳴き声を響かせながら、気持ちよさそうに空を飛んでいく。


 皆が起きてくるにはまだ早いだろう。私は爽やかな空気を胸いっぱいに吸い込むと、トコトコと小屋の階段を降りた。


「アンナ」


「わぁ!?」


 驚いて飛び上がる。抱えていた大きな籠が手から転がり出して、コロコロと木の階段を転げ落ちていった。


「ごめん、驚かせた」


 苦笑いをしながらクリフさんが籠を拾う。本当にびっくりした。ドキドキしながらも、剪定バサミは落とさなくて良かったと胸をなでおろした。


「おはよう。早起きね」


「アンナこそずいぶん早いね」


「そりゃあね。食べるには収穫しなきゃだもの」


 ニッと笑って剪定バサミを見せる。すると、クリフさんはホッとしたように、気が抜けたような笑いを見せた。


「良かった。どうしようかと思ってたんだ。俺にもやらせて」


「え、クリフさんが食事の準備をするの?」


「そりゃあ、自分らの食い物ぐらいは調達しなきゃだろ」


「でも一番偉い人なんでしょう?」


 そう言うと、クリフさんはほんのりムッとした表情をした。


「さっき他の奴らは船の修理に向かったんだけど……お前は壊れた船には乗せられないっておいていかれたんだ。だから代わりに食料担当になった」


「なるほどね。修理とか苦手なの?」


「断じてそんなことはない」


 よりムッとした顔になったクリフさんが可笑しくて思わず吹き出す。


「冗談よ。危ない場所には行かせないってことよね?偉い人も大変ね」


「……本当に冗談で言ってる?」


「もちろん。ほら、収穫してくれるんでしょ?食料担当さん、そこの脚立持ってきて」


「…………」


 まだ不満げなクリフさんを連れて敷地の中の雑木林……ではなく、果樹園に入っていく。果樹園にはまだまだ沢山の実がなっている。落ちて腐るものも多いぐらいだから、十五人いたとしても果物には困らないだろう。


「さて……とりあえずこの木でいいかな」


「この緑の実、食べれるんだ?」


「もちろん。あ、果物なんだけどね、茹でて食べるのよ?」


「茹でる!?」


「そう、ねっとりしたお芋みたいで甘くて美味しいんだから」


 へぇ、と木を見上げるクリフさんはまるで少年のようだった。歳は私より少し上だと思うんだけど。きっと自然の中でのびのびとした気持ちになっているんだろう。私もそうだったなと思いながら、キィ、と木製の脚立を広げた。


「っ、ちょっと、」


「え?」


「それ、登る気?」


「登らないと採れないけど……」


「ダメだ」


「え?」


 脚立に足をかけたところで突然止められた。なにそれと首を傾げる。が、クリフさんは、大真面目な顔で首を横に振った。


「絶対ダメ」


「なんで……?」


「…………とりあえず、俺が採るから」


 有無を言わさず剪定バサミを取り上げられ、籠を持たされる。クリフさんは無言でガタガタと脚立を登っていった。


「ここ切ればいい?」


「うん、それでいいよ。キャッチするから落として」


「はい」


「おっと!よし、ナイスキャッチ」


 ドサッと房になった緑色の実を籠で受け取る。数房取ったところで、もういいよとクリフさんを脚立から降ろした。


「次はあれね」


「俺が採るからね」


「こだわるわね……何なの?」


 不思議に思って首を傾げながらそう答えると、クリフさんは少し気まずそうにしながら、カタカタと脚立を登った。


「………………足、とか」


「あし?」


「……見えるだろ」


 ハッとして自分の姿を見る。


 長めではあったけど。そうか、私は、スカートを履いているのか。


 数ヶ月の離島暮らしで恥じらいも忘れてしまったのだろうか。足首すら異性に晒さなかった王都暮らしを思い出して、急に顔が熱くなる。


 そうだ、もし、あのまま脚立を登っていたら――


「っ、アンナ!?」


「え、」


 何?と顔を上げた時。ポコン、とおでこに木の実が当たった。


「ったぁぁ!」


 ぺちん、とおでこに手を乗せる。傷にはならない程度の痛みだったけど。涙目でおでこをさすりながらクリフさんを見上げた。


「っ、ふは、」


「っ!?ちょっと!笑わないでよ!」


「いや、だって、ふ、はは、」


「最低!」


 なんてこと。大笑いするクリフさんを睨みつける。


「ごめんって」


「笑いすぎよ」


「だって……思ったよりどんくさいから、意外で」


「そんなことない!」


「じゃあちゃんとキャッチしてよ」


 パチンパチン、と剪定バサミの音がして、木の実が木から落ちてくる。


 舐めるなよ。


 その後、私は一つも取り落とすことなく、すべての木の実を籠に収めた。


「やるじゃないか」


「でしょう?」


 自信満々で返事をした私の顔を見て、クリフさんがまた笑ったのは言うまでもない。失礼な。そう言うと、クリフさんは明るい顔でごめんと謝った。


 沢山収穫した後は、早速料理の時間だ。二人でかまどに薪を並べて火を付ける。


「これ、米?」


「そう、お米。昨日はみんなが食べ慣れてそうなパンにしたけど、この島だとあんまり小麦が無いから」


 そう言いながら、洗った生のお米を蒸し器に入れていく。その様子をクリフさんは物珍しそうに覗き込んだ。


「下に水が入ってるんだ」


「そう、火を付けて下の水を沸騰させて、その蒸気でお米を蒸すのよ」


「なるほどね」


 しばらくするとしゅうしゅうという音と共に白い湯気が蒸し器から上がってきた。お米のいい匂いが立ち上る。


「食欲そそるわよね〜この匂い!」


「……ほんとだね」


 クリフさんはなんとも言えない顔をして、ぼうっと蒸し器を眺めていた。不思議に思いつつ、先程採ったばかりの緑の房になった果物の籠を持ち上げた。


「それ、さっきの実だよね」


「そう。お米蒸してる間に茹でようかなって」


「それなら俺もできる」


 そう言うと、クリフさんは私から籠を受け取って、細長い緑の実を沸騰したお湯の中に入れ始めた。


「これも、湯気からほんのり甘い匂いがするね」


「うん、いい匂いだよね」


「……そうだね」


「どうしたの?」


 ハッとして顔を上げたクリフさんは、少し恥ずかしそうに笑った。


「もうずっと、自分で料理なんてしてなかったなと思って」


「そっか……そうだよね。クリフさんは自分でお料理する立場じゃなさそうだもんね」


 クリフさんがどんな立場の人なのかは分からないけど、少なくともお手伝いさんが料理をしてくれる立場ではあるはずだ。そうなれば料理なんてしないだろうと予想する。


 そういう私だって、お兄様とのサバイバルごっこ以外の食事は、家で雇っていた料理人達が作っていたのだから。……と言っても、サバイバルごっこはかなりの頻度だったけど。


「お料理って、いいよね。時間を忘れて作業できるし――ちゃんと食べて、生きてるって感じがするのよね。自分で採った食材だと特に」


「……ほんとだね」


「ほら、クリフさん、お米炊けたよ!」


 蒸し器の蓋を開けると、湯気に乗ったお米の匂いがふわっとあたりに立ち込めた。ウキウキしながら、洗っておいた大きな葉を手に取る。


「よし、クリフさん手伝って!葉っぱにお米とおかずを包むよ」


「これに?」


「そう。キュって固めたら、砂浜でも食べやすいでしょう?ほら、こうやって……」


 そう言って、甘辛く煮込んでおいたお魚を取り出す。熱々のご飯を緑の葉に乗せて、ソースと一緒に煮込んだお魚を乗せて、葉でしっかりと包む。


「へぇ、おいしそうだね」


「でしょう?これ好きなの」


 褒められて嬉しくなって。私は握った1つ目の熱々のお米を、クリフさんに差し出した。


「はい」


「え?」


「味見。冷めても美味しいけど、熱々が一番美味しいよ!手伝ってくれたご褒美」


 なぜかクリフさんは呆然とした表情でそれを受け取った。それから、まじまじと手元を見ている。


「…………クリフさん?」


「………………」


 クリフさんは無言で葉を開くと、少し眺めてから、パクっとそれを食べた。


「…………うまい」


「でしょう?」


 クリフさんは、しみじみと感動したようにそう言った。その姿をそっと見守りながら、気を取り直したように新しい葉を手に取る。


「よし、いっぱい作るわよー!なんだって、屈強な男達が十五人もいるんだからね。クリフさんも頼むわよ!」


 そう言ってクリフさんにニッと笑いかけると、食べ終えたクリフさんは、なぜか吹っ切れたように得意げに笑った。


「任せろ、コツは掴んだ」


「早くない?まだやってないじゃない」


「大体の事は見ればわかる」


「嘘でしょう!?」


 にや、と笑ったクリフさんが可笑しくて吹き出す。もしかして、まだ船の修理が苦手だと言われたのを気にしてるんだろうか。


 まぁいい。私もお腹が空いた。早く食べたい!


「よし!とにかくちゃっちゃと作っちゃおう。みんなきっと早起きして腹ペコだよね」


「だな」


 そうしてクリフさんと肩を並べて緑の大きな葉でできたてのお米を包んでいく。熱々のお米にクリフさんは少し苦戦したけれど、本当にすぐにコツを掴んでしまった。最終的に私より綺麗しにあげてしまい、ちょっと不満気になった私の顔を笑われたのは言うまでもない。


 いつもと違う、賑やかな朝。風の音と鳥の声ばかりが聞こえていたキッチンには、今日は私とクリフさんの声が行き交っている。熱い!とか、旨い!とか言っているうちに、目の前にはあっという間にお米の葉包みが山盛りになった。


 甘い香りを漂わせる茹でた青果と、爽やかな香りのハーブティーを古い大きなポットに入れ、荷車に乗せる。


「行くよ」


「はーい」


 クリフさんが引く荷車を後ろから押す。倉庫の奥に眠っていた木製の荷車は少し歪んでいて、ガタガタと音を立てながらのんびりと進んだ。日がしっかりと登り、強い日差しに照らされた木々の葉が青々と輝く。


 ガラガラと荷車を進めながら、クリフさんの後ろ姿をほんのり探るように眺めた。


 ――多分、だけど。きっと、クリフさんは本当に偉い人だ。貴族だとしても、下級ではないだろう。


 そう確信したのはついさっき。熱々の料理を食べてのあの反応は、間違いない。きっとクリフさんは、普段はもうすこし冷めた料理を――『毒味』が済んだ料理を食べているはずだ。


 ごくりとつばを飲み込む。今はクリフさんを偶然面倒を見ている商団のリーダーとして扱う以外にない。だから、なんとか当たり障りなく過ごして、元気に出ていってもらわないと。


「……船、早く直るといいね」


「そうだね」


 私の声掛けに笑顔で振り返ったクリフさんの姿は、青い海を背景に、とても上品で美しく見えた。


読んでいただいてありがとうございました!

ちょっとずつ温まってきた……かも?

「なるほどなんか偉そうな人ね」と思ってくれた読者様も、

「むふふ、これから毎日ごはん作りかしら」とニヤついてくださった方も、

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また遊びに来てください!

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