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2-19 塔

「これは……すごいわね」


「お気に召しましたか?」


「もちろんよ。ありがとう、こんなに変わるのね」


 帝国の皇太子妃となると決めた翌日の朝。大きな鏡に映った自分の姿をまじまじと見つめる。上品に髪を結い上げ、丁寧に化粧をしてもらった顔は、想像以上に気品があった。


 着ているのは割とシンプルなデザインのドレスだけど、使われている生地が上質な感じがする。余計に華美なのは良くないと思っていたけれど。鏡の前に立つと、確かにこのぐらいの気品は必要かもしれないと納得する仕上がりだった。


「それで……ほんとうにいいのよね?」


「はい。これまで通り、自由に出歩いていいとクロヴィス殿下よりお伺いしています。護衛は少し増えるので窮屈かもしれませんが」


「メリッサは一緒に来てくれるの?」


「もちろんでございます」


 メリッサが無表情でそう言った。が、多分微笑んでるなとなんとなく感じてにこりと笑い返した。


「ありがとう、メリッサ。一緒にいてくれて心強いわ」


「いえ……こちらこそありがとうございます」


 和やかな雰囲気。私はほっと嬉しく思いながらメリッサと微笑みあった。


 大きな宮殿をメリッサや数名の護衛と共に歩く。広い大理石の床、彫刻の施された柱、明るい日の光をいっぱいに取り込む大きな天窓。アストロワの宮殿はどこも美しく、壮観だった。


 すれ違う人々が私に頭を下げていく。一夜で一変した地位。その変わりように内心冷や汗をかきながら、それでも無様な真似は見せまいと背筋を伸ばして歩く。


 今朝、婚約届は正式に受理された。皇帝陛下から直々に『アーシェ・フェルメンデを皇太子妃と同等の扱いとする』との通達が出され、各所に伝わったと聞いている。本当に、私の立場は一夜にして『追放されたトルメアの元聖女』から『アストロワ帝国次期皇太子妃』となったのだ。それを実感して、体の芯がふるりと震えた。


 すれ違う人に、思わず逆に頭を下げたくなる。でもそれをぐっと堪えて前に進んだ。横柄な態度を取るつもりはないけれど、序列が明確にある帝国では、立場に応じた振る舞いをしなければならない。


 決めたのは私だ。クロヴィスの隣に並ぶというのは、こういうことなのだ。


「アーシェ様」


 呼びかけられたその声に振り向くと、オリビア様とリチャード様だった。オリビア様は美しい淑女の礼を、リチャード様はきっちりとした騎士の礼をしてからにこやかに顔を上げてくれた。


 声をかけてくれてとても嬉しい。が、うまく言葉が出てこない。『ごきげんよう、オリビア、リチャード』と、ドヤ顔で言えばいいのだろうか。


 そんな絶妙な顔になってしまった私にオリビア様はくす、と可笑しそうに笑った。


「慣れませんか」


「そうです……そうね」


「ふふふ……ぎこちないですわね。おっと、不敬でしたわ」


「からかわないで」


 きゅっと顔をしかめた私を見て、オリビア様は扇の向こうでくすくすと笑った。


「夜会の前に『クロヴィス殿下に求婚します』と潔く宣言したのはあなたでしょう」


「それは……みんなには言っておきたかったから」


「ふふ、光栄です。でも皇太子妃となる前提だから同じことですわ。元々わたくしたちの上に立つことを覚悟なさってのことでしょう?」


「そうね……もちろんよ」


 硬い顔をした私にオリビア様はやんわりと微笑みかけてから、少し真面目な視線を返した。


「――お父様は今後公的な場でもアーシェ様の皇太子妃就任をお祝いなさると言っていますわ。暫く大変でしょうけれど、お力になれることがあればお声がけくださいね」


「ありがとう、オリビア様……」


「まぁ、様付け呼びにもどってますわよ?オリビアと呼び捨ててくださいまし」


「っ、そうね」


 また渋い顔をした私に、オリビア様はふふ、と笑ってから、少し視線を外して扇の向こうでボソリと呟いた。


「その…………図々しいかもしれないのですが」


「?」


「良かったら……まだお友達でいてくださると嬉しいのですが」


 今度はぎゅっとしかめっ面になったオリビア様の顔は、随分と赤かった。


「あ、あたりまえじゃないですか!」


「だから!敬語に戻っていますわ!」


「〜〜〜っ、やりづらいわ!その、非公式の場ならオリビア様も……オリビアも敬語じゃなくていいんじゃないかしら」


「っ、けんとう、しますわ」


 扇の向こうからキッと睨まれた。……見た目は迫力があるけれど、多分扇の向こうの頬はとてつもなく真っ赤なはずだ。それが分かって、思わず吹き出した。


「……笑わないでくださいまし」


「ふふ、だって。可愛くて」


「かわっ……!?」


「わぁ、オリビアが真っ赤だ」


 隣で様子を見ていたリチャード様が嬉しそうにオリビア様の顔を覗き込んだ。オリビア様はより真っ赤になって、ぷいっとそっぽを向いてしまった。リチャード様が優しく目を細める。


「アーシェ様、ありがとうございます。オリビアはアーシェ様と懇意にしていただいてとても嬉しいようです」


「そうであれば私も嬉しいわ。リチャード様もありがとう」


「……俺の名前にも様ついてますけど」


「…………今日は大目に見て」


 げっそりとそう答えると、リチャード様は可笑しそうに笑った。


「まぁ、そのうち慣れてください。で、アーシェ様はこれからどちらへ?」


「今日は特に予定は決めていないのだけど、とりあえず図書室にでも行こうと思って」


「……そうですか」


 そう言うと、リチャード様は少し考えるように黙った。なんだろうと不思議に思っていると、リチャード様は私の様子を伺いながら、少し声を落として言った。


「ロマネリコ卿が倒れる前に飲んでいたウイスキーですが……もしかしたら、アーシェ様に調べていただいたら何かわかるのではないかと思ったんです」


「それは、そうかもしれないけど……調べさせてもらえるの?」


「えぇ。大丈夫です。騎士団管理の押収物保管庫に厳重に保管されているので、通常であれば難しかったのですが……アーシェ様はもう皇太子妃に準じるお方ですし、問題ありません」


「なるほど。思わぬ所で役に立つものね」


「そんな事を言ったら、アーシェ様はもはやこの宮殿の大半のところには行けてしまいますね」


 はは、と笑ったリチャード様は、また少し考える素振りをみせてから、もう一度声量を落として言った。


「もし犯人が近くにいるのなら、アーシェ様が騎士団保管庫に入ることを予想して証拠隠滅をはかるかもしれません。良かったらすぐに見に行きますか?」


「いいの?」


「もちろんです。ちょうど今日は非番ですし、お供しますよ」


 そうして、リチャード様に促されて騎士団の押収物保管庫へ向かう。リチャード様はオリビア様には待っているかと聞いたけれど、一緒に行きますわと言ってついてきてくれた。


 変わらず、近くにいてくれる人がいることに感謝しながら宮殿を歩く。そして、たどり着いたのは、宮殿の敷地の一角にある長い塔のような建物だった。


「これが保管庫ですか?」


「えぇ、そうです。重要な押収物が勝手に持ち出されないように宮殿とは異なる建物にしています」


 リチャード様は入口の警備兵に二言三言話をしてから私を振り返った。


「では、行きましょうか。中に入るには事前の許可か一定の地位が必要なので、後ろの護衛達はこちらで待機となります」


「中に入るのに一定の地位がいるのですか?」


「えぇ。事前の申請があればいいのですが、申し訳ございません。今回は騎士団長の私がいますし、護衛についてはお任せ頂ければ――」


「本当に君だけで大丈夫かね」


 その声にはっとして振り返る。元老院議員ハイラス・ガルシア。初老のこの男は私に丁寧にお辞儀をしたが、この日も表情は硬く険しかった。


「ハイラス卿。お言葉ですが……私はこれでも腕を認められて騎士団長となったのですよ?」


「それでもだ。アーシェ様は皇太子妃に準じるお方。君の一存で護衛を減らし、さらにこの塔にアーシェ様を突然連れ込むなど、褒められたものではない」


「……何か不都合でもあるのですか」


 リチャード様は探るようにそう言った。ハイラス元老院議員はその言葉を聞いてさらに厳しく目を細めた。


「――不都合があるから言っている」


「それはどのような?」


「正規の護衛を外すことだ。まずクロヴィス殿下にお伺いを立てるべきだろう」


「…………これは至急の案件です。一刻を争う」


 リチャード様は毅然とした態度でそう言った。ぴり、とした空気があたりに漂う。


 ハイラス元老院議員は、暫くリチャード様を睨むように見た後、重いため息を吐いた。


「分かった。そうであれば私も付き添おう」


「……なぜですか」


「君だけで責任を取るつもりか?特にこの塔の中では魔法が使えない。アーシェ様も光魔法が使えなくなるのだから、守る人は多いほうがいいだろう」


「…………ハイラス卿は戦えないでしょう」


「馬鹿にするな。……肉壁ぐらいにはなる」


 そう言ったハイラス元老院議員は、カツカツと塔の入口へ向かい、途中で振り向いた。


「行くのか、行かないのか。どちらだ」


「行くわ」


 渋い顔をしているリチャード様が返事をする前にそう答えた。それから、メリッサと護衛達に目配せをする。随分と離れた所では、今日も護衛をしてくれているらしいローラちゃんがこちらを気にして動いているのが見えた。


 とりあえず、状況は伝わっただろう。静かに護衛たちの様子を確認してからハイラス元老院議員に並ぶ。ハイラス元老院議員は、私に榛色の目を向けると、すっと冷たさの交じるその目を細めた。


「……本当にいいのですね?」


「えぇ、大丈夫よ。忠告ありがとう、ハイラス」


「この中では魔法が使えないのに、ご自分の身を守れるのですか?」


「……大丈夫よ」


 そう微笑んで、塔の中に入った。


 ひんやりした空気。試しに魔法の光を出そうとしたが、体の内側では渦巻くのに、体の外へ魔力が出ていかなかった。


「この塔には魔力制限がかかっているのよ」


 一緒に中に入ってきたオリビア様がそっと私に声をかける。後から続いて入ってきたリチャード様が、慌ててオリビア様に詰め寄った。


「中まで来るのかい、オリビア」


「えぇ、そのつもりよ。私にも資格はあるでしょう?それに私だってアーシェ様をかばうぐらいのことはできるわ」


「……わかったよ」


 はぁ、とため息をついたリチャード様は、私の方に目を向けると、階段を指さした。


「該当する保管庫は四階です」


 四人で螺旋階段を登る。カツカツという靴の音が、塔の中に木霊する。


 そして、リチャード様に促されて入ったのは、無機質な棚が壁際に立つ小さな部屋だった。


「ここ?随分とあっさりした部屋なのね」


 オリビア様がそう言って辺りを見渡したのと、ほぼ同時。


 私はその場から飛び退き、思いっきりオリビア様の腕を引いた。



 それと同時に、ザシュ、と血しぶきが舞う。



「…………肉壁にはなれると言っただろう」


 私とオリビア様の目の前に背を向けて立ちふさがったのは、ぼたぼたと腕から血を流すハイラス元老院議員だった。


 その、痛々しい老いた背の向こう側。


 そこにいたのは、冷徹な顔で剥き出しの剣を握る、リチャード様だった。

リチャード豹変!??

「は!?待って嘘でしょう!?」とショックを受けてくださった素敵な読者様も、

「怪しいと思ったんだ……◯話あたりから」と推理を働かせる切れ者のあなたも、

ついに迎えた佳境を見守ってくださると嬉しいです!

(気になるところでto be continued になっちゃったので、明日の午前中ちゃんと更新します!)


いいねブクマご評価ご感想、いつもありがとうございます!

なんでもいいので引き続き応援して下さる嬉しいです。

読んでいただいてありがとうございました!

また遊びに来てください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 不穏さんの出番がきた! 物語が大きく動き始めますかね!? ……っていう所で、ちゃんと続きがある喜び(笑) [一言] サスペンスの到来。後書きの更新予告に勇気づけられて、良い子で待ちます…
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