2-28 離島
「おぉーい!これどうする?」
「あーそれは……そっち側に植えるかぁ」
ある気持ちよく晴れた日の、離島の領主の屋敷。果物の木の苗を持った一人の島民が、スコップを持ったジェムに声をかける。
爽やかな潮風が吹くその場所は、今日も濃い緑が日差しを浴びて、気持ちよく揺れていた。
「ねぇ、早く行こうよ!遅れちゃうよ!」
リボンを可愛らしくつけた島の子供がぴょんぴょんと飛びはねた。その手には、離島のシンボルの、鮮やかな赤い花が握られている。女の子は急かすようにジェムの日に焼けた腕を引いた。
「きねんじゅなんて、後でも植えられるでしょう!?」
「わかったわかった、そう急ぐなって」
「早く!早く見たいの!!!」
「はいはい」
そう言ってジェムは女の子を肩車に乗せた。
苔生した古い石畳を抜け、濃い緑に囲まれた海へと続く小道を歩く。
眩しい日差しが大きな緑の葉の間を抜け、頭上を飛ぶ尾の長い鳥の色を、より鮮やかに際立たせていた。
そして、防砂林を抜けた先。エメラルドグリーンに輝く海と陽の光を跳ね返す白い砂浜の向こうには、いつか見たのと同じ大きな船が浮かんでいた。その船は錨を下ろし、帆を畳んでいたが。あちこちに花や旗があしらわれ、普段とは違う華やかな雰囲気で、明るい海に浮かんでいた。
「遅かったなぁジェム」
砂浜にいたドム爺が嗄れた声でジェムに声をかけた。
「そうかぁ?午後一番だって言ってたじゃねぇか」
「そろそろ午後一番だよ」
いつもより気持ち綺麗な格好をしたドム爺は、呆れたように笑った。背後からは「遅いぞぉ〜」という酔っ払った島民の声が聞こえる。
いつも静かに波音を響かせる白い砂浜は、今日は島民がごった返し、どんちゃん騒ぎになっていた。ジェムはぎょっとして目を剥いた。
「おい!ちょっと待てよ、こういうのって神妙な雰囲気で静かにやるもんじゃねぇのか!?」
「アンナちゃんがいいって言うからいいんだよ!」
「クリフの旦那が大量に酒くれたぞぉー!」
「嘘だろ……」
見れば懐かしい顔の船乗りたちまで島民に混ざり、楽しそうに魚の丸焼きを頬張っている。呆れたようにその輪に混ざると、肩の上にいた女の子が嬉しそうに声を上げた。
「アンナちゃん!!!おひめさまみたい!」
おぉーという歓声を巻き起こす群衆の向こう。白いドレスに身を包んだアンナが、少し照れたようにクリフと共に現れた。隣のクリフも白い正装だ。
ジェムはその美しすぎる姿を見て苦笑いをした。皆には言ってないが、これが本物の『おひめさま』と『おうじさま』なんだからかなわない。しかもその辺の小国の王子と姫じゃないのだ。
本当に大丈夫だろうなとジェムが心配そうに見守る中、ドカドカとタニアがアンナとクリフに近寄っていった。
「あれまぁ、本当に立派な王子と姫じゃないかい。いやぁ素敵なものみれたよ。かわいいねぇアンナ」
「ありがとうタニアさん……」
タニアが嬉しそうにバシバシとアンナを叩いている。おいおいやめろよとジェムが冷や汗をかいていると、今度は肩の上の女の子が行きたい行きたいと騒ぎ始めた。よいしょっとジェムが女の子を肩から下ろすと、その子は嬉しそうにアンナとクリフの元へ白い砂を蹴り走っていった。
「おねぇちゃん!はい!」
「わぁ、綺麗!ありがとう!」
アンナは嬉しそうに真っ赤な花を受け取った。そして香りを嗅いで、隣のクリフに微笑みかける。クリフは幸せそうに目を細めると、その赤い花を受け取って、アンナの髪に挿した。
真っ白なドレスと、真っ白な砂浜。アンナの瑠璃色の目と、同じように真っ青な空、そして明るいエメラルドグリーンの海。そこに鮮やかな離島の赤い花が咲く。
それがあんまりにも眩しくて。おもわず目を細めたジェムの背中を、ドム爺がバシッと叩いた。
「ほれ、飲むぞ」
「あぁ。祝だな!」
コン!と小気味よい木の杯の音が鳴る。
「よぉぉぉし!みんな!準備はいいかぁ!?」
酔っ払ったくせっ毛の男が、いかつすぎる例の筋肉男に肩車されてへべれけになりながら声を張り上げた。みんなおぉ!ついにか!と嬉しそうに立ち上がる。なんだなんだとジェムがキョロキョロしていると、タニアから花びらの入った籠が手渡された。
「なんだこれ?」
「いいからいいから!せぇのぉでばら撒くのよ!」
「はぁ?」
酔っ払いも子どもたちもばばぁたちも、嬉しそうに立ち上がってみんな花を鷲掴みにした。
くせっ毛の男が声を張り上げる。
「せぇのぉ〜〜〜〜!」
「「「おめでとーーーう!!!」」」
皆が花をばら撒く。それと同時に、突然風が巻き起こって、青い空いっぱいに花吹雪が舞い上がった。
「なんだこれ!?」
「手品だって!」
「いや、はぁぁ!?」
どう見ても風魔法だろう。ジェムがびっくりしながら周りを見ると、どいつもこいつも嬉しそうに空を見上げたり、乾杯したりして騒いでいる。その向こうを見れば、筋肉男は号泣しているし、その横にいる見慣れぬ無表情な女も泣いている。ちなみにくせっ毛の男も変な踊りを踊りながら、泣いているようだった。
まぁいいか。細かいことを気にしても仕方がない。自分でも祝いたい、そんな気持ちになって、ジェムはぴゅぅ、と祝いの口笛を吹いた。
「ねぇ!早く!次は!?」
「次?」
女の子がぴょんぴょんとはねて期待の眼差しをアンナとクリフに向けた。皆が迷惑かけるなよと思って見ていたら、その子は期待のこもった満面の笑みで二人に言った。
「ちかいのきす、でしょう!?」
えぇ、と赤くなるアンナを見て、皆が盛り上がったようにうぉぉぉ!と声を上げる。アンナはもっと赤くなった。
「待って、待ってほんとに?」
「アーシェ」
「えっ――っ」
クリフがアンナの腰を抱き寄せて、そのまま嬉しそうにちゅっと口付けた。途端にみんながきゃぁぁとか、ひゅぅぅぅとか叫び始める。
マジな名前呼んでたけどいいのかな。まぁいいか。
ジェムは酒が回ってきて面倒くさくなって、まぁいいやとその賑やかな輪に混じった。
輝く白い砂浜で、爽やかな波の音と賑やかな笑い声が混じり合う。その背後に広がるのは、エメラルドグリーンに輝く海と、吸い込まれそうな青い空。そして、緑豊かな、美しい島。
大海原にぽつんと浮かぶその島では、南国特有の大輪の真っ赤な花が咲き乱れ、美しい色の尾の長い鳥が、その声を高らかに響かせた。
溢れかえる緑と、苔生す石畳。よく降る島の雨は、濃い緑と瑞々しい果実を実らせ、流れた雨水が豊かな海の恵を育んでいく。
ここは、トルメア王国最果ての離島。
聖女が愛した、緑豊かな美しい島。
そこに佇む領主の館は、緑に埋もれた古い赤煉瓦の塀の中で、いつかまた訪れる主のことを、ただ静かに待ち続けていた。
――おしまい――
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